2017年04月07日

【勝手句帳】092 29-3-31/4-4 静岡新聞掲載分から

↓7)向宜詠吟.2017/04/07

|春荒れの果て綺羅星置ひてゆく           静岡市・清風俳句会(4-4)

|春荒れの果て綺羅星だれぞ散る 政界花吹雪ヨーソロー


 *綺羅星(きらぼし)‥「綺羅、星の如し」からの縮語。
 @闇夜にきらきらと光る無数の星。A地位の高い人や明るいものが多く並ぶようすのたとえ。
 *ヨーソロー‥進路そのままの意。(ここでは、時代の抗意にのまれて散れぐらいの意)


 ‥ネタの解釈は、春嵐のあとの夜空の綺麗を詠んでいます
 ポイントになるのが、「置ひてゆく」までのまとめ方です。

 この時

 中七を七音に収めるべく
 「に」を盛るか「を」を盛るかで、雰囲気が随分と変わるのがここでの「綺羅星」です。

 十七音での整えがネタの句で
 三十一音に仕立たのがリスペクトです。

 ‥見れば分かると思いますが

 「を」を盛った方は、どうにも詰まったような余韻にならざるを得ません。
 俳句ではそれも味になりますが、
 短歌でとなると‥どうにも主体が曖昧になりかねないのです。


> ‥それにしてもなかなか
> 「森友疑惑」&「今年の桜遅し」‥雰囲気ありありです(こんな詠みようがあったのか!)




|ああ平和平和を忘れてる平和             焼津市・焼津川柳同好会(3-31)

|ああ平和、ひっくり返さん芝居ゆえ狼少年騒ぎ出す
|ああ平和、其を忘れ居て平和なく 平和の信念かつぐも軍事
|ああ平和、正直棚にくぶ火元 乱るる根っこ嘘まく政治
|ああ平和、気付く頃には屋根ぞ無し 爆弾降って九条ぞ在り


 ‥ネタは、同じ言葉の繰り返しこそを十七音ながらの特性とした例になります。
 短歌になりますと、もう少し具体的に細かい表現が求められてきます。

 思うに、

 ネタの句の詠みようは、モザイク風でしかなく、いろんな角度からツッコめるということです。
 ‥ゆえに、平和について考えさせるには、もってこいの教材らし風体をしていると。



1-7)1

|カーテンに透かした影がそのまま暮れてゆく短日    浜松市・「槇の会」(4-4)

|短日にカーテン影は透かされて そのまま暮るる無人の窓辺


 ‥こちら「槇の会」は自由律OKらしく、それら句作を見ると半端な余韻が多いです。
 ということで、短歌にリスペクトのまず一発目っす。

 ‥どちらもシュールな風景に見えています。
 リスペクトの方は、「無人」を盛ったので、さらにシュール感が倍増です。
 とはいえ、ちょっと分かりにくい場面かなと‥


> 屁理屈をこねておくと


 引っ越ししてきたばかりの部屋ということでしょうかね
 ‥で、部屋主は現在、メシを買い出し中てなところでしょうか
 ‥それを近所の猫なんかが外から眺めているというのはどうでせう?

 (お、そうか‥)

 「吾輩は猫である」宜しくに、猫を詩人に見立てて
 猫にこれらの句を詠ませるのもありだな‥なるほど。
 ‥猫でなくても他の動物でも好いんだし、そこはマンガのノリでもOKと。




|メダカ閉じ込め青き薄氷               浜松市・「槇の会」(4-4)

|メダカ笑むみるみる溶けてうすごおり 今朝の凍結 胸なでおろし


 ‥自由律にも見えますが(それにしても、見たような着目です。あれは091の短歌か)

 メダカは夏の季語。
 薄氷(うすごおり)は春の季語‥???(どの辺の気候が前提なんだよ)

 状況を見るに、薄氷優位になりますが、薄氷は海から水槽までピンキリなので
 メダカが、そのサイズ感を補っているという次第です。

 ただし、薄氷(はくひょう)と読ませては、季語の扱いとしては弱くなります。
 ‥どちらかというと、それこそそれは海の印象です。(海だとさらに基準が曖昧)

 それから、どうにも余韻が弱いかなと。
 ‥自由律なら、余韻が重要です。余韻を損ねては深みを望めません。


|青き薄氷からクジラ跳ぶ


 ‥自由律&薄氷(はくひょう)で攻めるとなるとこんな所でしょうか
 さすがにメダカには無理。では鯉なら‥(そこまでの習性は無いな)
 クジラの場合は、日常的に跳ねてますからね。(興味半分にやってみる向きはありえそう)




この寒さロボット歩きになる家の中          浜松市・「槇の会」(4-4)

かじかんでロボット歩きぞ家の中 暴走気味にこたつにGO!


 ‥「この寒さ」VS.「かじかむ」
 問うまでもありません。度合いの分かりやすさでも「かじかむ」です。

 ‥外だとさすがにみっともないので
 ロボット歩きにも縮こまってなんぞして歩かないわけですが
 家の中でなら、やっちゃうということです。

 家の中とはいえ、句にしては、やっぱりみっともないので

 よりユーモア&具体的であることが欠かせないと言うことでしょうな。



1-7)2

スカートとソックス寒風の中を足早に登校       浜松市・「槇の会」(4-4)

|足早に寒風向かう朝の駅 スカート&ソックス向こうから


 ‥女子・学生その他云々な言葉を使わずに
 女子生徒を幅広く表現しようとの試みがおもしろい。

 しかし

 それは第三者視点でしかないので、主観風に整えようとする向きとは何だろうか?

 だが‥一方で、

 リスペクトの上の句は、どうにもへんてこりんに思える。
 本質的には、寒風吹く間を縫うように歩くわけであり
 挑むようにして風に向かって歩くわけではない。
 しかし、鳥や虫は、物理的に風に向かって飛ぶので、そういう雰囲気は出ていると思う。


> 普通は、句全体でみても、こんな風に詠まれんからな
> 上の句の俳句調にしても、どうにも、どこか物足りないわけでして‥
> それはそれとして、生物の物理的な動きを模倣的になぞらえるとらしく表せるのかもね


|「どちら様?」ガサガサ漁る月の畑 いのしし出たりッ‥否、泥棒だ!!




|中には半べそかきながら豆投げる園児         浜松市・「槇の会」(4-4)

|豆投げる半べそながらの園児をり おそれる気持ちを追い払へ


 ‥いやぁこれは写真の題材としては面白いが
 ネタの詠みでは、言葉の切れ味が不足です。

 下の句をどう引っ張ろう‥の思案に

 「おそれる気持ちを追い払え」と降りてきました。

 ‥「おっ」なるほど、そう考えると泣かせてみるのも道理だな
 ‥行事だし、武器は豆装備と言うことで、なぞらえの形には成っている
 ‥ただの鬼退治的な解釈では的を射ていなかったと、優しい鬼などクズにGOの解釈だったと


> 「福は内」の本来の意味にしても、そこに在ったと言うことになります!
> ‥恐怖する気持ちを克服できずして福ぞ来ず!


 (節分とは、吉凶の厄祓いでは無く、サムライ祈願行事だった)




梅の香りを包んで窓辺に遊ぶ春の女神         浜松市・「槇の会」(4-4)

|窓際にどうにも寄する梅の香 春の女神のおいでませりか


 ‥なにやら花柄に盛っとりますな
 どうにも、どっかのネジが緩んでるんじゃないの?と思っちまうのは
 その雰囲気が、余りにも幼稚さを彷彿させるからです。

 「イメージとしても猫」

 じゃ‥「女神」としては盛りすぎだよね。
 じゃ‥「梅」ではなく「またたび」かな。

またたびに尻尾を振って窓辺に遊ぶ春の猫

 まぁこうして眺めると、普通の文調です。
 「概ね猫パワーだし、句としての冴え・切れ・捻り‥なんてほとんどねぇ!」

 * まただびの旬から見てもズレた詠みかも(よう知らん)


> ネタの詠みでは、「梅の香り」の放つ風情に頼りすぎ‥ということです。



1-7)3

男らの瞳の中の野焼の火               富士宮市・早蕨句会(3-31)

|男らの瞳の中の野焼の火 待つ命あり去る命あり


 ‥ほうほう是は是は、こんな風な詠みようがあったとは!

 野焼きを放つと、それを養分に芽を出す草木もあれば
 焼かれることで去る草木もあるということです。

 ‥引っ張りは、そのまんまですが
 ‥そこをしっかりと見届ける
 ‥そうしないのでは、大惨事になりかねません

 ネタの句はそこをしっかりと捉えているのが頼もしい。


> 注意散漫なんて有り得ない、何事にも言えることです。
> ‥民主政治をそれになぞらえれば、村総出の野焼でもあると!!


 政治屋は、自分が去るべき立場だなんて誰も考えてませんからね。
 財界からして、ツテがなくなるなんて有り得ないというのが頭にありますし
 ‥そんなんでは、昔ながらの貴族社会とさして変わらないと言うことです。

 何かを得る為には、何かを諦める流れもあり

 ‥その何かを
 国民の弱者に押し付けんばかりが民主主義では糞と言うことです。




春眠の淵より出でて朝の空              静岡市・清風俳句会(4-4)

春眠の淵より出でて部屋灯り プレ勤つづく締め切り間近


 *春眠(しゅんみん)‥「春眠暁を覚えず 春の夜は短く」からの縮語。
 春の眠りは心地よいので、明け方になっても目が覚めないの意。(春)

 (昔は寝具が薄かったので、冬場は寒くて寝付けなかったの意を含む)

 つまり、如月の時節にもなれば、
 それほど冷え込まず寝具の中が適度に温い&夢見も楽しくて、朝だろうと起きたくない。
 ‥というのがべたな「春眠」の言葉の意味と使い所になっとります。

 でも

 リスペクトでは、盛り方が少し違います。どうにも朝とも夜とも分かりません。
 ‥「爆睡したい気持ち」として盛っとります。(「小鳥来る」で宅配の連想と同類です)


> 世の中には、いろんな仕事・作業・緊急性がありまして
> 必ずしも、ネタの句のように、のんびり春眠していられるような朝があるわけではありません。
> ‥そういう意味では、ネタの句は、ポイント高く整っていようと括りが平凡です。


 そこを嘲り笑うかのように、仕事はすべて画一だと登場したのが「プレ金」です。
 ‥どこの誰が考えたのか知りませんが

 「俺っちプレ金、お前らプレ勤(サービス残業)なッ」

 ‥と暗に言いたげに見えてしまうのは、やはり、仕掛け人が胡坐を掻いている側だからだと思います。
 「プレミアム」の意味自体がどうにも、「追加のサービス」を意図するわけですから
 「下は上にサービスして、プレ金させろよ」と宣っているかのようです。


> ‥そもそも、労働体系はピンキリなんだし
> 土日休める連中と言うことだけでも格差前提なんっすよ
> どうしてそれを真に受けてるんでしょうかね??(想定で、大手正社員&定時公務員)




|壺焼の匂ひに誘はれ途中下車             静岡市・清風俳句会(4-4)

|壺焼の匂いに誘われ途中下車 終電かまわず飲みまくり‥


 ‥牡蠣小屋と書かずに、「壺焼」ということで
 「途中下車」は、さすがに電車ではなくバスかなと
 でも、静岡市には、江ノ電みたいな小ぶりの静鉄がありますからね(それかも)

 ‥ネタは、願望丸出しな詠みっぷりが、プレ金の引っ張りにバッチリのタイミングです


> これぞ「プレ金」の醍醐味と行きたいところなんでしょうけど‥
> 今や、そんな風に引っぱれる余裕&体力を‥前提になんぞ商売できませんっ


 「プレ金」と騒ぐ背景には、そんな流れを期待してだろうとも思うわけですが

 一方で、

 残業させておくよりも、今度は、自宅で自主学習しませうのスタイルとして、
 推奨しているように思われます。(副業すべしのサイン)

 ‥それにしても


> どこを平均に見立てれば、そのような方針を国民が立てるだろうと思うのでしょうか?
> これが省庁の目論見だとすれば、どうにも意図不明です


 (それとも副業前提で、大変革が来るって事なんでしょうかね???)

 ‥アメリカが海外からモノを買わず終いになる時代とか!!
 ‥で、国内大手の人材に向けての「備えよ」とした格好作りなんでしょうかね??
 ‥アメリカの方が先手で合理化すっから、AI導入も早いわけっすよ!
 ‥さらに言うと、中国がそれに続くのは想定内
 ‥ベーシックインカムを始めないと、以前通りになんて誰も消費できなくなると

 (裏で取引できなくなる表向けの言い訳として、AIを担ぎだしている部分も)
 (遅かれ早かれの話に変わりないとは思いますけど‥十年ぐらいのサバ読みも想定内)


 ‥それはそれで

 国勢調査のデータを正しく用いることは「不能」とした烙印を、自ら提示するばかりでしょう。
 行政にビッグデータを渡しても、
 国民の暮らし向き&要望とは、乖離した方針しか示せない‥ということです。

 (しかも、肝心な所は、一切話さない・教えない・気取らせない)

 ‥効率効率と、節税だからと、怪しいうさぎの絵柄のカードを用意されても
 「だから何?」としか申し上げようがありません。(ただでさえトラブル続きにあるのが相場では)



1-7)4

若草の崖柔らかな雨を吸ふ              焼津市・矢車俳句会(3-31)

|若草の崖柔らかに雨吸える激しく揺るるベッドのきしみ


 ‥どうにも最近、下ネタ紛いの詠みが増えとります
 やはり春だからでしょうかね??(どうにも自覚して想像できていない模様)

 ‥是なんかモロっすから、下ネタ以外にどう解釈せいと☆
 (秀逸でエロを連想させるので、さすがに揚げちゃいました)


> ちなみにこういうエロ系知らんぷり詠みのほとんどが♀の句でーす。
> (平成は‥エロマンガ家にも女子が多いと言うことで想定内っすけどね)




|春への電話むなしい呼び出し音つづく         浜松市・「槇の会」(4-4)

|春遠き呼びだし音を鳴らすまま 嫌われたのか習性か‥


 ‥はぁ、面倒くせぇ所を、ご丁寧にも詠み込んでいるのかなと
 それの多くは習性です。


> 他人の習性&苦手を‥理解できもせずに「愛」とか、馬鹿ですか?
> まずは自分から理解を示そうとして、無理だったらワカレロ(面倒くせえ)
> はじめから「自分には無理」と思うなら、深入りするな(図々しい)


 で、そこの理解不能が大衆化すると、戦争にも成り兼ねないということは
 愛(?)ゆえに殺したくなるというそこの憎悪と「同質」ということです。

 無駄に好かれることにもさほどの価値はございません(嫌われるのと等価ということ)


 ‥他に選択肢ねぇのかよ?

 単に気がみじけぇだけだよな。
 本当の愛は、アホかと思うぐらいに気長っすからね。

 ‥気長を前提にできていない愛なんざ嘘100%でーす
 ‥まずはそこを腑に落としませう

 (そこのレベルに達していなかったという鏡似性の発露だろうね)
 (鏡似性と言っても、見方による相似形にあるだけだから、発露するもくそも無いんだけどね)
 (その気になれば、見方なんていくらでもあるっす。単にそのうちの一つがちらついただけのこと)


> 自分が信じる愛のかたちを表現しあえる相手を探せば好し
> 自らが表現できそうに無ければ無理するなということです(まずは、ほどほどで十分と)


 ちなみに、マンガ・アニメ等で描かれるアレら即効性の高い表現は
 「愛」では無く、「正義」がテーマです。

 「役に立つか、立たないか?」それは、テーマが「正義」ということです。

 ‥「愛」よりも、目にして明らかな「正義」っぷりが好きだったと

 その人の正義感の疎さを、どことなく電話対応の可否になぞらえて思う傾向があると‥
 何しろ、報連相が行き届かないと戦場に於いて対応できませんからな。

 平和ボケとはいえ、「便利とは即ち常在戦場対応である」との思いが強ければ、
 ますますイラッとすると‥

 率直に申し上げますと、そこは、「愛」という価値観とは随分と違います。

 ‥まぁ大方の御仁は
 「正義」について考えているのであって、それ以上でも以下でも無いなぁと
 飼い慣らされた思考しかできていないとも言えそうですけどね。


> 「愛」の前提とは、自分から相手を思いやるところからの発露にあるのであって、
> お前から俺の為にも気を配れといわんばかりは、「正義」の要求です。
> それは、そこを「指示」「命令」とも‥置き換えて表現できるのです。


 ‥それで友情とか、まさに軍事色っすよね(そういうのも有りですが、ふるさと理解前提です)
 ‥まさにサムライの国ジパングのお付き合いなんだなぁと(国粋主義に傾倒しがち)
 ‥で、もっと緩めの欧米風が好いとばかりに染まってみたら、インチキだらけだったと
 ‥危ない輩も大量に発生する時代模様に巻き込まれちまっていましたと
 ‥まぁ向こうから見たら、日本人って真面目で好きとか言われても、所詮、カモ扱いの所もあると


> 正義を欲すれば悪を引き寄せ、愛を欲すればドジ馬鹿を引き寄せる
> 是は法則です!‥「まずは諦めから始めよ」ということです
> 諦めていると救いの主を引き寄せると‥(ペテンもハッタリも紛れ込みますけどね)
> より完璧を求めても、極端しかやって来ない‥(組み合わせて使いこなせって事です)


 ‥ここを人でなく、アイデアとして見るとピンと来やしませんか?
 ‥つまり自己活性・自己啓発に繋がるということです
 ‥ということで、汝の諦めの方向性と質の状態の見きわめが欠かせません
 ‥まぁそこを今度は、他人に向ければ、思いやりのポイントが見えてくるという事に成るわけです


> 個人的な電話の取捨に、ここまで述べるのも野暮ですが


 情報の取捨選択はそれこそ当人の自由ですから
 そこに、愛とか正義とか個人の感情を絡めては、勘違い甚だしい限りに思います。

 まぁ常在戦場とした軍事色のお付き合いですからね
 自由よりは、指示と命令こそが優先なんでしょうな。
 ‥事実、多くの方々が、そこから一歩も引こうとはしていませんからね。

 (便利になるほどに、ギスギスした世の中になるのも有り体かなと)




春冷の雨や山村黙しをり               富士宮市・早蕨句会(3-31)

|春雨に山村黙す冷え泊まり 春らし光もとめ来たけど


 ‥ネタの詠みようもありと思いますが
 「春雨」=「春冷」の関係ですので、

春雨の冷えに山村黙し往き

 ‥としてもまぁさほど変わりません。(悩ましい句材です)


> 絵画風に仕立てるか、日記風に仕立てるか‥ということだと思います。



1-7)5

片栗俗世はなれて座禅寺              富士宮市・早蕨句会(3-31)

|かたくりも俗世の外で群れて居り 禅を組もうと人の枠かな


 *かたかご‥片栗の別称。(というのが新聞欄にたんとありましてググりました)

 ちなみに、片栗粉の中身は今や馬鈴薯ですが、
 昔はどこぞの片栗の根を粉にしていたそうです。(食ってみてぇ)


 ‥ネタは、渋い着目です。
 すみれとは異なり、さらに人里離れた印象にあるのが「片栗」です。

 でも、ググって確認してみると、意外にも群れていました。

 (群れてないんなら、粉にしようなんて考えないんなー)
 (思いっきり、ただの思い込みやん‥OTL)

 ‥というところでリスペクトしております。




|春耕や小雨そぼ降る峡の里              富士宮市・早蕨句会(3-31)

春畝に小雨そぼ降る峡の里 ぼちぼち温したしかな萌し


 *峡の里(きょうのさと)‥どうにも山際暮らしの洒落のようですね。

 富士宮から山梨方面に向かう身延線に乗車して眺めてみると分かりますが、
 山と川との間にあるわずかばかりの平地に田んぼが細長く連なり、点々としています。
 「山がちにもほどがあるなぁ」と思わせるところでの暮らしぶりが
 広々とした平地のあるところで暮らしていると、ついつい、「ここでの暮らしは俺には無理!」
 なんて思っちまいますが、そういう地形を地元の方々は峡(きょう)と呼び、
 京の都に引っかけて「峡の里」と仰るようですな。(実に頭の下がる思いです)


 *春畝(はるうね)‥春耕したての畝。

|春耕の黒黒と蘇る                 焼津市・矢車俳句会(3-31)
|春耕のの織りなす古戦場              掛川市・遊史句会(3-31)

 ‥という畝詠みの二句がありまして、是を見ている内に
 だったら縮めてしまえと思いまして、ネタの句での採用になりました。


> 「小雨そぼ降る」×「峡の里」の如何にも素朴な趣にそそられました。
> ‥そこに「春畝」と盛れば、さらに素朴さ倍増です。




|トンネルを抜けて桃咲く母の里            焼津市・豊田句会(3-31)

|母の里トンネル抜けて桃盛る 斯く在りし春のふるさと詣で


 ‥なにやら、小説の一節のうけうりのような詠みです

 「トンネルを抜けると・・・・」

 それはそれで好いと思いますが、そのままの語順ではベタすぎです。


> さて、リスペクトですが「斯く在りし春(かくありしはる)」が気になります
> 現実に当てはめて「如何なる状況下なのか?」とした謎解きです


 ‥昔は春と云ったら、うちの田舎は桃の花が盛る農家だったのよ
 ‥それを楽しみに山を越えてまで里帰りしてたのに、あの頃が懐かしいわ


 「桃農家、経営破綻」‥一体何があった!?

 ‥フクシマとか、いやいやそれではベタすぎます。(年月も印象程に経過しとりません)

 母の実家で、まさかの借金が発生、手っ取り早く土地を売り払って、今に至る。
 ‥まぁ同じベタでもこちらかなと。


> 細かいことをさらにツッコんでおきますと


 「桃盛る」と今も現在進行形のようなので、桃畑としては健在という事だと思います。
 (ここでは夏の帰省かもしれません、そこからのふるさと懐古詠み)
 ‥同じ農家に売ったか、肩代わりして貰った後で結局土地を渡したか‥になると思います。



1-7)6

|生れたての風引き連れてつばくらめ          富士宮市・早蕨句会(3-31)

春たての風ひきつれてよぎる影 今年も来たり燕の夫婦


 *生れたて‥読み方不明。
 生る(なる)、生まれる(うまれる)‥の違いがあるのでさっぱりです。

 「生る」は四段形ですが、「熟る」を意図すれば下二段形も有り得ます。
 そもそもどうしてこういう端折りをお気楽にできるんでしょうかね?
 (文字化け・打ちミスにしたとしても酷すぎます)


> しかしまぁ、発想という奴はそこにも転がっているというわけでして


 「春たて」を思いつきました。
 「生まれたて」「洗いたて」の「〜したて」と同じ用い方になります。

 *春たて(はるたて)‥すっかり春めいた長閑な日和。(春)

 ‥春立つとの違いは、立春(春先)が、雨だろうと風だろうと
 容赦なく大ざっぱに「春立つ」云々と盛りますが、
 「春たて」は、春の晴れ&気持ち良き風が前提です。

 まぎらわしいので、さすがに「たて」はひらがなが良いかなと

 ‥でもまぁ、「○たて」と盛れるのは、四季の中でも「春」だけに思います。




|天井にゆらり春日の照り返し             焼津市・矢車俳句会(3-31)

|影ふわりふわり窓辺に春の風 畳に寄するカーテンレース


 *春日(はるひ)‥通常、なぜか「かすが」と読みますが、是は「はるひ」のようです。

 ‥「なんと」やはりそういう手も有りだったか!
 ‥じゃ俺も、涙ネタのアレに「春日の苑(はるひのその)」でタイトル盛っちまうとするかな
 ‥平成人からすれば、普通に「春日(はるひ)」っすよ(たぶん)


 ‥それにしても、ネタの場面は
 2階部屋でないと、起こらない現象に思われます。

 所謂、下からの反射光が射すか射さないかだと思います。

 記憶の限りでは、どこで拝んだのかはハッキリと出てきません
 遊覧船の天井とか?‥(それは夏の陽射しが前提のような)
 ‥どうなんだろうね?‥(わからん)


> ということで、天井を諦めて、畳にゆれる方を詠んでみました。




今切れの漁船の出入りまぶしい春の潮         浜松市・「槇の会」(4-4)

|今切れのまぶしき春を往く漁船


 *今切れ(いまぎれ)‥浜名湖の海への出入り境のこと。昔の地震の津波で切れたという話。
 (地震で切れる以前は、天橋立のような風光明媚な松林が続いていたそうです)


 ‥引っ張りは、さすがにその周辺の季節を知らないのでパスでーす。
 そうでなくてもリスペクトの上五は、とくに「今切れ」でなくても、どこも似たようなものかなと。


> 日本の海で語られるべきところの‥「まぶしき春」そのものを知らん(残念)



1-7)7

浮雲を映して流る春の川               焼津市・矢車俳句会(3-31)

|浮雲やうつりて流る春の川 越し来た吾の浮名な流しそ


 浮雲(うきぐも)‥@空中に浮かび漂っている雲。
 A物事の落ち着きがなく不安定なさまのたとえ。「浮き」と「憂き」をかけて用いることが多い。


 ‥ネタの句は、「浮雲」なだけに
 目立つ程のインパクトは見られませんが、ほどよくまとまっています。

 インパクトが弱いのは、主体の印象が薄いので、そのせいもあります。
 風景ばかりを詠もうとしてはそうなります。

 「浮雲」の言葉の意味には、昔から裏の意をこめて用いられてきたのですから
 風景の意だけで盛っては、どうにも味気なく思えてしまうのです。

 (‥といっても、俳句でそこまでを盛るには、そもそものサイズが合わないわけっスけど)


> ああ、浮雲が、春の川に仮初めの姿を映して流れていく
> (まるで、行き詰まって、越しきた俺の人生の行き所の無さのようだ)
> ‥頼むから、この土地で、以前の俺の暮らしぶりの噂なんて立たないでくれよ


|浮雲を晒してくだるか安倍総理 取り付く島もなき咎を見せ


> なんと行き場なき国政だろうか、要の総理大臣があの様だ
> 森友疑惑を鑑みるに、嘘を付いているのはどうにも安倍総理の方だろう
> なんという醜態だろうか、否、あれこそが安倍晋三という人間の器そのものか‥




|菜の花の中州映して川流る              焼津市・矢車俳句会(3-31)

|菜の花の中州を敗す花筏 出でる逆風 終わる驕る世


 ‥ネタの句は、細かいところを拾って詠んでます
 そのままでも好いと思いますが、もっと欲張っても良かったと思います。

 今年のような桜の開花時期がずれ込んでいると、
 菜の花咲く景色の中州へと、花筏が流れてくる光景が多く見られるように思われます。


 

 参考画像:花筏♪ 〜水面に散った河津桜〜
     :花筏♪


 画像を探してみると、らしいのがチラホラありましたが
 中州であるかどうかということになりますと、山間部での光景の方がイメージに近いのかなと‥
 (海際になると、さすがに川幅も広くなり、花筏も散り散りに思われます)


> それにしても、こんな風にも詠めるとは!


 ‥今年の春の政界、その先行きに注目せざるを得ない状勢とはいえ
 ‥どうせ、見ばえ大して変わらんのだろうなと思っとります

 (ずばり!‥東芝の件が片付かない内は、相場を大きく動かしたくないんだろうな‥)
 (森友疑惑‥裏で折り合いが付いたそうです。テレビではもはや話題にしないのでは)



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:11 | Comment(0) | 名句にポン/2017 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。