2017年04月18日

【勝手句帳】094 29-4-8/4-11 静岡新聞掲載分から

↓7)向宜詠吟.2017/04/18

体内古道のありて春灯し          袋井市・高南句会(4-11)
胎内鼓動のありて春近し          打ち直し&手直し



 ‥「古道」??「鼓動」の打ち間違えでは??
 しかしそれでも意味が通らない‥どうにも、「体内」→「胎内」ということらしい。

 ‥そこまで違っては、許容内の打ち間違えどころか‥謝罪のレベルだな‥
 ‥しかし「古道のありて」が気に入った


|生き様に古道のありて春来たる 一期一会の顔ら浮かべて



> 人にはそれぞれ歩いてきた足跡がある
> 目標を持って積み上げてきたのなら、必ずや春が訪れることだろう
> そこに至ったまでの一期一会すべてに、感謝の気持ちを届けるように




|繋がっているか彼の世まで寒椿        袋井市・高南句会(4-11)

|散椿つながりたれや彼の世まで 苦しみ抜いて未だ戦友


 ‥さてさて、椿にどんな思いを重ねたのだろうか?
 ネタの詠みだけでは、どうにもさっぱりである。

 ということで、手直しし引っぱってみた。


> すでに戦後もX十年を経た‥
> なのにあの頃のあの日々の方が、この散椿のように、ずっと鮮烈だったと言わざるを得ない
> あの世の友もそう思っているのだろうか?
> もし成仏できずに彷徨っているのなら、その当時のままの気持ちをぶつけてもらいたい
> それが未だ戦友として揺るがずままにあるこの気持ちなのだろう
> ‥あの頃の苦い体験が、どうにも頭から離れることが無いように


 ‥戦争を知らない俺が何を綴ってんだか・・・(まぁいいか)


 下の句の引っぱりとしては、家族・知人辺りの想定で詠むのが普通なんだろうけどね
 そういう発想というか、感情がほとんど湧いてこない‥

 親が無口だからそうなったのかどうかは知らないが、親と趣味が合っていないのもあるだろう。
 (世間ともズレてるようだしな)
 兄弟姉妹にしたって、女二人・男一人だから、
 いつしか、そこに居ただけで、情報を交換するような会話すらほとんどしていない。


 ‥まぁ、そういう意味で言うと、語り合う相手を求めたことも無い
 ‥まぁ、語ることと云えば、どうでも好い世間話ぐらいにしかならんからな
 ‥それにしたって、同じに継続できるだけの条件がそろってないと趣味話すら成立しないものさ

 ‥成立しない時間に慣れすぎると、マジ、どうでも好い(めんどくさいとしか思わん)

 必要なのは、物事に関した情報の確認であって、
 そこに絡まるお前・お前らの乱れた感情など、どうでも好いと思うようになる。
 (まぁそっちこそが、人間を観察する上でのツボ情報なんだけどな)



1-7)1

 戦時下のような理屈抜きの人の間(親近感)を得たいと思ったら
 それこそ、この世の地獄にでも行って暮らしてくれば良いだけのことだが

 それを選べる日々ということになると、いざ、どうにも目的が気になるばかりだ。
 (‥その組織としての有り様がな)


 「君は何がしたいのかね?」と問われる前に、(ブーメランで)
 「ここの組織・人間関係はどこを目指しているのですか?」と問いたいわけだよ。


> ‥こちとらな、目的を違えては、友人に至らないのは、学習済みなんだよ!!!
> そういう性格なんだよ、妥協どころの内訳なんかねぇ、好奇心がすぐに萎えちまうんだからな


 世間の騒ぎを見たってなぁ
 どこの組織だって大したことなんてやっちゃいねぇ
 五十歩百歩だ
 それも、今やちょっと踏み間違えると地球が果てるという科学の無知の暴力の時代だよ

 そこに技術者魂とか関係ねぇだろうが、結果、蓄積された科学の無知の集団が何言ってんだよ!

 否、そこにあるのは(正確には)、人間同士の間にある無知が大だ。
 技術屋にしたってそこは似たようなもので、技術でなんとかできるとか‥筋違いも甚だしい。


 ‥肝心なのは社交力ってことだ。丸め込まれない使命感って奴だ。


 「俺は、それらに、これっぽちも興味が湧いてこなかった」
 「まるで無かったかと言えば怪しいが、気持ちがまるで続かなかったのは事実だ」

 大体、社交力の前提って奴は、良いとこ育ちという条件が第一だ。
 幼い頃から如何にして見てきたかというお付き合いが最良なのだよ。
 そこから外れていたなら、興味を抱く方が、普通でない何かだ。

 競争だからと食らいつけばどうにかなるとか、そういうモノでは無い。
 上と付き合う気のない奴が、上と繋がるポジションで肩を並べられるわけが無い。

 (儲かればどうにかなるとか、カネを得ればそれで十分とか、そんなのは淘汰される側の発想だ)

 お前らはなぜかそこにあるパターンに、多少とも好奇心が萎えず終いだったというそれだけだ。
 ‥まぁそこにあるのも五十歩百歩だよ。



1-7)2

|ごつごつと柚子の香りの酸っぱくて      袋井市・高南句会(4-11)

|ごつごつと柚子の香りの酸っぱくて 兄さに似てる是の持ち味


 ‥「柚子」から得られる情報を
 これでもかと盛り込んだネタの詠みっぷりに、おったまげったス。

 (柚子が好きな気持ちが十分に伝わってきます)

 是をどう引っぱるか‥そこで

 ‥料理で云うところの柚子とは、それこそ「隠し味」でしかないと思った
 顔は三枚目だけど、厳しいことも言うけど、
 ここという時は頼りになる「兄ちゃん」になぞらえてみた。


> じゃ、姉ちゃんは?


 ‥そりゃ「梅」だろうね
 きっちり手塩に掛けてやらないと、毒にしかなりえないっスから。

 *青梅には青酸が含まれるので、解毒が欠かせません。(塩漬けはその解毒の工程です)




|湯の街の暮れて寒さや下駄の音        三島市・東大場土筆句会(4-11)
|外湯かな暮れて下駄鳴るの音        手直し



 ‥どうにも、ネタの句の季語が
 「下駄」の様を「寒い」と、野次っているように聞こえるのがマイナスです。

 「寒さや」と句切ったあとに
 「下駄」を盛る、下駄で括ろうとの着目は、どうしたって空気が怪しくなるばかりかと。


> この寒い時分に、どうして下駄なんだよ?
> 温泉街には変わり者が居るものだなぁ(しかも暮れ時だし)


 (てな感じ)


> 温泉街であろうと季節は冬である。(寒の時期なら尚更だ)
> 夕暮れ時の冷え込んできた頃合いに下駄の音が聞こえはじめる‥
> 「それじゃ、私たちも外湯に行こうか?」
> 「えー、外行くなんてもう寒すぎだし、ここの湯殿で好いじゃん」


 ‥と言う風に、必ずしも解釈されるわけではないということです。
 下駄の音に風情を感じての着目なら、それなりに、下駄がムード役になるように盛らないと‥
 ここでは季語をどうするかが、外せないポイントでした。


|寒の宿 暮れて下駄鳴る街灯り 迷うも何も湯に飛び込めよ


 ‥温泉街については、大凡のイメージしか知らんので
 どうして外湯があるのかをちらっと考えちまいました。

 ググって見ても草津絡みらしいので

 要するに、草津の湯はどこから湧いても熱いので、
 「湯もみ」しないと入れない。つまり、外湯通いして貰った方が効率が良かったと‥

 (なるほど、それで‥下駄=外湯、つまり、温泉街のイメージとして定着していたと)


> それにしても「湯もみ」の写真を見て思うのは


 例えば、競争社会なのに地元に育って、就職先が「湯もみ」しかねぇとか
 ぜってぇ誰しもは、「負け組じゃん」って思ってるはずだよ‥

 ‥ガリ勉している女子程そう思っているはずだ‥
 で、そんな輩ほど、
 だいぶ大人になってから、草津温泉ぐらい行ってみないと‥とか抜かしているんだろうね。

 「それって、超くそ構造じゃねぇか!」

 (滅びゆくしかねぇ辻褄なんぞ知らずとも同じこと。残念!)
 ‥そう思うと、かような空気&常識なんぞ、知らんでも本望だった事になるのかなと。



1-7)3

|空つ風火の粉川越え闇を焼く         袋井市・高南句会(4-11)

|空つ風火の粉を飛ばし闇を焼く ただ見るばかり対岸の火事


 ‥昔から云いますね、「対岸の火事」と
 対岸にまでは火の粉が届かないのが常識と。

 どのような川を想定したのか不明にありますが

 空っ風に勢いがあるから火の粉も川を越えるだろう‥が前提になってきますと
 江戸の火事は、鎮火を待つ以外に手段が無かったと‥言い切っちまってるようなもので
 ‥どうにも、よろしくありません。

 (ある程度家屋をぶっ壊して、境を広げれば、どうにかなっていたのです)
 (まぁそれでも歴史に刻まれた大火の顛末は、それも厳しかったわけですが)
 (川程の幅に境を広げられるまでには、手が回らなかったように思われます)


> まぁここでのポイントは、「闇を焼く」でしょうから
> 風の勢いがあると危ないと分かれば良いわけで、どれだけ焼き尽くすんだと煽る必要は無いかと


 (それにしてもどうしてそうなった??)
 (誰もツッコまなかったのか!?‥そんなんじゃ、句会に出る甲斐がまったくねぇよな)
 (参加料払うなんて馬鹿馬鹿しい)

 ‥ちなみに、この句会の選者は
 今回分の頭に載せた猛烈な打ち間違えらしき句を詠まれた方でーす。

 (是じゃ、打ち間違えだらけも運のサインってとこだろう‥「もっとシャンとしてやれ」とのな)



1-7)4

秘やかにわれの内部をめぐりゆく名も知らぬ人のDNAよ     静岡市・しおん短歌会(4-8)
|ひたひたと吾の身体を巡りける名も知らぬ人の赤き血よ      手直し



 ‥面白い着目です。
 それにしても、どうみたって輸血を詠んでいるのでしょうから
 「DNA」ではなく、「赤き血」と盛った方が適切に思います。

 「秘やかに」の印象は、気がついてみたら‥そういう事だと思った‥感じかなと。

 手直しの「ひたひたと」になりますと
 今、点滴を介して輸血されているようだ‥てな様子です。


> 輸血は必ずしも有り難いとは限らないので、多少控え目に詠んだ方が良いかなと
> ‥そういう意味での、あまり有り難くない意図が「DNA」なんでしょうかね??




|冬晴やレトロの街を俯瞰する         袋井市・高南句会(4-11)

冬スマホ レトロの街を俯瞰する かつての娯楽 今や手のひら


 ‥「レトロの街」
 はて?、どのような基準で、それを盛ったのでしょうか??

 ググって見ても、さっぱりです。基準なんてありそうで見当たりません。

 わかったことは、あの当時はモダンともてはやされていた物事を‥
 平成が昭和を「レトロ」と言い放っているようにあります。


 ‥黒電話を見て、レトロと言い放つ!
 昭和を生きていた側から云うと、「それは失礼だろう」と、まぁ思うわけですな。

 どちらかと言えば、

 加入権が云万円とか、そっちの方が、糞レトロ商売に思えていたわけですが
 今のスマホ商売と比べると、端末機種の購入代金相当に見えちまっています。


> 「俯瞰する」と続けて盛ってあるのが、どうにも不思議な感覚です


 普通に、江戸町&小京都情緒なら、すぐ横に見下ろせるような高い建物なんて無いんです。
 「冬晴」と盛られていては、模型でもなさそうです。

 ‥小高い山頂から眺めるにしても
 「そこまでの高低差があっては、レトロもモダンも関係ねぇだろう‥」

 これは一体‥どこからどう見ると、そのような感覚になるのだろう??
 ‥と、フル回転で考えちまいました。(リスペクトはそこの答えです)


> ‥まぁ整ったんで


 そこをいじらずに乗り切ったと云うことでヨシとしたいところですが
 それはそれで、余計に、斬新な表現に見えちまっとります。

 ‥なかなかどうして
 スマホを知らんと、時代の表現から置いてかれそうな気配を感じるぜ。(チッ)



1-7)5

下校の子土筆摘みつつ歌うたふ        藤枝市・亀城俳句会(4-11)
下校づら土筆摘みつつ口ずさむ        手直し(主観)



 *づら‥A形を表す名詞に付いて、その表面、その近くの意を表す。


 ‥「下校の子」
 どうにも、主婦陣は、安易に第三者視点からネタを探して詠むようです。
 かといって、主観で詠むのに、ここでは、切れの良い言葉が見当たりません。
 そこで、「下校づら」と盛ってみました。

 「づら」の意は*にある通りですが

 ここでは、「表面・近くの意を表す」の解釈を拡張して、
 「〜がてら」「〜の途中」の意にしています。

 参考:買い物づら、通いづら、移動づら、直進づら、カーブづら、電車づら、バスづら‥
    夕日づら(夕日を見ていると)

 ‥どことなく方言のようですが、なかなか便利に使えそうな雰囲気を醸しだしています。


> 基本、詩の世界は主観です。
> 客観詠みのままでも好いなどと思っていては、さほど上達致しません。(ここ重要)


|下校づら土筆摘みつつ歌ふれば 芽の出る元気ぞ手に一杯      参考1
|下校づら土筆摘みつつ歌うかな 芽の出る元気を手に一杯      参考2


 ‥では、主観と客観について、参考1と2を比べてみませう

 (二つの大きな違いは、「れば」と「かな」です)

 参考1の「れば」は、主観一調子で詠んだ形です。
 「気分が乗ってきたので口ずさんでみたら、ますます気分が乗ってもう手に一杯だ」の意です。

 参考2の「かな」になると、その空気が一変しています。 
 「気分が乗ってくると口ずさみもするよね、いつの間にか手に一杯になってたよ」の意です。


 ‥上の句の流れが概ね主観であるのに対して
 「かな」と軽く俯瞰したような言い回しをするだけで、下の句が一気に客観に振られているのです。


> まぁ、どちらを好むかは好き好きですが
> 一字一句に注意深くなる=主観で攻めるかそれとも客観か、能動か受動か‥と言うことです。




|寝転んで土筆と話す空のこと         藤枝市・亀城俳句会(4-11)

|寝転んで土筆と交わす空の話題 見上ぐるたびに雲の行く


 ‥「こと」で括るのは、「かな」の場合と機能的にはさほど変わりませんが
 句全体が話題を提示しただけの拍子抜けした向きになってしまい、よろしくありません。

 ここでは字余りしても、「空の話題」として雰囲気を盛り上げた方がスッキリします。


> このネタの句ように、詩の世界とは、「如何にもひとり言」にこそ‥味わいがございます。
> ところが逆に、「あの人はあーだ」と言い始める様では、空気が濁ってくるのです。


 どちらかというと「僕だったらこうするね、こう思う」を呟く形の方がしっくりくる世界です。
 ‥そこの言いたいところを、自然の姿の中に重ね合わせて、思いをすり寄せるのが句です。

 上手にすり合わせられるように、語呂合わせの巧みに在るのも日本語の特徴です。

 ‥客観的に表現できれば、すべてを伝えることができると思うのは、よろしくありません。
 "This is a pen."‥から始まるばかりだった英語教育なんてまさにそれでしたから。


> ‥経験の在ることのように
> 如何にして置き換えるかという視野(主観化)を、自らが育てないのでは、
> 自らの詩に触れるだろう読み手側にしてみれば、普段通りの客観視と同じと云うことです。


 (まぁ、普段に気がついたことをひたすらに言葉に並べることも基本ですけどね‥)
 (ゲームする前のわくわくってのは、自らが新しきを体験したいわけですから)
 (詩を読もうなんて物好きは、尚更、そこの欲求が丸出しというわけです)


 ‥マンガや童話の冒頭に例えれば
 「西暦○○○○年・・・・」‥と常に始まるよりは、
 映像に合わせて、「ぼくは、・・・・」と始まる調子の方が俄然入りやすいわけです。
 登場するキャラクターの多い作品でも、同じように語る調子にした方がスムーズなわけです。

 詩であれ、そういう様々の効果を良く考えて、組み合わせることが大事です。



1-7)6

|序の梅に破の雨降りて急の桜         藤枝市・亀城俳句会(4-11)

|序の梅に破の雨降りて急サクラ 晴れて合格吾が世の春


 *序破急(じょはきゅう)‥舞楽・能楽の構成形式。
 全曲を序・破・急の三部分に分ける。転じて、曲や舞の進行の速さの変化。


 ‥とにかく面白い!(目の付け所が挑戦意欲まるだしなのも買いですな)

 手直しの「サクラ」は、下の句の引っぱりに呼応させました。


> 合格間違いなしの予定だったが
> 試験当日の様子では、駄目かなぁって思ってたんだけど、受かってました!
> これで希望通りの青春時代がやって来そうです♪




|春立つ日皿洗う指踊りおり          袋井市・高南句会(4-11)

|春天下鼻うたまじり米を磨ぐ ひとり暮らしや初めスイッチオン


 ‥「春立つ日」と盛ってありますが
 どうにも進学進級入社で引っ越すような雰囲気を感じさせています。
 でも、「春立つ」=単に「立春」です。

 (日付限定の季語をこのようにして盛り合わせるのも、どうかなと思うわけですが‥)

 しかも、

 皿を洗っている最中に思い出したかのようにうきうきしているなんて
 それこそ女子の感性で、食うだけの男子としてはよくわかりません。
 男から見ると、「どうしてそこでそう思う?」という疑問符になるわけです。

 そこでまぁ、似たようなニュアンスを探しまして

 ‥リスペクトの引っぱりになりましたとさ。


> ちなみに‥米を磨いだあと、30分は水に浸けておくのは常識です。


1-7)7

あっちこち君を見つけし冬銀河        袋井市・高南句会(4-11)

|あっちこち君を見つけし花吹雪 いよいよ以て恋ぞ高鳴る


 ‥「見つけし」??
 探したんじゃないのか‥どうにもよくわからん。

 ちょっと悔しいので、そのままを味わえるところを探し出し
 リスペクトの引っぱりになりました。

 ようするに、

 リスペクトのニュアンスで、ネタを振り返ると
 それは昼間のゲレンデでの出来事で、宿泊先も同じだったとか‥そう言いたいのかな??

 ‥どちらにしろネタのその詠みでは
 どうにも、浮き足立った様子に変わりなさそうだと。
 (実のところはまったく以て不明です)



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:35 | Comment(0) | 名句にポン/2017 | 更新情報をチェックする
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