2017年06月03日

【勝手句帳】111 29-5-30 其の1静岡新聞掲載分から

↓4)向宜詠吟.2017/06/03

軽快に緑を縫って漕ぐペダル         浜松市・天龍川柳会

|軽快に緑を縫ってサドル跳ぶ 無茶な段差が俺の青空


 ‥「漕ぐペダル」どうにもパターンなフレーズです。
 「緑を縫って」も、斯様に思えるところですが
 「軽快に」からの伸びと勢いには、どことなく新たな風に誘われます。

 そこで

 ‥以前に「脛」でジャンプ表現されていたのを思いだし
 「サドル」に注目してみました。

 (自転車の車体の浮き上がった感触が伝わってくるかと)


> 所謂、マウンテンバイクの醍醐味、ジャンプです。




そよぐ茶畝のかなた春の富士        牧之原市・相良田沼塾俳句部

のたり茶畝のかなた春の富士 丹精込もる「あを」の共演


 ‥「茶畝のかなた」が渋い!!
 (これはちょっと出てきません。脱帽っす)

 ‥でも、「風そよぐ」では、初夏の趣です。
 ここは「風」より「雲」の方が、春らしく思うのですが‥(春って盛ってんだし)


> 写真でしか知らない‥こちらの思い込みなんでしょうかね?



1-4)1

|幸せは一瞬の風花吹雪            牧之原市・相良田沼塾俳句部

|しあわせは永遠の風 花吹雪 慕いし頃を振り返る今


 ‥永遠に思えるからこそ「しあわせ」にあるわけでして
 何かをきっかけに思い起こせる永遠‥即ち、
 一瞬の中に折りたたまれてある幸せし頃の記憶の呼び覚ましです。


 ‥そこを、ネタのように「一瞬」と置くだけでは
 目の前の景色の花吹雪だけで終わってしまう向きにも見え、どこか物足りません。

 ‥しかしまぁ
 慕うところが無かったなら、それはそれで只の花吹雪なだけなので
 斯様に思い返せる日々があったなら、ひとしおの幸せなわけです。


> 着目は好かったのに‥惜しい




|雨だれのリズムと遊ぶ無の時間        牧之原市・相良田沼塾俳句部

|雨だれのリズムと遊ぶ無の時間 あの音その音追いかけてをり
|雨漏りのリズムは所詮虚の時間 ながめ見たとてやりきれね


 ‥なかなかに大した詠みっぷりです
 まさに、これこそが「サウンドの味わいの原点や!」てな着眼です。

 と言うところで

 「無」と「虚」の違いを発見しちまいました。
 夢中に成れるか、成れないか‥です。
 ‥意外と単純な問答だったようですね。


> 夢中に成れるところに法則が働いているとォ


 ‥それは波?、それとも重力?
 波に乗れば喜びとなり、重力にとらわれれば苦しみにもなる。

 (雨漏りなんて只の重力というわけです)
 (雨をうまく受け流さないのでは、楽しい時間に変化しないと言うことです)

 ‥世の中には
 「好奇心」と呼ぶ「雨」、もとい「嵐」が立ち込めておりますからな。



1-4)2

|そこここに春はでてます土筆んぼ       牧之原市・相良田沼塾俳句部

|そこここに春が来ておりつくしんぼ みんな注目 会いたかったさ


 ‥「つくしんぼ」と言うことで
 「でてます」としたにせよ、ここでは季重ねなので
 流れとしては、「それこそが春ですよね」とした‥まとまりが欲しいので
 どうしたって、「来ており」と置かないのでは、整ってきません。


> ‥そうであって
> 土筆の姿の立ち尽くしているような、首を長くして待っていたような‥情感に伝わるのです。


 (ネタの盛り方では、どうにも食い気だけの趣かと)




|子の描く頭でっかちチューリップ       静岡市・中央寿俳句同好会

|童かも頭でっかちチューリップ にこにこゆれし止まらぬ笑顔


 ‥考えてみれば
 子供の等身は頭でっかち、チューリップも頭でっかち
 それでいて、気分はいつもニコニコころころとした趣でーす。


> まったく見えてませんでしたぜ‥orz



1-4)3

|鐘響く誰がつくやら春うらら         牧之原市・相良田沼塾俳句部

|鐘響く誰ぞ睦添め春うらら 鳩の羽ばたき見え来るような


 * 睦添め(むつそめ)‥挙式。

 ‥「誰がつくやら」
 このフレーズが、ちっともそそりません。

 (それが何の鐘にあったかを、きちんと盛り込むべきです)
 (でないと、ほんとどうでもいいだけですから)


> 私って、春になると、鐘の音が聞こえてくるだけで、うれしくなっちゃうのよね
> どんな人がついているのか、想像するだけでワクワクしちゃうの


 ‥って、これではどうにもフェチと言うモノです。


> ああ、また誰かがこの春うららかな日和に、仲睦まじく式を挙げたのだな
> まるで目の前を、祝いの鳩が、晴れ晴れしく飛び立っていくのが見えたみたいだ‥(お幸せに)


 ‥とした着目に思われるわけですが
 これも又欧米化もといキリスト教の呪縛という奴なんでしょうな。


 ‥で思ったのですが
 鐘を鳴らしていたのは、当初は、貴族だけだったのでは?
 それで、娘どもが貴族との縁に憧れるようにもなり
 キリスト教に、入信する者も多かったとか‥

 (俺が司教で成績上げようとか狙えばそうするかもな)

 ‥そんな商法染みたサービスが、現在に至っているかも知れないと
 (何しろ、洗脳目的が大大の大宗教っすから‥)




朧月屋根を伝ひて猫歩く           静岡市・中央寿俳句同好会


 ‥ネタはまるで映像シーンのようです
 実的に思うのは、暗がりに屋根を行く猫を視認できるのか?
 そう思えば、朧月ではピントがずれているように思えます。
 そこを避けようとすれば、猫との距離感が欠かせません。


春の月屋根を伝ひて猫歩く          手直し1
|朧月屋根を伝いてネコ出掛け         手直し2


 ‥と言うことです。応用すると‥


|朧月 屋根を飛び跳ねマント去る愛しの方の仮面に酔えり


 ‥リスペクトは
 所謂セーラームーンらしきシーンにありますが
 どうにもただの夜這い‥もとい物好きの中二病‥もとい只の欲求不満の恋妄想かなと。

 タキシード仮面の中身も、実は、オタクの変態視とさほど変わらないと
 否、そこに男も女もねぇと言うことです。

 つまり、女子は明らかに、
 ビジュアルさえ好ければHENTAIでもOKな‥差別に近い偏ったモノの見方をしていると。

 (と言うか、斯様がツボの輩は、どこまで行っても斯様な趣向を好むのでせう)


 ‥問題は、もとい不思議は
 女子の場合、それが、日常的に当然の顔で、共鳴を放って通り過ぎていくことです。

 (まるで、イジメを眺め見るだけの反応パターンに類似しているかの如く)
 (だって、当然よね)


> それは一体何が基準なんでしょうかね??



1-4)4

|感嘆の口にとびこむ落花かな         静岡市・中央寿俳句同好会

|感嘆の口にとびこむひとひらや キッスのような落花にほの字


 ‥落ちてきた桜の花びらが、口の中に飛び込んできたと
 珍しいこともあるものですな。
 たぶん、花見の度に、それを思い出すのでしょうね。

 ‥十七音では、さすがに季語を外せませんが
 三十一音でなら下の句にずらすのも可能です。
 すると、斯様な整いに成ってくると。


> かぁ☆‥十七音ではこうは活きません。


|感嘆のキッスのような落花かな

 ‥これだと今ひとつわかりにくいように思います。




|春惜む宇治川下りの尾形船          静岡市・中央寿俳句同好会

|春惜しむ舟の向かうは嵐山 花筏のごと雅のまにま


 ‥「京都 尾形船」でググって見たところ
 宇治川より桂川の方が情感が大きいようです。

  *ちなみに
 「尾形船」の呼称より「通船」が一般的らしい。(時代劇のようなイメージでは無いと)


 ‥それにしても
 俳句と短歌の違いが見てくる着目かなと‥

 俳句と、短歌の上の句の違いでもあります。
 着想によっては、三十一音の方がスムーズである場合もあると言うことです。



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:36 | Comment(0) | 名句にポン/2017前半 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。