2017年07月09日

【考察】リベラルすぎるベーシックインカム経済の規模と感覚を言語化

向宜弁論.2017/07/09

> 地球人口70億人とすると
> 皆がみなに1円ずつを配るには、全員が70億円持てば良い‥


 しかし、資本経済がそのままなら、問答無用の競争にさらされるので
 使うだけの者と皆から1億円をゲットする可能性に置かれるまでの可能性差を見せる。
 単純計算7京円長者になれる人数は、そのままに70人だ。


> ‥↑は極端な物言いだが
> 年間100万円程度で、ベーシックインカムを世界が政府通貨から賄うと次のように表現可能だ。


 T.労働意欲を失った者が全体の二分の一の場合
 単純に労働意欲を維持し続けた者は、給与所得の平均が200万円+に上昇する


 U.労働意欲を失った者が全体の三分の二の場合
 単純に労働意欲を維持し続けた者は、給与所得の平均が300万円+に上昇する

 平成のお終いで300万円が相場ならそのままに600万円だ。
 非正規でも400万〜500万円は底堅い計算になる。


> ‥ただし、それは始まって2〜3年内の光景だ。


 それが10年経つと預金枠1千万円程度の格差に広がり
 30年経つと億万長者の格差に広がる。

 (細りと生活できていても、今時代の閉塞感同様に、働かない側は同じ息苦しさを感じ始める)

 一方、人口の三分の一がケロッと億万長者に達することが可能なら
 その中からさらに兆億長者に達する者が1%ということになる。
 人口70億の三分の一の1%なら、233万人規模が想定内ということになり
 100年後には、さらに、その1%が京兆長者に届くか届かないかだろう。

 仮に年間、100万円程度では少ないからと、それを120万円に増やしても
 TとUほどの差に加速するだけに思われる。


> しかし、この格差が現状と明らかに異なるのは


 23億人もの億万長者がケロッと登場することになるので
 その内の23人中1人ずつから1円ずつ稼げればさえ、
 さらっと億万長者になるのも可能ということで、芸能スポーツ志望も膨れあがると言うことでーす。

 まぁしかし、それだけの億万長者が存在し始めると

 資本経済下でも表面的な不景気感を感じない経営者も増加する嫌いが起こりはじめ
 ポケットマネーで仕事が創出される流れも想定内かと。

 具体的に述べれば、企業専属のお抱えチームなどというちゃちい話でなく
 富豪が個人で所有するお抱えチームで結成されたVR的傭兵リーグなんかも登場するかもです。
 (SPの余暇を有効活用すれば、クラブ活動的に有り得るかと)

 (どちらかというと‥お抱えハッカーチームだったり、デザイナーだったりだろうけど‥)
 (そんなオーナーのことを、ボスではなく、ダディーとかママなどと呼び合うようにも‥)


> ‥別の言い方をすれば、AIに負けない人類の可能性に投資が始まると表現できるでしょう
> まぁそのぐらいの気運に無いと、教育のすべて無償化は成り立たないわけでーす


 ‥それにしても
 年間100万円のベーシックインカムとて、100万×100年で1億円です。
 (1人辺り1億円が、消費市場を介して蓄積すれば、100年で70京円に及びます)

 ‥中には国家予算を動かすような個人も現れる可能性を否定できないことから
 政策上の臨界点が100年後に訪れるということが想定され
 予想以上に速いペースだという見解が、ここではっきりと判断されるでしょう。

 ですので

 多少ケチケチとした工夫を加味しても、臨界が150年程度に延びる程度でしょうから
 その後をどうするかをその間に見つけておかないとどうにもならない次第に陥りそうです。
 もっとも、その頃の時代の生活感がまったく想像も付かないので
 その先を案ずるよりは、現時点での改善に思います。



> 修弁させていただきました、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:13 | Comment(0) | 日記/2017 | 更新情報をチェックする
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