2018年01月28日

【勝手句帳】188 30-1-26,27 静岡新聞掲載分から

↓5)向宜詠吟.2018/01/28

|いつのまに桜葉落ちていちょう散る自然のたすきが心彩る     藤枝市・文化協会短歌会(1-27)

|柿紅葉 桜紅葉に 楓 銀杏 秋のたすきは日本の宝


> 秋の紅葉(こうよう)を時間系列で辿ることはほとんど無い
> いたって、自分の目にした光景の中の切り取られた時間での断片だ
> ‥でも順序立てて並べてみると‥
> まるで、秋の移ろいが、たすきリレーをしているかのように思い浮かぶのだ
> 柿紅葉、桜紅葉、楓、銀杏‥他にもあるにせよ、出番を待っての姿勢は良く出来ている
> 実に、命のつながりが伝わってこよう
> これこそが日本の宝、四季としての有りようなのだなぁ




|木枯のさざ波連れて川下る         静岡市・浅間神社句会(1-26)

|木枯しやゴッホの色で川下る 巻き散らかして巻きし吹くかな


> 川を下るその先々で木枯しが舞い散っていた
> なんと‥ゴッホが筆を描き殴ったようなタッチで、紅葉が川へと散りばめられていく
> おまけに、川下りの水飛沫も、ゴッホのタッチで飛び散っているかのようだった
> (まったく以て、好いタイミングで川下りにありついたものだよ)



1-5)1

|はなやかに電飾灯る街路樹はねぐらなりしか鳥の集まる      富士市・富士川短歌会(1-27)

 *塒(ねぐら)

|・・・・鳥の集まる塒なりしか  ‥鳥の塒になってしまったのだなぁ
|・・・・鳥の集まる塒なりぬれ  ‥鳥の塒と化してから随分と経つのだなぁ
|・・・・鳥の集まる塒なりけれ  ‥鳥の塒になったら好いのになぁ
|・・・・鳥の集まる塒なりたれ  ‥鳥の塒のような次第を目指すが良かろうに


 ※ 已然形での解釈が必ずしも上に該当するとは限りません。(概ね斯様な感じかと)
   とくに猛烈な感情の念を込めて詠み込んでいるようなら
   いやみなり、押しつけがましさなり、詠み手に沿うように解釈すべきかと。



1-5)2

|短日や会釈そこそこ回覧板         静岡市・浅間神社句会(1-26)

|短日や会釈そこそこ回覧板 スマホの画面で回せたら


> 秋も過ぎて、すっかり短日にもなると、何かとせわしなさが漂うものだが
> そんな時に回覧板が回ってくると、挨拶もそこそこで済ましている

  そう思うと便利さを思案して、スマホの画面で回せたら良いのに‥などと思うわけだが

> それはつまり各自のダウンロードで済ますと言うことだ
> そうなったらそうなったで、お互いの顔を見合わす機会を減らすだけだろう
> すると今度は、ダウンロードまでもがどうでも良くなりはじめる
> アナログのメリットとはつまり、強制的にお互いの顔を確認していたという非効率に尽きるのだ

  ああ、それにしたって

> 村社会でもあるまいし、お隣さんの存在は単に住まいが横同士と言うだけだからな
> 顔を覚えたところで、何の足しになるというのだろうか?
> ここが自由社会の暮らしと気持ちとが根深く繋がっていない適当さのどうしようも無さなのだろう


 ‥宇宙ステーションとかで考えたら
 共生感しおしおでは、問答無用で空気の鮮度もままならなくなるからな
 トゲトゲしたままでは、それこそ、稼げてる順での供給だとか言い始めるだろうよ

 ‥稼げてるって言っても、人気店の繁盛でもあるまいし
 他人を顎で使って、自分はデスク待機で
 てめえの取り分、契約上多くなっていますってなだけだからな
 その程度でデカいツラし合ってる社会なんて死に体だよ

 (宇宙ステーションシティなんか無理すぎだろうよ)

 ‥仕事を引っぱって来ているから、給与が高いだの言い訳したって
 宇宙ステーション暮らしともなれば、エネルギーの生産量以上に仕事は出来ないからな
 それこそ、全体での仕事量からして制限されるのが宇宙ステーションでの暮らしだよ
 ‥地上とは違うのだから‥
 競争社会のままのノリで、宇宙ステーション暮らしが機能すると思ったら大間違いと言うことになる

 (そう考えると、ガンダムなんか相当の勘違い世界だよなぁ)




|短日や五時のチャイムが夕闇に       静岡市・浅間神社句会(1-26)
|短日やペダル漕ぐ足早くなり        静岡市・浅間神社句会(1-26)

|短日や五時のチャイムが夕闇に 鍋ぞ恋しくペダルを伸ばす


> ‥秋も終わりを迎えて、すっかり冷え込むようになると、鍋が恋しくなる
> 短日にも五時のチャイムが夕闇に消えようなら
> 途端にスイッチが入ったように、自転車をスーパーに飛ばしていたりする
> (ああ、鍋で温まりてぇ)



1-5)3

道駆ける落葉行くさき風まかせ       沼津市・若草俳句会(1-26)

|がむしゃらも落葉もすべて風任せ ヌルき自覚の吹き溜まりなぞ


> ‥人の世の中はいたって人任せに出来ている
> がむしゃらに頑張ってみたって、所詮は自分の好き勝手だし
> そんなのは落ち葉が散らかるように転がっている光景だな

  ‥そうだな‥

> その上、自分の好きですら頑張りきれない吹き溜まりに溢れているのだからヌルすぎる
> 結果を気にしていては、その程度に填まるのは当たり前
> 人の目を気にするようでは、その程度に陥るのは当たり前
> 好きであることに理由なんて無いのに、出来ないことに理由付けてんじゃねぇよ

 ‥出来ないのではない、宇宙的に見て、する必要が無いだけだ‥

> そこに自覚が伴うかどうかだよ
> (自己嫌悪やら大嫌いを演じたって意味ねぇし)
> (出来る可能性に価値傾倒して、出来ない現実を蔑みすぎては、出口などあるわけが無い)




|椅子なんて蹴とばしている現場好き     島田市・川柳茶ばしら吟社(1-26)

|椅子なんて蹴飛ばしている現場好き どうせ一人の行き来だけの日々


> ‥世の中の出世なんて奴は、自分に家族ありきだよ
> どうして、仕事場から帰って寝るだけのお一人様住まいに上司の席に座れって言うのさ
> そんなのはこちらから御免だよ
> ‥家に帰っても誰もいねぇ、会社に来てもデスクとの睨めっこ
> そんな退屈な行き来にハメ殺されるぐらいなら
> 出世なんて、精々、現場の監督止まりで十分だよ



1-5)4

|さびしさの芯を突きくる冬紅葉       静岡市・浅間神社句会(1-26)

|さびしさの芯を突きくる雪下山 死ぬるは晴れ間 只それだけを


> ‥只今遭難中、雪山の中をがむしゃらに下山している
> なんて心細い展開に陥ってしまったのだろう
> どうにも「死」がちらついてしまっていてどうしようもない
> ‥どうせ死ぬなら、晴れ間が良いな‥
> なぜかはよくわからなかったが、ふと、そんな気持ちが彷徨っていた




|別れゆく人の背に冬の月          静岡市・浅間神社句会(1-26)

|亡骸を看取るまなざし雪の月 生くるは嵐羨ましけれ


> ‥ついに、連れの方が先にくたばっちまったよ
> それにしても、なんて晴れ渡った雪間の月だろうか

  ‥ああそうか‥

> お前は俺と月に看取られて逝ったのだ
> 淋しくはあるまい、それで十分だったのだろう(何と羨ましい)

  ‥見て見ろよ‥

> 北の空の方では曇りだしている、これは直に天候が崩れる前触れだ
> お前は俺のことをまだ生き延びていて羨ましいというかも知れないが
> 俺としては最悪だ
> 一人の上に、晴れ間の月にだって看取られる事も無い

  ‥そうだな‥

> (ならば生き延びて下山しきれば良い)
> それがお前からのはなむけの言葉と言うことか‥



1-5)5

|冬の空しもた屋軒の古巣跡         静岡市・浅間神社句会(1-26)

|冬惜しむしもたや軒の古巣かな バツイチからのトントン拍子


 *仕舞屋(しもたや)‥(前略)転じて、商店でない、普通の家。

> ‥以前に住んでいた辺りに用事があった
> 起業に失敗した昔を久しく思うも、あれはあれだな
> ‥今は縁あって‥
> すっかり、バツイチ者の古巣暮らしなど及びでない
> (このまま何事も無く歩みたいものだなぁ)




|外風呂に色を散らして落ち葉かな      静岡市・浅間神社句会(1-26)

|散れる秋 借景の良い湯加減 闌浸かる久しきの午後


 *闌(たけなわ)

> ‥紅葉がちらほらと散っているな
> 実に借景の見事な露天風呂だな
> 久しぶりの余暇に温泉浸りも好いものだ
> これもまた、闌としての有りようなのだろう
> ‥しかし‥
> 闌に浸ることに意味なんて無い
> 少なくとも自分はそういうスタンスだ
> (そのぐらいが余暇の加減としてもちょうど良い)




> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:41 | Comment(0) | 名句にポン/2018前半 | 更新情報をチェックする
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