2018年02月10日

【勝手句帳】191 30-2-2,3,6 静岡新聞掲載分から

↓7)向宜詠吟.2018/02/10

|幾とせか無常の風に流されて今歌詠める途のぬくもり       吉田町・玉響短歌会(2-3)

|歌詠める途のぬくもり花吹雪 我は風なり風向くままに

 *途(みち)

> 和歌を嗜む者にとって、途途の温もりは花吹雪のようだ
> どうしてじっとなどしていられよう、否否、どうしたってじっとしていたいのだ
> ‥どちらに散り放たれるかなんて、それこそ私と風の気分次第という事だなぁ




|笑みもあり五百羅漢にもみじ落つ       島田市・榾火俳句会(2-6)

|笑みもあり五百羅漢にもみじ落つ もえあがるよう沸きにける径


 *径(みち)

> ‥五百羅漢の石仏が紅葉に囲まれて在る
> それで笑顔の顔も見受けられるのだな
> それにしても、血気盛んに語り合っているようだ
> この径は、まさに、論におぼれる者らを諭す為にあるのだなぁ
> (五百人で語り合っても仏陀には及ばないのだからな、まずは仏縁こそを慶ばざるを得まい)



1-7)1

|あだし野の千の石仏こぼれ萩        浜松市・三ヶ日俳句研究会水鳥発行所(2-6)

|あだし野の千の石仏こぼれ萩 さらば野ざらし御仏のもとへ


> ‥化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)の石仏の一つ一つは
> 野ざらしになっていた遺骸(いがい)の供養が始まりだという
> それがしかも、弘法大師空海の導きとあらば、どうしたって成仏できたに違いない

 (ああそうだ、きっとそうに違いない)
 (もしそうでなかったら、供養自体が、大乗思想の裏付け無き詐欺になっちまうからなぁ)




|冬探し朝の光に手を合わせ         静岡市・SBS学苑パルシェ教室俳句(2-6)

|吹雪去り朝の光に手を合わせ ほっと一息「南無阿弥陀仏」


> ‥吹雪がパタリと止んで、朝日が差していた
> 是ほどに有り難いことは無いと思ったら、そのまま「南無阿弥陀仏」を唱えていたっけな
> (無事にやり過ごせて、ほんと有り難いなぁ)



1-7)2

|あと一枚今年もせまる年の暮        島田市・榾火俳句会(2-6)

|あと一枚今年もせまる年の暮 また新年も頂き物で


> ‥今年もあと一枚になったか、来年の分を貰ってこないとな
> 「え?」、カレンダーぐらい買ったことがないのかって?
> なに言ってんの、買いたくなるほどのあれらは概ね保存用だろう
> 使用する奴は、頂き物に決まってんじゃん

  ‥でもなんだ‥

> 銀行もAI化すれば、店舗縮小とかやらかすからな
> ただでさえ、新年のカレンダーサービスが減り始めてるし‥
> 買うほどなら、各自で印刷する時代に成るのかなぁ(面倒くさいからデータ供給宜しく)

 

 それこそ電子ペーパーにして、飾っとけの世界だよ!
 メモ書きもできて
 家族にメッセージ切り替えのボードにもなれば
 ‥完全に新しい家電の登場だ(まずは非接続で)




|一枚の暦をはずす除夜の鐘         静岡市・清風俳句会(2-2)

|一枚の暦をのぞく除夜の鐘 去年のしがらみ打ち消すらむ


 *去年(こぞ)

> ‥「おっ」除夜の鐘が鳴り始めたぞ
> こうやって年の境に聴くと、去年のしがらみを持ち越すなって教えだよ
> 言葉になった説法なんぞ聞かんでも、ほんと是で十分だよ
> そんな心持ちで取り替えるカレンダーってのが、これまた神妙な除夜と言うことだなぁ



1-7)3

三保の浦堤防越ゆる冬怒濤         静岡市・SBS学苑パルシェ教室俳句(2-6)

|富士怒濤 寒波の闇を明けさらし 三保の浦より白妙ゆたり


 *三保の浦‥厳密に言えば、清水港周辺であって、三保の松原とは意味合いが異なる。

> ‥昨日までは、寒波に押されて、富士山は雪雲で見えなかった
> でもどうか、それも今朝には明けており
> 清水港から出る船からは、白妙たる富士山の姿が、雄大に見えている
> (さて、戸田港到着まで、のんびりと眺め入るとするかな)




風寒し夕日に眠る古墳群          藤枝市・時ヶ谷明句会(2-6)

|青銅に弔い残す古墳群 刃は朽ちれど柄離さずや


 *刃(やいば)、柄(つか)

> ‥最近の研究によると
> 青銅の剣というのが有ったのでは無く
> 青銅の柄と鉄製の刃がセットで剣に成っていたらしい
> 結果、青銅だけが残ったという解析だそうだ

  なるほど

> それだと、ヒッタイト人の戦では
> 戦死者の剣を、そのまま墓代わりに差し立てて弔っていたとでも言わんばかりだな


 ‥じゃ、日本での古墳のそもそもは、戦の度の統合墓地が始まりだったとか??
 ‥仏教以前の埋葬がどうだったかは、日本人の多くが知らんからな
 ‥刃が朽ちても、柄だけが残るなんて(如何にも、帯刀すれど抜かずの事の始まりだよなぁ)



1-7)4

|書初畳の上は反故の山          静岡市・清風俳句会(2-2)

|書き初めど畳の上は反故の山 申し訳なく一枚勝負


> ‥書き初めってのは練習の場では無い
> 縁起の事始めの一つなのだから、一発勝負で吉とするべきである
> だからこそ、上手にやろうとする意味など無い、面白くやるべきなのだ


  ‥それでなくとも昔に紙は貴重品だったのだ、そして正月は忙しい
  ‥いくらでも書いて練習するのが良いなどとは、行事としての意味合いが異なっている(喝)




|味噌汁伝統保つ主婦の         袋井市・どまん中川柳(2-2)

|味噌文化伝統保つ朝餉かな どうにも大豆は外国産


> 味噌汁を日に一度、朝に飲むのが理想かな
> ‥しかしどうか‥
> 原料の大豆の多くは、輸入に頼り外国産だよ
> それはどうしたって伝統とは異なっている(実に残念な事だな)


 生活全般の隅々にまで伝統にこだわる民族はどうにも日本だけらしい
 多民族世界とのつき合いが、如何に土着色を疎かにしてしまうかだよなぁ

 そのくせ

 珍しいことには素直に評価はしても、すぐに自分たちの都合に染めたがる
 なにしろ、宗教からして信者競争だし、一神教だし、自分立ち寄りこそがすべてだと信じ込んでいる
 どうしたって、お前らの多民族観では、日本の統合力には遠く及ばない
 どうして、聡い側が愚かの側主体にお付き合いをしているのだろうか?(どうにも納得し難いなぁ)


 (子供のわがままを主体にした教育には「躾」とした概念が登場しない、まさにそのままだ)


 ‥欧米化のそのまんまだよ、それで個性とか騒いだって
 宇宙をゴミ屋敷にすることしかできてやしないじゃないか、いい加減にしろよ!
 なにが個性を伸ばすだよ、勝手気ままの不調和社会の助長なだけじゃねぇかよ!

 ‥大豆にしたってそうだ
 勝手に遺伝子改良を加えて、癌要因を疑われるようなことしくさってんじゃねぇ!



1-7)5

今朝の冬会う人なきや散歩道        藤枝市・時ヶ谷明句会(2-6)

寒波ゆえ会う人なきや朝コース 愚直の程度垣間見らむ


> ‥朝の日課の散歩だが
> 猛烈な寒波の日にはさすがに厳しいものがある

  ‥しかしどうか‥

> 散歩なんてたわいない日課でさえ、猛烈な寒波に負けなかったのは
> どうにもこの近隣では私ひとりだけだったようだな
> 世間の愚直の程度という奴を知ってしまったよ(ふふふ)

  しかしまぁ、出勤の事情にさしたる変化が有るほどでは無い
  誤解無きように付け足しておくなら
  一人きりゆえの愚直さ力という事だろうな、集団でのそれとはまた別と言うことさね




|桟橋のはしに三羽の浜ちどり故里の冬も賑やか          浜松市・アカシヤ短歌会(2-3)

|桟橋のはしに三羽の浜千鳥 寒波に客足遠のいて


> ‥いつもなら、冬だろうと釣り客が多少は見えるのに
> この寒波では、さっぱりだ
> 浜千鳥でさえ桟橋に僅かだよ
> (どうにも氷に閉ざされた面持ちだなぁ)



1-7)6

紛争の火種を聖地に放り込み        静岡市・サロン川柳句会(2-2)

|紛争と聖地の構図に疑問持て かしずくほどに敵視するなど


> ‥エルサレムだがなんだか知らないが
> 三つの宗教の聖地が一つの場所にあるせいで、紛争が絶えないと言うことらしい

> それで、どうにも信仰が進むほどに敵視するようにできている
> できていると言っても、それぞれの聖書に「追い出せ」とまで書かれているとは思えない‥
> もしそうでも、重要視するかどうかは、人間の側の問題だよ
> 異教徒とは「手を取り合うな」と刻銘に刻まれてあったなら、まさしく聖書の側の問題だ


  だがそうでは無い


> お互いに「神の側の問題」だとして、直々になじり始めるのだ
> それでなくても、信者の獲得競争をやらかしているのだ
> 「追い出せ」「手を取り合うな」なんて言うのは、明らかにヒトの側のやらせだよ

  そもそも

> 信者の獲得競争を容認しあっている時点で、神の否定(信仰の脆弱性)だからね
> 競争して勝てない‥増えない‥と、信仰心が疑われるなんて、ただの恐怖と搾取だよ
> 自然体で十分だと、そうお互いに尊重し合えない縛りを感じてしまえば、それはもう怪しいのだ
> その上で、お互いの信仰を容認し合わなくてもいいとか言い出せば、人間性の否定だからね
> ‥なにを以て、宗教かって話にだってなってくる


 (ぶっちゃけた言い方をすれば)

 ‥宗教とは、組織の掟や方針に従順であることを救いとした思い込み結社である
 ‥宗教で斯様に慣れてしまっているので、社会的集団性全般に同じだと思い込んでいる節がある


 正しさとは、自分で判断してその都度考えるべき行為に当たるのみである
 聖書など頭から前提では無い
 お手本や仲間を参考にするも自由、しないも自由
 ‥そもそもからして、宇宙事象の対処法のすべてを綴ることは不可能
 ‥組織性なんてものは、それはそれで一つの美学観に過ぎない(気に入れば選ぶ程度だよ)




盛り上がる会話に膝が寄って来る      袋井市・どまん中川柳(2-2)

|盛り上がる噂に顔の寄りにけり 尾ひれ背ひれの泳ぎ見たさに


> ‥人の口に戸は立てられない
> どんな話だろうと、噂だろうと、尾ひれ背ひれが付いて回るもので
> 事、吊し上げ沙汰に到ろうなら、部外者からも「溺れる者に石を投げつける」面白半分だ

  それはもう

> できるだけ注目という負荷を与えておいて
> 当事者がどう立ち振る舞うかに、勝手にも悦を抱いているようにさえ思える
> まるで、物語の続きを楽しむかのようで、当人の気持ちなど何ら想像しちゃいないだろう

  とくに

> 恋沙汰の話題とも成れば、容赦が無い
> 観客や読者の気持ちを、まずは想定して応えてみせろと言わんばかりだよ
> (誰の恋愛だよ、他者の自由に首を突っ込むなっての)

  それってつまり

> ‥周りを配慮しない「勝手自由〜自由」を、自由として誰も認めていないって回答だよ
> 余計なお世話でも、余計なお世話をするべきが噂という扱いらしい


 ‥噂ですら相当だからな
 上司が「俺を通せよ」なんざ、統治レベルもといすべては俺の承認制の世界だよ
 会社や組織においては、自由権の余地など一切ないのだ
 (会社や組織において、自由権が認められるのは、経営サイド運営サイドの一部だけになる)

 (それでなくても、予算内だからな)


> 斯様な社会形態を、根掘り葉掘り人権侵害として議論しない社会はおかしい!


 下からの意見を小馬鹿にしたまま
 一部のものだけに閉ざされた経営決定は、民主社会とは言い難い

 (もとい、始めからこの世界は絶対資本体制だったな)

 ‥上が下に、情報を上に通すことを要求するなら、平に、下にも意見交換を行うのが筋である
 しかし、情報流出やら下に出し抜かれたくない恐怖がそれをめんどくさがって拒むのだ
 ここにこそ、民主社会におけるリスクのすりかえが慢性化して立ちはだかっていよう
 (資本側の都合の良いように「競争」がもてはやされて来たのは、問うまでもない)


 ‥競争の為の暮らしでは無い
 暮らしの為のモチベーションを上げる為の付けたしルールだ
 付け足しの方が主体に成ってしまうなんて、噂が前提で本人無視と同じさね
 (自己中にもお互いに、面白おかしければ好いのやり過ぎは宜しくない)



1-7)7

時雨ては夕暮れの中濃く青く名残り朝顔いのちひたぶる      吉田町・玉響短歌会(2-3)

|夕立のなごり朝顔なみだかな レギュラーとるぞ今ぞ青春


 *ひたぶる[副詞]

> ‥夕方の朝顔はただでさえ萎んでいる
> そこに夕立に降られては、まるで涙だ

  ‥まるでよく似ている

> 頑張っても夏が終わっていくベンチ要員のままに‥
> ベンチに入れればまだマシに思えど、どうにもしぼんだ朝顔に見えちまう
> このままでなんて終わりたくない、あと残り一年、なんとしてもレギュラーを目指すぞ




> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:50 | Comment(0) | 名句にポン/2018前半 | 更新情報をチェックする
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