↓5)向宜紬詠.2018/06/29
|足音にすすり泣く影花外灯 神待ち娘は違法の子猫
その日の夜、俺は遅い仕事上がりの帰り道だった。
世間は花見時だというのに、まったく以てそんな暇なんてない。
俺は、そんな息抜きをしたい妄想に駆られながら地元の駅を下りての帰り道だった。
ふと気が付けば、住まいの近くまで来て、外灯の下に年頃の女子がすすり泣いているように思えた。
(ほう)
‥これはもしかして噂に聞く「神待ち娘か」‥春休み終えにしては珍しい‥
しかし、俺はおもむろに立ち止まってしまっていた。
不思議と、辺りには人の気配が無い。取りあえずほっとした。
俺は好奇心に駆られたが、この手のパターンでの違法行為に足を踏み入れる気は無かった。
俺がその場を立ち去ろうとすると、猫が啼いた。
俺は振り向かずそのまま歩き出したが、なぜか猫がついてきた。
このまま行くとすぐに部屋に辿り着いてしまう‥マジに犯罪者に落ちぶれかねん‥
俺は意を決してふり返り、猫‥もといその娘を諭して去るように試みることにした。
‥振り返ること、まじまじにその娘の顔を見やれば、直球で俺の好みだった。‥
(俺の好みの女子がこんな神待ち娘を演じるわけがない!!)
「お前、なんで俺の後に付いてくるんだ?」
「あのう‥ひと晩、泊めてもらえませんか?」
「はぁ、何言ってんだよ、お前‥お前どう見ても未成年だろう、俺を犯罪者に仕立てる気かよ?
そういう事はだな、交番にでも行って、『一緒にブタ箱に入りませんか?』って頼みなさい。
」
「それだと補導されてしまいます‥
それに、弱みを握るような警官だったりしたらそれこそ最悪ですぅ」
「ほう、そういう最悪性を理解していて、なんで神待ち娘してたんだ?」
「エェぇ☆★☆‥それはまだ秘密ですぅ‥」
(‥な★「まだ」ってなんだよ‥なんなんだよ、その意味ありげはよ‥)
「それじゃ、とにかくだな、普通に交番に行けよ、普通に行く分には想定内だからさ」
「それじゃ、交番まで案内して下さい」
「スマホで検索しろよ、こっちは仕事上がりでゆっくりしたいところなんだからさぁ」
「スマホは足がつくので置いてきました、今持ってません」
「はぁ‥スマホ無しで家出ってのも、おかしいだろう」
‥俺が困った顔で、夜空を見上げながら頭を掻いている時だった
ふと、その娘の女子のような視線が妙に気になった
(あれ?‥今こいつ、俺のことをまじまじと見ていたような‥)
「じゃさぁ、俺の後ろから距離を保って、ツケるようにあと付いて来いよ
いいか間違っても お付き合いに勘違いされるような距離を取るなよ
」
「うふふ、おもしろそうですね、この後もお忙しいんですか?」
「・・・いいや、部屋に戻って一人する事なんか決まってるし」
どのぐらい来た道を駅方向に戻っただろうか?‥気が付けば、神待ち娘は消えていた。
「なんだよあいつ‥まぁいいや、お互いに好き好んで交番には近づかないに限るしな」
1-5)1
|座り込む木下闇にあの子猫 制服着てるしすり寄り来るし
俺は、休日の散歩に、ちょっと離れたお気に入りの神社まで往復するのが習慣だった。
その日ものんびりと、その神社のクスノキを眺めながら境内のイスにたむろしていた。
すると、見覚えのあるいつだったかの猫が、再び俺の目の前に現れた。
しかも制服を着ての登場だ。
(やはり女子高生だったか‥あぶねぇなぁ)
(しかも、近所の制服じゃねぇかよ‥????)
「あれ?こないだの人だぁ、隣好いですか?」
「・・・どうぞご自由に」
「また遇っちゃいましたね、どうですこれ、良かったら召し上がります?
部活動での作り残りなんですけど‥
本当は、お腹を空かせた野良猫ちゃんにでもあげようかなって神社に来たんですけどね
」
そう言って差し出されたのは、揚げ物?‥揚げパン?‥だった。
「何これ??」
「ふふ、これ、ピロシキって言うんですよ」
「ほうこれが噂に聞くロシア杯もといピロシキかぁ」
俺はおそるおそるというか、よく分からずに
差し出されたいくつかの中から一つを選んで口にした。
カレーパンとは違う具に違和感を覚えたが、すぐに慣れた。
(肉まんやらお焼きの揚げ物バージョンと思えばなんでもない)
それにしても
あの時も視線を感じたのは気のせいではないらしい‥
否、ピロシキを口にしている最中の‥もとい
男に飯を差し出しての女子の空気とはこう言うものだろうか??
‥否、それよりもちょっと待て‥
ここまでの展開自体が不自然だ。
マンガのネタ展開かよって‥少々侮っていたが、ここまでが偶然に無いように思えてきた。
いやむしろ偶然な訳がねぇ‥あからさまな好意が秘められていておかしくない。
(え?マジかよ‥)
(え?マジかよ‥)
(え?マジかよ‥)
(俺はどういうリアクションをとれば良い?‥できるなら、最後までおいしく頂きたい‥)
‥しかし待てよ‥
この猫ちゃんは、つまり、俺にサグリを入れにきている段階であって
俺の方こそ値踏みされてる猫ってこと??
(‥だろうな‥)
(て、なんだよ、このピロシキの元々の猫の餌かも‥だったその猫って俺かい??)
(まぁ、その辺は兎に角)
(ここでのリアクション次第ではおしまいも有り得るって程度かもな‥)
(‥リキんでも今更だよな)
俺は、考えも増さって、淡々とピロシキを食べていた。
隣の子猫は、ただ黙ってじっと見ていただけでなく、タイミングを見計ったかのように次を勧めてきた。
「どうですか♪、もうひとつ?」
「え、あ、ううんいいねぇ♪
ロシア杯の空気だけに勝負の味がするよ
じゃ、勝ちを拾いにもう一つ頂いちゃおうかな
」
俺のこの言葉に、子猫は固まったまま下を向いた‥というか明らかに下を向いたのだ。(なぜ?)
そして、なぜかそのままの姿勢で、不思議とこう訊いてきた。
「ここには好く来られるんですか?」
「まぁ散歩コースだからね、それに、ここのクスノキがお気に入りだからね
休みの度に、見に来るのは日課のようなもんだよ
」
そして、さらに
しばし固まること、次の瞬間‥猛烈ダッシュで掛けだして行ってしまった。
(‥ゑマジ!?、なにそれ???)
そこにはただ‥残りのピロシキがまるまると置かれていたのだった。
それにしても、ウサギの柄の容器とはかわいいぜ。
1-5)2
|若葉風 数年経てばいざ合法 邪険にせずに飼いならさむ
俺はその場に置き去りにされたピロシキから二つ目を頬張りながら
クスノキの下で良からぬ妄想に耽っていた。
あの猫が女子高生と言うことは、数年もすれば成人だよ。合法だよ。問答無用で時は経つ。
‥飼いならせれば、嫁にできるかも‥(なんてな)
放っておいても、嫁の当てなんか当分ねぇだろうからな
この先の合法を俺の号砲にしたいぜ、まったく
‥にしても、あのダッシュは可愛かったな
あれが所謂、お顔まっ赤かダッシュという事なのだろう
あんな台詞が吐けたのも、ロシア杯とピロシキ様様だよな
とはいえ、真相は謎のままだ(結果に結びつくかなんて知らん)
1-5)3
|気が付けばすっかり木枯し猫を見ず 思えばあれぞ恋の足音
‥これが恋というものか、なんと雲を掴むような儚い時の流れの一瞬だったろうか‥
あれっきり
あれ以来
まったく子猫ちゃんが現れない
時はすでに、木枯し吹く時節である。
‥他に好きな男がなんて‥不思議ない年頃だしな
まぁ犯罪者扱いも嫌だから、その点、どっちでも構わないのだが‥
偶然だろうと、会えないとなると無駄に名残惜しい‥
‥縁起担ぎにも、ピロシキの入っていたウサギ柄の容器取っといてあるし‥
(あれを処分すると脈が無くなりそうで、しがみついてみるのも有りかなと‥)
はぁ‥うさぎ柄の容器を見る度に、あのピロシキの味が思い出される。
そんなに激うまだった印象にはなかったけど、無駄にまた食いてぇのはなぜだろう‥
あれが恋の味だったとは、なんと切ない。なんと生殺しだろうか‥
1-5)4
|クスノキの下で再び猫と遇う この導きは縁結びらむ
あれから一年半の月日が流れ去り、今や五月病の時節である。
まぁ要するに、クスノキの葉が再び濃くなりだして来たってことだよ。
もはや‥もしかしたら「一年生だったかも」などと‥そんな妄想も薄まりつつある頃だった。
俺がいつもの散歩コースのクスノキの下を去ろうと鳥居をくぐる手前での事だった。
すれ違い狭間の後ろから、俺に声を掛けてきた‥何げに親しげな元気な女の声に振り返った。
「あのう、私です!、覚えてませんか?、私♪〜社会人に成ったんですよ!!」
‥「社会人に成った」という響きに記憶が読み覚まされた。
間違いない‥よく見れば、その声からして、かつて「ピロシキ&ダッシュ」の神待ち娘として見かけたあの猫だった。
俺好みの容姿のあの猫が再び俺の目の前に現れたのだ。
俺は不覚にもうれしさのあまり呆然としてしまった。
少しの間が空き、俺は色気の増していた彼女の顔をまじまじと見、まずは目でうなずきながら、そして返事をした。
「じゃ、今すぐ俺にピロシキを作ってくれ!」
次の瞬間、天にまで華を満たさんばかりの笑い声が吹き溢れていた。
俺は彼女のその笑い声の収まるのを静かに待った。
彼女の返事はさっぱりとしていた。
「良いですよ、じゃ、これからスーパーにでも買い出しに行きましょうか?」
「え★良いのかよッ
このまま買い物をして、俺の部屋で料理なんかしたら
そのまま2〜3日は帰さない‥ってのが、エロマンガならの展開だぞッ
俺はなぁ、俺だってなぁ、よく知りもしないお前のことを探していたんだぞッ
」
俺は自分でもよく分からない言葉を言い終わると、ふと思ってしまった。
「神待ち娘」ならぬ「女神待ち野郎」をやらかしていたのは俺の方かも‥
なにしろここの神社の楠の下ってのが、俺の散歩コースだってのは話したような憶えがあった。
「そんなに美味しかったですか?‥あのピロシキ
これでも私、あの頃よりずっと料理の腕前上がってるんですよ
」
「そうだな、実を言えば
ピロシキ食ったのもあん時が始めてだったし、こんなもんかと思ったよ
‥でもなぁ、次第に忘れたくない味に変わっていったんだよ
(なにしろあのうさぎ柄の容器を取っておけばそうにもなるぜ、まったく)
」
「ふーん、そうですか♪、そんなにですか?」
「ああ、相当だったよ、長かったぜ
まぁでも、今すぐにピロシキって気分では無い
どちらかというと、この後の展開を思えば‥カレーだろう、カレーだな
カレーでよろしく頼むよ
」
「(クスクス)また随分と、私のことすでに嫁扱いなんですね♪」
「まぁ、齢の差と俺の立場からすればだな
こちらからは、煮るにしろ焼くにしろ、押し込んでどうのという状況には無い
すでに、問答無用で嫁前提だよ
その点に於いて、一つ一つの挙動に、何を遠慮がちに躊躇する必要があろうか
等身大での向き合いこそ自然だろう
」
「まぁ好いですよ、私としてもまんざらじゃありませんし
一つ訊いて良いですか?
」
「なんだい?」
「女性とのお付き合いしたことあるんですか?無いんですか?」
「ずばり、ピロシキが始まりだったな
それ以前の恋バナとしては、やりたいとは思っても一緒になりたい気持ちは空っぽだったよ
そんな空っぽのセリフを吐く自分を想像するに、デリケートに好感が持てず
‥で今に至るということだよ
何か問題でも?
」
「そういう、口説き上手な趣の言葉が、とてもミステリーを誘うのですけど
自覚してます?
」
「え★?、なにそれ
未だかつて考えてみた試しも無いよ
そもそも、口数は少ない方だし、適度に静かに過ごすに越したことは無い‥と思ってる
」
「ふーん、そうですか‥
そんな風には見えないんですけどね・・・
なにかやってらっしゃるんですか?」
「なにかって?」
「嗜みにしていること‥とかです」
「‥そうだな
強いてあげれば俳句に短歌だな
浮かんで来るってなだけで、とくに詠もうとは思ってない程度だけどな
」
1-5)5
|寄り添いの扉の開く五月風 このまま昇れ仲睦まじよ
「え、いつもそんな風に、浮かんで来るんですか?」
「いつもって、ほどにないけどね」
「これで謎が解けたような気がします(ふふふふふ)」
「おいおい、なんだよその含み笑い」
「いわゆる‥期待と理想と下心のゲットだぜってところです」
「‥りそう、理想ねぇ
そういえば、お前、いつから俺に見惚れて、ストーカーまがいになってたんだ?」
「あ、あーー
ストーカーだなんて、人聞きの悪いっ
私のあなたを恋慕う想いと冒険があの当時にあってこその今ですよ
」
「はは、そうだな、そうだよな
ほんとあの時はビックリしたよ
『俺好みの女子がこんな神待ち娘を演じるわけがない』って憤りすら感じたからな
あれは正直、絶望に近いものがあったよ
」
「‥仕方がなかったんです
思い返せばお恥ずかしい話で、あんな風にしか思いつけなかったんですぅ
」
「ああ、そうだな
お陰で今は希望を得られている、ほんと手放したくない‥
ほら、手を繋ごう
」
> 筆終わります、ありがとうございました。
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