2019年05月29日

【考察】「私有財産の否定」VS.「私有財産が不可侵」

↓2)記稿.2019/05/29

> 世界経済低迷の最大原因・中国が退場すればデフレが終わる


 ‥と言う記事を読んでいて気になったので書いておこう


(抜き書き)現代ビジネス 大原 浩
 共産主義というのは、極めてシンプルに表現すれば「民主主義、自由主義への移行を拒絶し、かつての農奴制・専制君主制度に戻ろうとする思想」である。

共産主義の最も重要な思想の1つに「私有財産の否定」があるが、これがまさに農奴制・奴隷制の象徴である。

奴隷や農奴は牛や豚と同じように私有財産をまったく持たなかった。ご主人様の所有物であるからその持ち物はすべてご主人様の物であるということだ。これは、共産主国における人民が共産党の奴隷であることの証でもある。

普段あまり意識されないが、「私有財産が不可侵」であるという原則が、民主主義の根幹をなすのであり、私有財産を否定する共産主義が「反民主主義」であるのはある意味当然である。


> 「私有財産の否定」VS.「私有財産が不可侵」


 という次第に焦点が向けられている説明をされておるわけだが
 ではなぜ、共産主義という看板にすげ替えたのかは、スペースの都合上端折られている
 簡単に言えば、王政のままでは科学技術の習得に課題が生ずるからである

 王政のままだと血統の手柄にされちまいがちだから
 「そこは配慮します」とした能力主義誘導がないとどうにも保てないはずである
 まぁ手っ取り早く、単純に、階級制度の軍事社会が導入されただけの話


 ‥翻せば、資本社会も似たような色合いだ


 戦争をやらかすために二つに分けたわけだから
 ゲームに勝つ為にも、色々とした、能力主義としての評価をどうするか?
 もといその後の財産私有をどうするかに焦点が集まるのもうなずける視点である


 ‥しかし



1-2)1

 農奴や奴隷云々の言葉を盛ってある一方で、お家主義については触れられていない
 お家主義においてもっとも都合が良いのは、「私有財産が不可侵」とした条件である

 一方、下層においてそれなりに安心なのが生活保障の在り方である


> 王様や城主さまが一手に面倒を見てくれるとした思い込みこそは、圧倒的な庶民力だった


 食料生産をして貰えないと困るから、当時の貴族はそれほどに羽目を外す考えを抱かなかった
 しかし、競争だから、科学力が解決するともなると軽視傾向は蔓延する

(又、お馬鹿な小作農らより、羽振り良さげな銀行マンの言うことに耳を貸すのはパターンである)

 ‥それゆえ
 哀れみよりわが身の大事に先手を打って保障しておかないと、誰も競争に励まない

(もとい銀行マンのお得話に耳を貸そうとはしない)


 ‥そして
 国がなんとかするだろうとの思い込み‥もとい責任転嫁の備えを誰しもは放棄しない‥
(放棄しないも糞も、戦争沙汰を前提にした世界だった)


> だから、「競争」×「私有財産が不可侵」は怪しい


 「負けた奴は勝った奴を、非難したり襲ったりしてはいけない」
 とした競制ルールを共生ルールに思わせているだけで

 結果的には、人類皆「お家主義」なわけだから
 生活保障の放棄を約束させられたマインドになる(プライドとも言う)


 つまりだから、現代社会における「私有財産が不可侵」とは
 上層は下層の面倒なんか見ないよと申し付けられて、二つ返事しちまってる構造だ


 ‥でもそれはちょっと可哀相だから
 政治に訴えるルールは認めよう
 だからといって、「下層の声が反映されるかどうかは上層との競争だよん」と吹かした内容だ

 ‥結局、庶民は法律を学ぶことをせず
 無知で馬鹿のままだから、人権保障も憲法も上層の私物化となり
 資金力から見ても勝負にならないので、下層にしてみれば「なんちゃって」でしかない



1-2)2

> 例外があるとしたら
> 勝ち組貴族側が、多少は民との一体感をご所望される場合のみになる
> それでも、勝ち組同士の派閥争いから‥さらなる上の貴族のご所望が欠かせない


 ‥そもそも
 一番に最強の「私有財産が不可侵」の対象こそ、お金の創造権限である
 これはそのままに「私有財産の否定」を要請されている

 それは、債権と負債の関係の創造そのものである
 種銭の無いくせに、創造権限を一手に牛耳っていれば、そりゃ王様だよ
(ネタがばれれば、裸の王様だけどね) 


> その王様は、下っ端には「返せないなら没収する」と言っている
> 階段を上ってきた奴には「従わないなら没収する」とけしかける


 ‥誰だろうとお金を手軽に得るには
 まず、国際金融資本からお金を借りる所から始まる

 借りずとも、組織構造に足を突っ込まないでいては無視される

 国家が、其にどつぼで手を染めれば
 「私有財産の否定」までは行かないにせよ、「放棄半分」のチラ見せ為政だ


 あとは国民の生活意識の差で、空気が変わってくる


 ‥それでも
 国際金融資本側のオーナーのご機嫌次第の構造にもあるので
 気に入られていなければ、そのツケが国民に吹っ掛けられてくる
 つまりは、農奴に奴隷の扱いと変わりがない立場のままだ(根っこはどちらも変わらない)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:19 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする
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