2019年08月21日

【勝手句帳】r013(01-8-17,20)静岡新聞掲載分から


↓ 13)1 向宜詠吟.2019/08/21


ただ一輪咲きしあやめの色探し
沼津市・沼津するが俳句会(8-20)

|ただ一輪 青春つつく爽やかさ ほの字ぞ香る今朝の通


 *通(みち:ここでは通学・通勤途中の特定のコースを指す)


↓ 13)2


|向日葵の迷路の中に居る不安
沼津市・片浜松風句会(8-20)

|人生の迷路に這へりキビの汗 煮る汗注げようやくの甘


 ‥サトウキビ畑での労働は
 まさに人生の迷路にはまり込んじまったみてえに、這いつくばってもがんばらにゃならねぇ
 でも暑さによるしんどさはそこで終わりじゃねぇ
 うまい砂糖づくりにこだわれば、そこから先こそが腕の見せ所の正念場じゃ
 刈り入れたサトウキビをああしてこうして釜の前で火の番をして
 さらに汗びっしょりになってようやくうんまい塊にありつけるっちゅう話よ


↓ 13)3


|思ひきり歌ひ涼しくなりにけり
沼津市・片浜松風句会(8-20)

|風鈴やタタミ這いずる「ああ一句」脳内逃げ水追いかけており


 ‥ああ、今日もくそ暑い
(雨に涼めるはずの予報もすっかり外れて、熱中症注意放送が流れてんじゃんよう)
 こんな時こそ「脳内風鈴」だよ、スカッとする一句を詠み上げるのだ
 しかしどうだ、閃いたかと思い弄くり回しだそうなら
 いつの間にか迷句のドツボに嵌まって追いかけ回しちまっていたりする
 どうにも「脳内逃げ水」だってぇの
 気が付くまでの時間のロスを思うと、やっぱり暑さにやられてやがることを思い知るより他は無い


↓ 13)4


|水を打つに薄るる悩み事
沼津市・片浜松風句会(8-20)

|水を打つに薄るる煩の数 残す一つや「ああ死にそう」


 ‥滝行とはそもそも
 余計なことを考えず、生きることだけを願い祈るための荒行だよ
 生きることだけに集中するための生き残りゲームなんて色々あるにせよ
 滝行の良いところは、水による清め効果が大きい点に尽きる
 それがなかったら、それこそ死と向き合うだけの「死にそうゲーム」だ


↓ 13)5


|躓くなかれ転ぶなかれと夏祓  *躓く(つまづく)
沼津市・片浜松風句会(8-20)

|躓いて立て転んで起て夏の空 やんちゃになるな腕白たれ


 ‥昭和には腕白(わんぱく)が多かった、今はそうじゃ無い
 ヤンチャばかりになっちまってる
 それもこれもずるい世の中の流れという事なんだろうな
 ひ弱がギャーギャーとうるさい流れでもある
 適当に余った体力を上手に使いこなせずに
 お得ばかりを追いかけているという不健康精神こそヤンチャ‥
 としか思えないのが平成の流れだったように思わざるを得ず


↓ 13)6


|道塞ぐ落ち山桃の濃き香り
沼津市・片浜松風句会(8-20)

|みち塞ぐ落ち山桃の濃き香り 後ろ髪引く活かしたきけれ


 ‥山桃の落ちまくっている路端を見るにつけ
 いつも思うのは、「なんか勿体ねぇ」とした欲が湧くことだ
 青柿ぐらいではどうにもそこまでの毎度毎度の気持ちには誘われない
 この気持ちの差はなんなんだろうな??
 どう考えたって脳内差別回路でも作動してそうな疑いを思わざるを得ない


↓ 13)7


つくばひの苔青々と水神社
沼津市・片浜松風句会(8-20)

手水舎の苔青々と水清し かしわで響くゆかし夏蔭


 *蹲(つくばい:茶道)、手水舎(ちょうずや:神社仏閣)というぐらいの差が見られる
 指しているものはほぼ同じだが、脳内印象で日よけの有る無しの差は大きい


↓ 13)8


蜥蜴の尾駆け込み寺の草に消ゆ  *蜥蜴(トカゲ)
静岡市・SBS学苑バルシェ「楽しい俳句」(8-20)

|ご自慢の尻尾を落としスタコラサ JAPAN BLUEな「どげんかせんと」


 ‥日本には「青蜥蜴」なる身近な生物が居りますが
 今時の切り落とし上等社会は、まさに是って、感じに思えるジャパンブルーがそれなんです
 そんな風潮は「どげんかせなあかん」

 (まぁ一般にジャパンブルーと言ったら、藍染の「あを」を指してるんでしょうけどね)


↓ 13)9


|周到に泥の産屋の巣作りの燕するどく雨中を走る
沼津市・椎の木短歌会(8-17)

|巌流や燕するどく滝を切る 秘剣の筋は踵落とし系?


 ‥長剣の利点からしゃがんで待ち構える(ただし一対一用の秘剣)
 ‥長剣でしゃがんで構えられると、相手は上段に構えにくい
 ‥そこの警戒を
 ‥一の太刀は、下から腕をややたたんだ状態で振り、相手に間合いの錯覚を与える
 ‥二の太刀で素早く踏み込み、身体の伸びまで使い切って本当の間合いにて一気に斬る
 (ここの呼吸が合わなければ、二の太刀動作には無理に移らない、あくまで秘剣の扱い)

 是ら動作を可能にするには、(相撲での折り紙付き)若き双葉山に若き白鳳のような
 しゃがみ姿勢から立ち上がりへと移る動作に、電光石火の鋭さを必要とする(絶対条件)

 ‥長剣としての間合いを不明確に目くらまししておくのが神髄に思われるので
 ‥一対多用には、しゃがまずに変則の横構えも想定される(威圧用途)
 ‥本命は、あくまで上段からの間合いの伸びの良さにあるものと思われる
 (ぶっちゃけ大振りになりがちだから、見切られないようにする上での工夫だったとか‥)


↓ 13)10


|踏みさふになりて思はず蹌踉けたり蟻はぐひぐひ芋虫はこぶ
裾野市・鈴木図書館短歌会(8-17)  *蹌踉ける(よろける)、蹌踉(ソウロウ)

|御馳走や蟻はぐひぐひ担ぎゆく 穴よりでかいのどう入れてたっけ?


 ‥う〜ん、今更ながらに気が付いちまった
 蟻が蟻の穴より優にデカい昆虫の死骸なんかを運んでいるのを
 見たことが無いという奴は居ないだろうと思うほどなのに
 その穴にどうやって入れているのかを見たことが無い奴はほとんどだろう
 (テレビ番組でもそこまでやらかしてねぇ‥是非カブトムシ辺りで)


↓ 13)11


|放置せし畑に群れ咲くマーガレット「きれいですネ」の声にとまどう
裾野市・鈴木図書館短歌会(8-17)


 ‥なるほど、放置しているだけだからほめられてもピンと来ないと
 まぁそれはそれとして、放置をしているとその畑では
 毎年ごとに違う植物同士での下克上が行われている
 栄養分が変化していくから、適った奴にチャンスが回ってくるのだ
 この度はマーガレットだったということらしい

(しかし、害をやらかす植物だけはこの下克上を凌駕するので、苦笑いどころでは無い)
(奴らに苦手な土壌成分など有るのだろうか?)

 ‥日本には、動く毒系生物は、ふぐとマムシぐらいだったが
 害をやらかす植物は居たんだな‥諸外国とは異なっている
 それが日本だったわけで、先人からして鍛えられ方と暮らし向きが違っていたわけだよ
 それを効率農業、大規模農業などと経済絡みをまに受けて、放置に陥ったと

(そこは、何やら人間の土壌からして違っていたわけだったんだな)
(でも宇宙に飛びだそうってんなら、協力上等にならないと無理なはずなんだけどな)


↓ 13)12


|茶掛けには白糸草添へある茶室ほろほろ笑う比丘尼でありし
静岡市・しおん短歌会(8-17)  *白糸草(シライトソウ)

|蝉寺やほろほろ笑う禅坊主 静けさかち割る警策音


 *警策(きょうさく、けいさく)

 ‥それにしてもネタの首は、どこで区切れているのかさっぱり不明だな
 そもそもこの場合、「ありし」ではおかしい「居りき(おりき)」だろう
 そもそも「ありし」で終わっては、止めと余韻がまるで無い

 「あった」のは誰なんだよ、助動詞「き」は、経験的過去な助動詞でもあるんだからさ
 詠み手が比丘尼のコスプレでもしてたんかいって話にもなってくるんだぞ

 ‥古文の過去形助動詞類は、現代の「た」とは趣が異なる用途に富んでいる
 ただの過去形に貶められて誕生したのが「た」であるとしか言いようが無い
 翻訳用途に特化されて誕生したのが「た」だ

 外国語が存在しなかったとしたら「た」は誕生しただろうか?

 さらにいえば、それを教える教科には「国語」が名称されている
 う〜ん、ほんとは「国語」じゃない文化色に満ちているのに‥
 高校課程になるとそれは「現代文」と名称される(こちらの方が適切だ)

 (そうそう、断定の「だ」もそうだったな)
 (白黒付けたき欧米文化のもろ影響ってか‥)


↓ 13)13


わが家へ帰りゆく道海も畑も変わらぬままの景色うれしき
静岡市・しおん短歌会(8-17)

|廃れ散る昔リゾート夏巡り 帰るばかりの寝床に似たり
|何もかも変わらぬままの盆帰り 置き忘れたる月に見る価値
|都心部で伸びるタケノコ摩天群 影ばる文化の砂造形
|今思う都会はいつも蜃気楼 廃る疾さは値打ちの低さ


 ‥ずばり、値打ちの低いものを集めてもてはやしているのが都会集中型の不可解でーす
 記憶の操作に部類できてしまうほどに、流行り廃りが激しいのもお馬鹿な構造です
 なぜそうなのかというと、儲ける為に都合科学を演出してやらかしているからです

 生産の都合もありますが、クロガネ兵器萌えなんてやらかしているとそこで止まりまーす

 都合科学の力学は、兵器事情の都合でもあります
 そんな兵器も、今や、表と裏が発生し、常識が様変わりし出しているようです

 まぁアニメほどではありませんが、スーパーロボットアニメの違和感に見る生活感の食い違いです
 あんなにスゴイ兵器なのに、生活感は同じままなのはどうして?

 ‥それはね、作り手さん達が一生懸命にバトルばかりを夢見て
 自分たちの生活には具体的な夢を見ない精神思考だからだよ

(自分たちの暮らしに夢を見だすと、なぜか途端に「のび太」になっちゃうし‥)
(悩み多かりし日常を映像にするには、立派な回答をセットで求められるし‥)
(そこをうまい具合にチャラにするのが、探偵もの刑事ものだったりする)
(考えるべきは、立派な回答になくトリックであれば好い‥悪い子量産器)


> アニメのレベルでそうなんだから、軍事社会の人たちもそうだったというわけさ


 ‥軍事社会のエリートと言ったって
 如何に、他人の失敗に仕立てあげられるかの才能を競っていただけなんだから
 自分・自分ら側の責任をチャラにして、席を守らせ征かせよう、それこそが軍事社会の構造だから

(スネ夫が司令で、ジャイアンが軍曹で、のび太が二等兵!)

 もっぱらそれの犠牲で亡くなる人たちの思い込みも
 自己責任完結ばかりしてそうな‥スーパーロボットアニメ型ヒーロー脳と同じだから


> 是こそが、上がダメでも下が優秀たる民族性の常在戦場型脳だよ


(どうよ、今の時代の自己責任論ぶりって?)
(どうしたって、特に、スーパーロボットアニメによる残響感を否定できないよね)
(「力を合わせて」って言ったって、どれもこれもドラゴンボールの元気玉ほどではない)
(他には助けてもらえない孤立無援状態に置かれるのがポイントだ、まぁ究極扱いだから)
(いつの間にか、すっかりその手の思い込み上等脳になっちまったというわけさ)



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:23 | Comment(0) | 名句にポン/2019中途から | 更新情報をチェックする
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