2019年09月24日

【勝手句帳】r026(01-9-21)静岡新聞掲載分から


↓ 5)1 向宜詠吟.2019/09/24

盗人萩鬼ゆり弟切犬ふぐり罪なき野花に人語は非情
吉田町・玉響短歌会(9-21)

陰キャディスるハブるンゴと垂れて 面倒嫌う人語の叫び


 ‥最近の若者言葉の乱れの多くはメール打ちにあるとしか思えない
 打つべき字数を減らしたい空気に満ちたままの延長線だ

 内輪でしか通用しなくてかまわないのは、ある意味セキュリティみたいなもんなんだろうけど
 その有り様に乗じて、知らないと恥ずかしいという上から目線に育つのは痛々しい


 ‥というか
 それを煽っているのは大人の流行り廃りを追いかけようとする昔取った杵柄に他ならない
 どうでもいいだろうとは思うも、実態把握は欠かせないんだから翻訳は求められる
 こげな空気だけは、連係プレーしちゃっている日本語は、良いんだかどうだかまるで不明すぎる

 まぁどっちにしても
 綺麗な響き表現には、無関心とばかりの叫びにしか聞こえないんだよなあ

(否定することでしか発散できない若者は、自虐すぎるのだから、そりゃまぁ痕が大変だ)


↓ 5)2


|花達も場所を選びて咲くごとく寺には蓮が城には桜
三島市・銀杏樹の会(9-21)

|伝統を背中で仰ぐニート草 城には桜 寺には蓮が


 ‥いつの世だって職を得ることは大変だ
 しかしそこには、常に伝統たる空気が居座っている

 そこから弾かれるというよりは、馴染まない者はそもそもからしてそこには居られない

 ‥それは、城には桜が、寺には蓮が植えられ続くようなものなので
 自ずから釣り合わないと思えば、容赦なく野ざらしに下るしかない
 こうなっては、無駄に夢を煽って誘っておきながら
 夢追い地獄のような有り様の世の中には、強かに抗議し続けるのみである


 ‥城の桜が老いて枯れようが、寺の経営が成り行かなくて蓮が見られなくなろうが
 社会の経営の多くが其に鏡似して果てようが
 そんなこたぁしったこちゃないので、ニート草で結構です

(こちらにしても、公平に朽ち果てんばかりでしょう)


↓ 5)3


|踏まれてもふまれても咲く草花の根強さまねたい今の心境
吉田町・玉響短歌会(9-21)

|踏まれてはしりぞく草のけもの道 妖精たちのダンスホールや


 ‥ネタの首は、全く以て偏った味気ない着目にハマっちまっています
 一体全体どのあたりの植物をさしているのでしょうか?
 駆除が大変なほどの危険植物を指している訳では無いにしても
 真似したいレベルがまるで不明瞭です、具体的な名称を盛りましょう


 ‥そもそも、しりぞく草木は柔軟に退きます
 その良い例が「けもの道」と言う奴で、「トトロの小径」と言えばおわかりでしょう
 あれが、けもの道という奴で、草木の側が器用に退くからこそ、道ができてあるのです

(根強さを誰もが真似したいと思うかどうかも色々です)


↓ 5)4


の道子供みこしがやってくる家族総出で声掛け拍手
三島市・銀杏樹の会(9-21)

|来襲や敵機200迫り来る ラバウル総出 零戦60


 ‥その昔、大日本帝国の防波堤としてラバウルに基地がありました
 そこには、米国ですら手を焼いてカエル跳びせざるを得ない屈強のラバウル航空隊がおりました

 ‥話に由れば

 ガダルカナル島が陥落した後
 いつしかからか、日々お約束のように敵機が200〜300ほどの数で押し掛けてくるようになり
 嫌でも手持ちの総力を結集して相対せざるを得ないわけですが
 その当時のラバウル航空隊の猛者共の勢いが、凄まじく神懸かっており
 60で上がって、同じぐらいの数にして追い返す日々の繰り返しだったそうです

(そりゃもう、労働基準法云々ブツブツ言っていては、死あるのみのまんま地獄です)
(そんなのがンヶ月は続いたってんですから、整備兵にしたって強靱揃いです)


 ‥これこそが本当の屈強たる「零戦伝説」の真相なわけですが
 マニアックに戦記を求めて読み込んでいかないと、知ること無き事実に伏せられています

 (なぜ?隠す‥なぜ?‥)
 (CGで映像化しろよ、世界が改めてぶっこくぞ)


> 真実を伏せて伝統とか
> ほんと、むっつりしくれてる一面を有するのも、我が国の伝統ヅラだからな(注意すべし)


↓ 5)5


|この夏の芙蓉の白き花びらを掌にのせて言う「おかえり
吉田町・玉響短歌会(9-21)

|「おかえり」と切なさうづまる白木箱 中は空っぽ涙で閉づも
|「おかえり」と切なさ詰まる覆う布 祈るもなんも戻らざる日々


 ‥ネタの首の「おかえり」はおかしい
 なぜなら、咲いたときには何も感じなかったのだろうかというツッコミを避けられない

 ぶっちゃけ、言葉の響きに酔いしているだけだ

 着想のスタートとしてはなんら問題は無いにしても
 誰しも、自分のインスピレーションにはブレがあることを十分に理解する必要がある



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:30 | Comment(0) | 名句にポン/2019中途から | 更新情報をチェックする
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