2019年11月17日

【勝手句帳】r049(01-11-15)静岡新聞掲載分から


↓ 8)1 向宜詠吟.2019/11/17

鳴く虫の密かになりて水の闇
伊豆の国市・田方野俳句会(11-15)

|鳴く虫の鳴き止んだまま水没線 渇いた昨日に帰りたき雨後



↓ 8)2


|人間の非力まざまざ暴れ川
島田市・新俳句人連盟静岡県支部茶の花島田句会(11-15)

|「森田知事 非力ざまあ」秋高し青春ドラマで済まされね


 ‥「私は至らない男。いろんな意見を真摯に受け止め教訓とし、次に備えることが大事」
 どうにも、青春ドラマくさい感覚なんだなあ

 ‥「いろんな意見を受けとめる」とした有りがちな台詞のそもそもは
 自分から足を使って聞き回ることが前提なのに
 まだまだ椅子にただただ居座ることを前提にした発言でしかない

 ‥ご意見は向こうから来てくれるモノだと思い込んでいる言葉だ
 他人の言葉のたらい回しの日常に乗っかった受け売りの借り物の言葉で、誠意なんてどこにもねぇ

 次に備えることが大事なら、「燃やしてしまえ」明石市長のように‥まずは身を引くべきでーす
 為政が家督だった時代は終わってるんだぞッ

 (天皇の威勢がどことなくそのまんまだからって勘違いしてんなぁッ)


↓ 8)3


|どの局もどの映像も即位礼
島田市・新俳句人連盟静岡県支部茶の花島田句会(11-15)

|どの局もどの映像も即位礼 テレ東までも万歳御礼?



↓ 8)4


|葉を落とし台風一過柿ひかる
島田市・新俳句人連盟静岡県支部茶の花島田句会(11-15)

|葉は散れど台風一過柿落ちず 受験の願かけ是に在り


 ‥ネタの句の柿は、あの台風でも落ちていなかったわけだ(へぇ〜)
 「柿すげー」、受験生は柿にあやかるべし


↓ 8)5


|行く秋や梵鐘の余韻長く引き
静岡市・木蘭吟社(11-15)

|行く秋や梵鐘の余韻遠くあり 空き腹さそう下校ざれ


 ‥ふふふ「柿くへば鐘が鳴るなり」とは良く言ったモノで
 学生にとっての秋の夕暮れの鐘の音は、どうにも空き腹チャイムなんだよなあ

 まわりで囁かれる「どこどこ食べに行かない?」の中身がまた悩ましい
 否、持たざる者にしてみればうらやましい限りだからなあ

 「おい寺ッ」貧乏学生の煩悩増幅させてんじゃねぇぞ
 などと心の中で訴えてみたところで空しいばかりだよ

 ‥「ああ、腹減ったっ、家まで我慢できねぇ」‥


↓ 8)6


|ふかし芋ひとり茶を入れモゴモゴと
島田市・新俳句人連盟静岡県支部茶の花島田句会(11-15)

|ふかし芋ひとり茶を入れモゴモゴと「桜を見る会」堕ちり見ゆ


 ‥ほほほ、晒されておるいい気味だ
 こっちとら、ひとり芋にお茶だよ
 庶民から啜り取った税で、贅の限りのお花見会なんざ、まじムカつくわけで
 まぁまぁ今日は、三時のおやつの味も格別に上がったかもぉ(モゴモゴ)


↓ 8)7


|告白を消化しきれぬ喉の奥
湖西市・川柳浜千鳥(11-15)

|お花見を消化しきれぬ喉の奥「待った」が掛かり違法のはざま

|本心を消化しきれぬ安倍の舌 一に「我が春」二に「増税」三四が途絶え、五に「会見」


 ‥安倍総理は、もはや改憲は無理でも会見沙汰には漕ぎ着くんだろうなあ
 ああ、早く見てみたいモノだなあ「我が世の春の弁明会見」
 どんなすてきな花を散らしてくれるんだろうか‥安倍の世の花吹雪が楽しみだなあ‥

 ‥それともやらずに塀に入るのかなあ(どうするのかなあ?楽しみだなあ)


↓ 8)8


|本心は消しゴムかすの中にある
湖西市・川柳浜千鳥(11-15)

|失恋は消しゴムかすの量にあり すっと出て来ぬ君への台詞
|失恋も消しゴムかすの量となり 振り向かれたき怨念と化す


|国勢は消しゴムかすを織り込まず 消し競わせては優遇慢


> 良いかね諸君、税金とは漁夫の利の何者でもない
> この漁夫の利を得る為にも、競わせておくのが国体としてあるべき得策である
> より多くを求める者らは、我らを頼るであろう
> より多く求める者らはアクティブであり、ゆえによく動く駒として役に立とう
> 我らを頼る者には消しゴムを与えて優遇し
> そうに無き者らには消しゴムカスになっていただくより他は無い
> それが競争劇場における辻褄というものだ
> 我らにはその消しゴムを作り出せる権限がある
> だからこその政府閣僚の権威なのだよ
> 競わせて競わせて、予算の無い振りをしてさらに吸い上げて、漁夫の利を得て安泰とするのだ
> あとは人の良い顔していれば良い、なんと雑作もない国勢劇場だろうか


(ああ、そうそう、これは誰が頭を張ろうが同じことだから)
(遠慮なんかしちゃ如何のだよ、やる気があるなら貪欲におやんなさい)
(ただし、羽目を外しておると怨み妬みを買うからね)
(そこは丁寧かつ慎重に気持ちを汲まないと、こっちが消しゴムカスになるからね)
(漁夫の利を楽して得られるのだから、そのぐらいは人たらしになるぐらいで丁度良いんだよ)



> さて、それでは卒業しませう(まずは概念思考のレベルで)


 ‥ベーシックインカムは生存権の枠組み発想ですが
 ‥所詮その程度です
 ‥投資を覚醒するほどの内容を持ち合わせてはおりません

 ‥競争をすれば格差が生まれます
 「ならば、しなければ良い?」‥それも又無理というモノです‥

 そもそも格差とは、誰と付き合うかとした差でもあるからです

 政府中央の関係者に近づいてはいけませんとは誰も言えません
 そのようでは選挙が成り立たなくなってしまいます
 却って、益々以て貴族化に拍車が掛かろうというものです


> ‥そこで、投資にしか使えない何かが求められるのです‥


 そもそも私たちの暮らしのお金の原点は、今や日々を暮らす枠組みではありません
 誰が誰を支えるのかとした投資構造です
 投資が無理なく続く仕組みこそが求められているのです

 そこをベーシックインカム程度でお茶を濁そうとは、言語道断のままでしょう

 ベーシックインカムは、生存権ですからそりゃ公平解釈です
 それこそ万民に等しくやれとばかりです
 でも、恐ろしいほど手っ取り早く右から左に消えるのです

 ‥それでは投資構造の革命にまでは辿り着きません
 それどころか、そこから吸い上げられたお金が益々格差を膿みだすばかりでしょう


> ‥だからこそ、投資にしか使えない何かが求められるのです‥


 そこで労働時間です
 概ね、労働時間から後付けで割り当てを得られるようにすれば
 掛け離れて不公平となる事象も起こりません
 「働かざる者食うべからず」とした感情を逆なでることなく理解を得やすいでしょう

 なぜなら、それこそ「働かない者には投資する枠組みが割り当てられない」からです
 一方で、引退したとて働いてた頃の労働時間の蓄積総計から投資できる内訳は維持されるべきです
 それこそが労働をしてきた辻褄(評価)に値するからです

 労働基準と併せて考えても無理は起こりません
(その上でさらに手当を欲するなら、そこは通常の賞与に織り込めば良いだけです)


 ‥誰でも気兼ねなく投資が可能になることで
 ‥無理なく繰り返せるとする形を得ることで
 ようやくにして民主的に安定した経済観を得られるのです


 そして、「投資」=「損得」とした概念すら覆すためにも
 それら投資された金額情報は、誰でも確認できるオープンスタイルにある必要があります

 ここでのその権利=お金として換算される単位は
 投資の結果、増えることも減ることもあってはなりません
 ‥働いて得た労働時間を誰も奪うことはできないのですから‥
 ‥そして増やしたいなら、労働をすべきです(ここが重要です)‥

(※それの1時間あたりの換算をいくらとするべきかは国会が決めることです)

 ならば、労働し合った分だけ投資枠も増えていくでしょう(切り捨てるなんて勿体ない)
 それは、働いた人から投資枠が増えていくとしたスタイルです(労働者こそ財産です)


 ‥働き続ければ誰しも欲がでてきます
 「アレをああしたい」「コレをこうしたい」
 つまり、自分・自分らにこそまず投資をしたいのです

 どうしたって、そうあるべきでしょう
 それこそが公平観だからです


> どうして見知らぬ土地からやって来た「メジャー優先」などと言うスタイルなんでしょうか?
> (それはどう考えたって、民主的にはありません、中央集権なだけのままです)


 ‥それもこれもすべて、資本主義に盛り込まれた政府のなんちゃって化に基づいてきました
 政府に権限を集中させ続ける為の依存構造こそ税制=公債でした
 そこからの予算でしか世の中を良く出来ないとした思い込ませでも有りました

 「どうして丸投げでしかやれないんでしょうか?」

 そんなのは頭から不可解な話です
 どうして皆さんお気づきにならないのでしょうか?


 ‥それこそが「競争脳」に毒された結果です‥


 そもそも格差とは支持の差です
 求められるべき支持は、まずは自分・自分らから、次に地場から始まるべきです
 それが暮らしに寄り添った健全をもたらすのです

 その結果、中央集権制度に意味が薄れます
 見方によっては、是の発言は脅威に映るでしょう
 下克上にだってなりかねない、それが減らない投資の先にある自活での自衛論と言うことです

 とはいえ、労働時間の確かさを確認する上での番人は必要です
 統制されたルールに基づかないのでは意味が無いからです
 また為替の問題も絡みます
 テレポート物質輸送技術でも登場しない限り、この問題はつきまといます
 その点においては、やはり国体ありきのままでしょう

 ‥つまり

 国会の仕事が「何を労働と見なせるのかとした話し合いの場」となり
 政府の仕事が外交中心になるということです


> 「何を仕事として見なせるのか?」ここが肝です
> 稼ぎは値段を付ければ発生し得ても(労働の自由、商いの自由)
> それをルールとしての労働時間に認めるか否かはまた別の概念になると言うことです


 ‥投資ができない‥
 もとい、年度予算の確保たる共通投資ルール該当としての割り当てが得られないお仕事は
 当然、誰もやりたがらなくなるのです

(どうせ働くなら、投資割り当てを得られる方です‥生涯に渡って総計が絡むのですから‥)
(労働時間持ちの少ない人の転職へのまなざしは、それなりに厳しくもなりがちでしょう)
(少ない人より多い人の方が良い、これは心理なのでどうしようもありません)


> では問題です、企業の稼ぎたる純利益は殖える一方です
> 国家権力として、国家を凌駕されては堪ったものではありません
> さて、お互いにどうするべきでしょうか?
> 税金で徴集しようと、今度は政府の側で使い道が無く貯まっていくだけです
> 貯まるだけ=腐らせるだけ(一方で金塊の量は無限じゃない)‥ならば‥



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:59 | Comment(0) | 名句にポン/2019中途から | 更新情報をチェックする
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