2020年03月01日

【錯覚心理】同じ画質で半分の容量の基準がDVD程度だった件

↓6)記稿.2020/03/01

> DVDと言えば、mpeg2である
> mpeg2と言えば、DVDである


 ‥そしてDVDといえば、720x480の分解能に、インターレース(30フレームに増幅)だ
 中にはプログレッシブも見られるが、どちらにしろ、その辺りがDVDの画質の範囲である

 それが一般的なんだから、AVCで謳われる同じ画質で半分の容量はDVDが基準になっている
 (それは、HEVCでもそう解釈されなければ釣り合わない)


> ところが大衆は、そこを酷く勘違いしてしまっていた
> HEVCならAVCの半分にできる‥んなわけねぇ‥
> できるとしたら、DVDの枠組みにおいて4分の1減あたりが妥当なのだろう
> それは常に、720x480の分解能を前提にしたお話である(そう考えないと釣り合わない)


 ‥DVDを再リップする目的の多くは、3:2の比率からの
 4:3化ないし16:9化へのアップコンバートだろう(その時点で物理的増量は確定だ)

 DVDからのリップにおける物理的条件としてはそうなる(&インターレース解除だ)

 ‥さらに付け加えるなら、AVCに見られるありとあらゆる間引き手法を用いてだろう
 そもそも、間引き手法の一切を用いずに同じ程度の画質として扱えるわけが無い
 (mpeg2に、そこまでの余裕なんか無いのだから)
 とした内訳が、DVDと同画質程度とした中身になることをまずは理解すべきである


> ‥興行画質を狙うなら
> AVCでもHEVCでも、それぞれで性能の最高パフォーマンスを目指すのが筋である
> 一方で、規格を定める科学者らが、アーティストレベルで画質を語ることは無い
> (投資家に案内するに、手頃な水準での指標が求められて然るべきだからだ)



1-6)1

> それにしても、DVDの画質の雰囲気をそっくりそのままに再エンコードするのは難しい
> それは、私たちが、インターレース解除した映像を前提に語ることができないことに等しい


 ‥インターレース解除とは即ち
 高周波と低周波の山と谷を埋めましょう‥とした内容をほのめかせた内容だ
 つまり、山を削って谷を埋めるのだから、そのままでは画はぼける
 そのぼけをどうにかしようとすれば、手を加えざるを得ないわけだから増量する

 それも、谷を埋めつつ元の山と谷っぽく再度盛り付けようとすれば、イメージとしても増量だ

 着地点が見えているならまだしも、誰しも暗中模索だったからBDに飛びついた
 すると今度は、多くはダウンコンバートをやらずに
 ビットレートを削って容量を落とすだけの方向にすげ変わった


> そして錯覚が発生し蔓延した


 ‥480pならこの程度
 ‥480pだからこの程度
 インターレースで無ければ十分にキレイだから、1080pであれば画質上にあると思い出した
 それでいて、DVDと同程度のファイル容量ぐらいまでなら許容し合えると‥

(それで十分にキレイだなんて証明はどこにもない、むしろ否定する存在こそ原盤だ)

 ‥なのに、違法だろうとリップして上げる奴らは、BDと同等だと自慢げだ
 なぜそうだったかというと、編集モニターのサイズが27インチ程度だからだ
 誰も40型以上を基準にものを語ってなどいない

 ‥BDの解像度を維持させつつ再エンコードをやらかせば
 それだけで、DVDと比べて2.25倍のファイル容量の用になる
 そこはAVCだから、それの2.25倍の画質を得るには、1.125倍だろうと勝手に思い込む
(実際、それぐらいにもなるとDVD程度の見映えはそれなりに確保されている)

 しかし、DVD程度ぐらいでしかないとした理解が薄かった
(使用するモニターが27インチ且つ色温度(低)なら、そうなるであろう)


 ‥ところがBDの画質の真骨頂は、40型だと謳われている
 UHDなら、さらに大型の画面をオススメしている
 そこの違いとして、そこには、明らかに電力を注ぎ込んだ明るさの差が伴うのだ

(大画面なのにわざわざ色温度(低)で視聴しているなら、体感的には大損だ)

 しかし、動画の編集自体は、どこもかしこも27インチを使用するのだろう
 だから27インチでの見映えで十分だと思い込む
 結果、DVD程度の容量でも十分にキレイ=BDと同等などと思い出す
 HEVCで10ビットともなれば、そのぐらいで十分にあると尚更に思い込む‥(間違いだ)


> 本来の編集は、壁画に画を描くように
> 大画面との間を行ったり来たりすべきであり、双方での見映えの確認を怠ってはならない



1-6)2

> ‥つまり


 インターレース解除を念頭に置けば、若しくはプログレッシブでの高解像度ともなると
 それだけで、同じ画質&半分の容量の神話は崩壊している

 (所謂、過剰宣伝だったと言わざるを得ない)

 インターレースを解除して容量DVD程度で‥美麗な奴が見たいだけだったのに
 結局は、AVCやHEVCの潜在能力目一杯までの画質にこだわっている

 (それが興行画質に及ぶ体質だ)DVDとBDとではまったく違う、UHDなら尚更
 この興行画質を得るのは当然の解釈だが、規格側の発想はそうではない
 まず科学的な計算として得られた度合いをどう表現するかにある
 あくまで、「同じ画質で半分の容量」を謳い文句にしてきたのは、学会的表現だった


> この学会的表現は、ムーアの法則と言った風に
> CPUのパフォーマンスアップでも用いられてきた


 つまり、ダイ面積比比較で向上するだろう性能をなにげにやさしく伝えてきたのだ
 何年後にはこのぐらいのパフォーマンスの時代に成りますよと‥予測可能に宣伝していた
(でも、多くは広告音痴だったから高値でも飛びつくだけだった)
(CPU20倍界王拳の時代が来るなんて誰も信じていなかった)

 でも、同じ性能なら4分の1の電圧で済むなんて、ほとんど誰も注目しない
 (同じ電圧で十数%程度の性能向上の方に、誰もが生唾を飲んだ口だろう)

 ‥だからそれを動画エンコードの性能アップで語るなら
 基準とされたのがDVDだった
 ところが勘違いから、誰しもは途中からBDを半分にできるなどと思い込むに至った
 (そんなわけねぇ)そんなにうまく行くんだったら投資家はまじに凍死家である



1-6)3

> これを量子の作用のなんちゃらでいうと
> 投資家をもてはやす仕組みであればあるほど
> 開発が難航する渦が発生し、結局、世の中の進捗は牛歩に成り下がる


 ‥わたしたちがDVD画質程度としている中身をきちんと見抜いていたら
 BDとの差がどのぐらいあるのかを理解できる環境に置かれていたら
 残念リップがネット上に繁茂しでかしていた状況は、もう少し形を変えていただろう



1-6)4

> 昭和にテープ媒体に記録していた頃は、三度も記録を繰り返せば劣化するって理解があった
> リップにしたって同じだって中身を多くの者がどれほどに理解しているかは怪しい


 ‥無劣化を期待するなら、そりゃ同程度のビットレート量で再リップすべきだろう
 それなら劣化も少なくなり、10回ぐらいの再リップしまくりにだって耐えるかも知れない
 でも誰もそんな再リップを望んじゃいない
 同じ程度なら、原盤のままの方が気が利いていると暗黙で理解する(それが常識とばかりに)


 ‥だから、残念リップが
 BDと同等だと錯覚しちまえば、誰も彼もBDでの視聴なんて前提にしなくなる
 おまけついでに、DVDを尚更に侮るばかりだろう

 下手をしたら、DVDより質の落ちてるかも知れない残念リップを拝んで満喫して終了だ
 そうなればなるほど、原盤への興味関心はしおしおだ

 それを経験値の下地に育っちまうことで、巷の映像美に悪循環が登場する(しかも世界規模だ)

 それでなくてもデジタルテレビの画質設定が適切にあったとは言い難い
 誰しもそれを感じつつも、自由に設定しても良しとしている各値をどう調整すべきかに無力だった



1-6)5

> それにしてもおかしな話である


 ‥欧米人の好みは色温度(低)だという
 ‥日本人の好みの色温度は(中)以上である

 欧米人の好みに合わせてパソコンモニターは規格付けられている

 一方で、テレビ開発の進化インパクトは、なぜかNHK発である
 そこが基準にあればあるほど、日本メーカーの水準は、ありとあらゆるカメラがそれになる
 (その手のカメラが世界では大人気)

 結果、テレビ放送の水準は色温度(中)以上にあると定義しても過言ではない

 そこを理解せずにパソコンモニターでの視聴や制作を鵜呑みにしては、映像美も糞も無い
 基本的な動画編集はパソコンでするのだから尚更である
 映像製作のレベルがその程度に落ちると、庶民の多くはスマホでも同じだと勘違いをやらかす
 勘違いというよりは、利便性から都合の好い方を選んでも同じと思うばかりだろう


> なのに


 欧米人ほど大画面で視聴するから
 いつの間にやら色温度(中)以上になれてしまっているに等しい環境だ
 一方の多くの日本の家屋は、そのような環境には無いので
 いつの間にやら残念リップに興味を示すマニアほど、間違った色みでの視聴にのほほんとしている

 幸いなことに、普段に自宅での趣味にまでPCを使用するのはマニア層ということになっている


 ‥で、ここからが問題だ
 だからこそ、ネットでの無料配信の画質程度からしてDVD水準になっている
 その程度の映像美意識にしか育っていない

(一方のYouTubeでは、高画質化に余念が無いというのにこの落差はなんだろうか?)
(つまり富裕層の暮らしに見られる大画面での画質差を理解しているか否かということだ)


 ‥まったく以て不甲斐ない
 日本民族横並びで、映像美観の脳内劣化まっしぐらをやらかしているのである


 さらに、無料配信サービスの画質は、有料であるDVDとの差を付けることを念頭に置いているのか
 有料であるDVDの画質の方が上であるとする思い込ませに繋がっている

 その程度だから、BD画質がどのようなレベルにあるのかさえ判断しがたいのだろう
 (あなたが、再リップ映像との差を推し量れない程度なら、確実に劣化している)


(これは訓練でいくらでも違いを理解することが可能なのに、残念なままであり続けるのだろう)



1-6)6

> ‥とはいえ、高画質を要求すると、お金も掛かることから
> 「脳内知らんぷり」に填まっちまっているのが日常だ


 一方で、男女間での恋愛事情ともなるとそうはいかねぇとした空気で蔓延だ
 そのせいか、恋愛にお金が掛かるのは「脳内知らんぷり」では許されないを思い込む

 割り当てられるビットレート量が決まってしまうと
 どこかに脳内知らんぷり(ぼかし)が発生するのは、どのような事象においても同質である

 (あの頃はやさしかったのに、今はそうでは無い)
 (はい、ビットレートの割り当て不足からぼかしが入りましたん)


 その制限された中で美を追求する精神は、無駄にも見えるし有益にも見える


 ‥然りとて、愉しみ上手な奴ほど、そんなの気にしてねえと言った向きは否めない
 そして、それは利便性向上の方が圧倒的に利益に繋がることを意味する

 なのに業界は、愚直なお馬鹿さにも高画質化大画面化にまっしぐらしかやらかさない
 (それはどうにも、映像美文化の首を絞めているだけらしい‥投資家都合だからな‥)


> 文化色として、人生を愉しむことと賛美することは、反比例する事情にあるのだろう
> (過去の賛美は、現在の残念さへの告白だから)
> (お互いに愉しいはずなのに、無駄に賛美してくる輩は、下心ありと思われるのも相場だし)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:15 | Comment(0) | 黄岐の果ての黄嶺 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。