2021年08月03日

【ツッコミ隊】お家主義、能力主義、競争主義に大した差なんて無かった件

↓2)記稿.2021/08/03

> 戦国時代のお家主義を、今や「保守」と呼ぶ
> それは織田信長のやらかした能力主義との比較でよく使われる表現だ
> だがしかし、織田信長のやり方にしたってお家主義ありきだった


 ‥織田信長が本能寺で事果ててしまっているので
 当時の能力主義の一番上は、軍団長止まりになっている
 仮に、謀反も無く半島に進出する段階で、どのような出世付けをやらかしたかは想像も付かない


 ‥ならば、お家主義と能力主義はどう違うのだろうか?
 仮に、合議制思想に被れた主君が居たとしても、その家臣は所詮お家主義ありきだ
 (褒美に土地を分け与えるとはそういう世界観だ)


 ‥では、能力主義とは何か?
 結局は、自分のお気に入りで選んで良いとした中身だ

 但し、主君とて自分の自慢にもならない人選をする事は無い
 但し、目障りな人材に対して、捨て駒的な抜擢をやらかす事はあるだろう


 一方、合議制であれば一人の賛否では決められない
 だがしかし、しっかりとした合議制とはなんだろうか?


 所詮は、派閥争いが舞台のグデグデだったりする
 なので、能力主義とした椅子に就いた同士の駆け引きを「競争主義」と呼んで良い
 (彼らにとって同じテーブルに居ない者たちのことなど、存外、蚊帳の外だ)

 そこでは、私たち庶民が、「競走」を「競争」と思い込んでる中身とは世界観が異なるのだ

 ‥「受験競走」とは表現されないが、どちらかといえば「競走」だった
 その程度の感覚だと「競走」に勝っていたとしても、「競争」のラインに立っていたとは言えない


> 土地盗り合戦だったそれは、いつのまにやら席盗り合戦に置き換えられていた
> 新しい椅子(利権)の創出はそれなりに大変なので、旨味が出るまで泳がしておくのもやり方だ



1-2)1

> 競争の末席に加わる選択の自由は認められている
> だがしかし、派閥ありきなら、犬から始めなければならないパターンになっている


 (自由として選べているのは、泳がされて奪われるか、犬として飼われるかの差でしかない)

 (自由と言いながら、下っ端が自由に派閥を選べるわけでは無い)
 (又、お眼鏡に適うかどうか程度の構えだと、どうしたって向こうの好み次第だ)
 (本能的に嫌われていたなら、それこそ体の良い使い捨て止まりだろう)


 ‥そこに、封建お家主義との変わりばえなんてやりゃしない
 ‥だがしかし、今に見られるお家主義は保守になく、常に革新だ


> 土地盗り合戦に保守だったお家主義は、いつの間にか椅子盗り合戦の中で革新と化していた
> そのような合戦において、欠かせないのが「物欲」だ


 土地を褒美とした制限の中で、土地を基点としての活路は実に地味で根気が求められた
 特に人材育成はそれで、副産物として郷土愛を培うことが多かった

 一方

 席とした枠組の中で、資本を基点とした場合の活路は、地味と根気だけでは成り立たない
 特に人材は外から得るのが通例とされ、外からの人や物とのパイプが重視された

 そこに求められる「能力」とは、パイプの太さ、それを引っ張ってこられるか否かに尽きる



1-2)2

> だがしかし、大衆の多くは競走感覚で、給料分の仕事発想に留まっている


 そこにあるのは、仕事を失いたくないとした保守思考だけで、革新なんかまずは誰か任せだ
 そこには、新しいもの好きとした物欲にそそのかされる姿はあれども
 自分で手掛けたき具体的な形を気持ちに添えてあるわけでは無い

 ところが、斯様な状況での物欲の強さは、男子より女子の方が圧倒的だ

 太く短くとした思考をやらかしてきた男子にとっての物欲なんてそれこそ化石程度だ
 「酒・女・博打」‥行くところまで行って後先のことなんか行き当たりばったりだ
 それで困れば、誰かを担ぐことでやらかす凌ぎ程度の物欲しかない(そもそもが保守なのだ)


 ところが女子の物欲は性質が異なっている
 ガス抜きありき、自慢ありき、着飾りありき、趣味溜めありきだ
 是の欲望は、平均的に見ても、男子より優るに疑いなど無い

 そもそもに、嫉妬やら羨望をモチベーションにしていたりするのだから堪ったものではない
 そこには、人生の必然やら必要とした考えが常にあるわけではない
 他人の持っている物を無駄に欲しがるだけの物欲があるばかりだろう

 つまりは、命令無用の攻め欲ということである

 織田信長がこの手のタイプだったわけだから
 女子の物欲大セールによって、世の中がおかしくなるのは必然だった


> そして、この時に表面化する問題こそが晩婚化だ
> 女子の物欲は、男子の選択支を容赦なく細くする(信長の好みも武士としてはかなり変わってた)
> それでなくても、攻め欲たる女子像を好む男子は多くない
> 女子は知らないだろうが、攻め欲女子を好むのは癖の悪い野郎ばかりだったりする


 結果、貧富の差(お家主義)に協力的だったのも女子の暴走しがちな物欲だったオチなのだ
 それでいて懲りずにブランドやらカリスマに嵌まりっぱなしだったりするのだから糞オチだ

 (てめえで育て創る物欲に無き‥攻め欲に未来なんてあるわけねぇだろうがッ)
 (信長にしても好評なのは、自分の手でやり繰りしていた時代だろう、侵攻下では別人だ)


 ‥信長を上司に持ちたいと思う野郎が半々なのと同じで
 物欲女子を嫁にしたいと思う野郎の率が怪しくなるのは当然の流れだ

 さらに、恐怖と化した信長の下で働きたいと思う者がどれだけ居るのか怪しいのと同じで
 DV化した旦那女房と一緒に居たくないのも同じだ


> 物欲が人格を変えるのに、物欲万歳をやらかしている社会は嘘つきの掃き溜めだ



posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:50 | Comment(0) | 日記/2021 | 更新情報をチェックする
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