2021年08月06日

【ツッコミ隊】奪われる心理

↓2)記稿.2021/08/06

 ヒトはほめられるとうれしくなる
 ヒトはかわいがられると楽しくなる
 ヒトはさらにその相手が人生の上位者だと解ると憧れる
 ヒトは自分が憧れの側に立つと、どや顔で自惚れたりする

(なんだ、最初っから差別上等なんじゃねぇか‥)

 人類の実験は、ヒトの性能を確かめるために裏で取引をやらかしている
 それは、超高高負荷耐久を確認せずには居られないとしたうんちくだ

(つまりそう、科学者なんざみんなマッドサイエンティストなんだよ)

 だがしかし、親心らしきはあるようで、自由解放にもご自由にと言わんばかりらしい
 信じて任せるのだ‥どちらを信じているかって、そりゃ、作品の出来映えの方に決まってる


> 積極的マッドサイエンティストを引き受けた側のメリットは何だろう?


 そりゃまぁ信者の拡大やらかしだ(だからこその自由解放でもある)
 だってねぇ、ほめられるとうれしくなるんだろう、そこは教祖側も同じって事だから
 それがモチベーションになる‥もとい信者に仕事をやって貰えたら超ラッキー
 是が非でも、こちら側に取り込みたい
 どんな卑怯で劣悪な手を使ってでも取り込みたい、多くの時間を奪って贅に注ぎ込みたい

 嘘でもはったりでも褒めちぎりおだてまくり、その気にさせるのだ

 超高高負荷耐久とは、つまり、この地上こそ「人気取り合戦」の戦場なのでーす

 でもまぁ畏れることは無い、反作用もあるので向こうも無理をすれば折れるようになっている
 つまり勝ち抜けば、貴方の方が上だったオチって事だ(その時点で命が有るとは限らないけどな)


 ‥でもまぁ、取り込まれちまったら
 洗脳されたってね、志願にしたってね、ほぼ一緒、同じ扱いだ
 シェアの拡大の結果、イケイケゴーゴーになる
 イケイケゴーゴーになると暴走を開始する

(なんだ差別の本領発揮じゃねぇか、それをやらかしたかったって事だろうよ)



1-2)1

> 「では問おう」組織暴走しない世界観とはなんぞや?


 ‥まず、この人気取り合戦に勝つとはなんだろうか?

 まぁ単純に、自分の道に価値観を据えおいて進むとした方向だ
 誰かの人気にあやかろうなどとせず、地味に地道に行くが如しということになる

 だがしかし、人生の目標を大抵の者は用意できず、備えられず
 その度に、他人頼みをやらかしていたりする

 ‥だからつまり、そこに超高高負荷耐久とした中身がある
 多くの者らは、我が道を用意できないように誘導&固定されちゃってるのが現実だ
 そしてそのままなら敗者って内訳だ(時間泥棒されたままにいて言い分けが無い)


 ‥だから、そこに宇宙が在るなら、私という時間を創造やらかすことを私ということになる
 空間に時間が寄生しちゃうという事だろう
 善玉菌なら良し、悪玉菌ならお断り(なんだ、とっくに二元性のまんまじゃねぇか)
 宇宙だって、蕁麻疹の発生はお断りだ‥断りだから理だ


> 「では問おう」宇宙そのものは自由だろうか?


 ‥宇宙が空間でしかないなら、それがただの理でしかないなら
 どこに自由が有るというのだろうか?
 理に自由が有ったら、時間を担う命の方が困る事に成る‥なので、そこは役割ありきに決まってる

 法を司る側は、勝手にそれを改変したりはしない
 法を司る側は、勝手にそれを改変したりはしない
 法を司る側は、勝手にそれを改変したりはしない

(だがしかし、やる時もあるそうだ、それはリセットありきと言うことだ)


 でもまぁ、勝手劇をやらかせるのは時間の方で、誰かの時間をねじ曲げて引き込む事もある
 悪とは何かと言ったら、そのような流れということになる
 正義とは何かと言ったら、その様な流れから離脱していることである

(でもまぁ人気を取ること自体は悪ではないとすると、断定的な是非判断は無理)
(まさに「是非に非ず」らしい)

 その点は、自己管理であり、自己拡大性の解釈の違いになる
 時間泥棒されないための心得なり、備えをして在るか否かと言うことだろう

 どんなに備えていようと、女王蟻が居なくなったらその蟻の巣はおしまいになる
 というような中身では組織としては困る
 そこで女王蟻を複数用意する案が浮かぶにせよ、寿命やモチベーションが横並びなら同じことだ

(でも、だからこそ、玉石混淆にあることは、メリットでもありデメリットでもある)



1-2)2

> 私たち人類は憧れたままを正しいと思い込む
> だが、憧れた側に立った時、それが幻想だったと思い知らされる
> だが、指摘されてもどうにもならずに、愚直に堂々としていれば良いと開き直る
> 柄じゃ無いなら立ち去れば良いのに、目的が甘い汁を吸うことにすり替わる


 ‥誰だろうと、天命の消失は訪れる

 天命が消失した時どうするか、それでも組織の上に居たいと思うなら怪しい
 用も無いのにそれは成り立たない

 一兵卒と同じになるにしても、周りが困っちゃうとした価値概念にしか無いなら
 それはそれで、終わった後の時間を奪われてるも同然だ

 (奪っても来たに相違ない)

 誰しもが一兵卒では価値が無いとやらかし合っているその程度の組織観だ
 一兵卒になって、漸くに湧いてくる何かも有るだろう‥なにが相談役か‥

 其をやり合わない、やりこなせない社会構造だから奪われるのだ
(そもそも‥そのようにしか組織構成員を築けていない、人垣に無き構造だということだ)


> 私たち人類は、偉くなったら偉いままで居られる権利でもあるかのように思い込む
> そして、斯様な些末からの離脱方法を、全く知らないほどに脆弱だ
> 歴史的にも老害として扱われてしまうだけなのに、とんだ憧れの仕方にあるばかりを繰り返す


 ‥落ちぶれてべそを掻くだけなら、それこそ極めて普通人だ
 ‥そうにならないために悪知恵の限りを尽くした側を成功者などとは、とんだキチガイ沙汰だ
 ‥対策のためのラブコールとか‥(そんなん提携ちゃうお粗末や)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:36 | Comment(0) | 日記/2021 | 更新情報をチェックする
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