2021年11月24日

【勝手句帳】r093(21’1123)静岡新聞掲載分から

↓(9)向宜詠吟.2021/11/24

令和3'11'23
焼津市・浜風句会
|秋映ゆる一村包む黄金波

※一村→一国→列島‥と、まぁそういうツッコミをしたくなるんよ


|秋高し列島包むコシヒカリ 後につづけと波打つ旗勢


※ 気勢×→旗勢○とした方が、日本らしくなんとも下克上上等で悩ましい

> 戦後昭和の米は、いつの間にか、コシヒカリ一色だった
> 東北のササニシキが、やませ対策の品種と言うことで競っていたのは
> 今にして思えば、大和と蝦夷(ゑみし)の対立模様に見えなくもない

> だかしかし、コシヒカリ一強に飽き足らなくなるのが国民性にあるらしく
> その後になると、あきたこまちが静かな台頭を見せ
> 後に続けとばかりに群雄割拠の下克上に至っている

 (お米のガラパゴスとまでは言われないが)
 (大抵のことには一強に屈すること無き国民性を発揮するくせに)
 (政治含みになった途端に、一強ありきに片寄るんだからほんとよく分かんねぇ)


> 日本人の考える民主化なんて、所詮、そんなもんなんだろうなあ


 ‥「コシヒカリしか有りませんから」と
 静岡県知事から寝惚けた声が発せられようなら蜂起沙汰のくせに
 自民党しか有りませんからと、騒ごうとも捨ておかれる(無関心or同意)

 (最も、蜂起沙汰に持ち込んでるのが自民党勢なので、リニアを通したいだけのイチャモンだ)

 ‥勝つための無知にあの手この手で、縄張りを侵してくるなら途端にヤリ玉にされるのだ
 (日本に漂うその手の空気は‥教えずに黙ってガス抜きを楽しむくさい‥蜘蛛の巣だ‥)
 (一番のお手本こそ、方広寺の鐘だからなあ)


> 序列抜きにやらかそうだなんて、無茶だってのは、歴史を掘ればすぐに分かることだよ
> ホリエモンの経過を眺めてたってそれは起こり得ている(空気読まないと‥前科モンだと‥)

1

令和3'11'23
焼津市・浜風句会
星ひとつ残し秋の没日かな

※中七「残して」が微妙‥確かに、他の言葉を当てようが無い(で、そうなると「て」が臭うと)


|星一つ残し消えゆく伸びし影 けふの秋日を佇み惜しむ


> 秋夕の空が綺麗だった
> 一面に影が濃くなり、伸びだした様子がまたまた印象的で眺めていると
> そうかと思う内に、今度は、一番星が見えてきて、次第に昏くなって暮れたなあ

 (これこそがウルトラの星を眺める趣なんだとか何とか‥園児ながらに思ったっけなあ‥)

2

令和3'11'23
焼津市・浜風句会
|譲られて車窓の我が身秋を見る

※中七字余りの「我が身」をどうして盛ってあるのだろうか?
それは一人旅である由を強調して置きたいかのようでもある
が、それが却って甘えである事への理解はあるだろうか?
奇しくも「お前はなぜ席を譲らない」‥それの向きのどこが風情に価するのか?‥


|譲られて秋に小躍る旅の窓 久方ぶりを甘えつつ行く


> ‥なんだか見知らぬ人から席を譲られた
> お陰で車窓の席で、秋の景色が広々としてある
> 願ってもないご満悦にあるわけだが、このままに独占常というのもなんだけど
> 漸くに叶った秋旅行なのだ、ここは甘えて行くとしよう(てへ♪)

3

令和3'11'23
掛川市・掛川いちご句会
澄むや弓の弦音の響く矢場

※「秋澄む」をセットで用いるには納得できん(そこには踏み込むべき秋がある)


|的澄むや稽古の弦音響く矢場 狙い射るごと一礼不動


> 弓道部の稽古は、実に張り詰めている
> まぁ危ないことをしているのだからという意識の現れでもあるのだろう
> 一矢毎の一礼が、なんとも印象的だ

 (これがボーガンだったり、射撃だったりすると‥)
 (ヒャッハー!とか、ヨッシャー!とか‥ガッツポーズ含みになってくるんだろうなあ)

> それを思うと、弓道はその差が一目瞭然で「遺産」だなあ

4

令和3'11'23
浜松市・槙の会
音ひとつ又ひとつ秋深みゆく

※上五「音ひとつ」とは何の音だろうか??


|「ピンポーン」と又一つ秋深みゆく 食い道楽の歩き無精


> 秋が来た、食欲の秋だ、食材の秋だ、ネット注文の秋だ
> いやぁもう、宅配のピンポーン音が心待ちで仕方がない
> 歩かない食い道楽というのも名前負けだが、今や、家派ありきだからなあ

5

令和3'11'23
浜松市・槙の会
土塊のままで終わる命か

※土塊(つちくれ)‥土の塊、転じて、地べたを這うような悔しさを滲ませたどん底感。


|土塊のまま終わりぬる悔いあれば 肥やしになるが精々の道


> 夢見がちの人ほどホイホイとのせられて、気がつけば、騙され罠に落ちていたりする
> 騙されたことが悪いなら、政府ともどもグルであり、対処せぬ悪人だったオチにもなるが

> まぁ世の中、鬼や仇ばかりでも無く、味方も現れるわけだが

 (残念ながら、土塊のままに朽ちそうな域から脱せるほどには無い)
 (残念ながら、土塊のままに朽ちそうな域から脱せるほどには無い)
 (残念ながら、土塊のままに朽ちそうな域から脱せるほどには無い)

> このままに終わりたくないと藻掻こうと、はじめの一歩こそ他人任せだったのだ
> そうして今も救いの手にすがるにせよ、他人任せのままにある

 (どうみたって、誰かの肥やしとしての有り様に流されたまま、這いずり臭さを貫いてある)
 (どうみたって、誰かの肥やしとしての有り様に流されたまま、這いずり臭さを貫いてある)

> 誰だって、そうになりたくないからこそ、世の中は門前払いありきでもある‥

 ‥すべての経営者が、自在に人を使いこなせる才覚があって経営をしているわけではない
 そうに思えば、門前払いは正直な対応であって、辛かろうと間違ってはいないのだ
 むしろホイホイと甘言で集める方が怪しい‥其を誰も説かない実こそ世の脆弱さなのだ‥
 (成果主義にしろ能力主義にしろ、曖昧な表現で誤魔化しているだけなので糞)


> 世の中の既存のレールに期待する方がお門違いだ、レールの先には夢も希望もない
> 無いからこそ、お前自身が成れと言わんばかりだよ

 ‥妄想たるお荷物を運ぶか、確かな夢を運ぶかの違いだけだ
 (前者がヤクザの縄張りで、後者がカタギの縄張りだ)
 (それでいて、カタギの荷は、ヤクザの垂涎の的でどうしようもねぇ)

 ‥いつの間にかカタギのほとんどが妄想たるお荷物と化した(それが失われた何チャラだ)
 だが、ヤクザも全部を運ばない(選別ありきだ)
 だから見事なまでの仕分け模様と禍している(そんなレールの先には、ガチで夢も希望もない)


> だがどうか、今や、おいしいレールに乗っかる甘言ばかりの情報量に酔いしれる
> いやいやいや、そんなにうまく行くんだったら、格差なんかありゃしねぇんだって
> 格差があるという現実自体が、嘘と無理と駆け引きと縄張りって事だよ(政治も含めてな)

 (言われるままに迷い込んでしまった時、最もな逃げ方は染まることでもある‥)
 (言われるままに迷い込んでしまった時、最もな逃げ方は染まることでもある‥)
 (それが嫌なら、始めから、自分の理解や許容を超えた甘い話には乗らないことだ)


> 面倒見の善い人たちのグループだからって、結局は染まり切ることでの信用ありきでしかない
> これを最も簡単に言えば、「郷に入りては郷に従え」だ

 ‥私たちの見る夢なんてのは、自分向きの「郷」探しでしかない
 それが、いつどこででどう間違ったのか‥「業」にすり替わる

 (スタートで最もらしい無理な手数料を要求するようなら、まずは疑うべきである)
 (税金の説かれる事なき中身なんかとくにそれだ)
 (そこにあるのは夢では無い、グレーゾーンからの闇ありきだと心得よ)

 ‥数が欲しい連中は、始めから一気に闇に突き落とすような漁をしない
 だから、何かしらのメリットをチラつかせて誘いこんでいる
 (お前の心にそれが刺さったというだけの流れだ‥無知を喰らう奴らが居るそれだけの話だ‥)
 (恥ずかしきことに、奴隷然文化への窓口だからなあ)

6

令和3'11'23
浜松市・槙の会
|日差し深く窓際のコーヒーブレーク

※コーヒータイムだろうか?、コーヒーブレークだろうか?
元々が英語のくせに、日本で使われ出すと仕様向きの格付けが付きまとう(面倒くせえ)
(英語圏の現地で言えば、方言の差みたいに思われるわけだが‥知らん‥)


|日当たりのコーヒーブレーク寒回り 味より繁盛あやからむ


> ‥外回りをしていると
> 値上がりのご時世だというのに、なかなかに繁盛している喫茶店を見かけた
> 日当たりも良さげだし、入ってみようかなぁと思うのも
> よくよく考えてみれば、味を求めてというよりは、繁盛にあやかろうという気持ちだったよ
> 今になって漸くにそう思ったさ(あははっは)

7

令和3'11'23
静岡市・庵原・川柳の会
お題:新蕎麦


|新蕎麦の香気知らずも蕎麦ありき 尾ひれ聞けども香気届かじ


> 新蕎麦を知らずとも、とくに困ること無し
> 年に一度、年越し蕎麦さえ食えりゃそれでええ

> 大体だ、通だとか粋だとか上から目線でしょうがねぇ
> で、上から目線の鏡似性とばかりに、今や輸入頼みだ
> 勝ち組だけの風味みたいな所にあるのが新蕎麦で、地場農家支援の様相だ

 (まったく以て、投資たる香りの鼻に付きそうクサくていけねぇや)
 (腹ごしらえは所望しても、おけらは所望せず)

8

令和3'11'23
静岡市・静岡むなぎ川柳会
お題:独り言


|独り言バイアスかかる土用の日 うなぎの美味は特日にしかず


> 世の中には謎にも、独り言へのバイアスがあるようだ
> そういう輩は、アイデア事の引き出し思案をしたことがない様子に誇らしげらしく脆弱だ
> まぁその代わり、平時集中力と記憶力が達者なのだろう(持ちつ持たれつだ問題ない)

> だが、そんな連中も、独り言のバイアスに掛かる特日が年に何回かやって来る
> 土用の日のうなぎはその一つだろう
> 特日にわざわざ食べる必要は無い、だがしかし、特日でも無いとめったに口にしないだろう
> クリスマスのケーキなんてのもそうだろう

> ‥好きな輩にとって、特日なんざ戯れ言だ
> だがどうか、特日にこそ、わざわざ押し寄せるのもキャツらの心得だ
> そげな人だかりを見ると釣られてしまうほどにある(何とも悩まし‥羨まし‥)

9



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:09 | Comment(0) | 日記/2021 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。