2022年02月09日

【創造観】人生脳VSゲーム脳

↓6)記稿.2022/02/09

> しあわせの求め方には、ざっくり二通り在る
> そこをまず押さえていないから痛い目を見るのだ


 ‥まず世の中において、一番の人気は戦士だ
 「力は正義だ」とした方向で、誰しもがそう思い込んでいる
 ‥だが誰しも、自ら進んで、命を懸けてまで戦士を目指そうとは思わない
 戦士に及んだ者たちでさえ、結果的な運命の流れだったに相違なかろう(使命感の自覚)

 そこには、「最も力を引き出すモノとは何か?」とした問いがあらんばかりだろう


 ‥だが、積極的に戦士を望んだ輩になると、心理構造がかなり異なってくる
 所謂、全身全霊を賭けて、彼我の差を競い合う‥もとい死合う
 とした狂気に、最初から取り憑かれていたりする(アブナイ奴タイプだ)

 そこには、「今、誰が力を発揮できる状態にあるのか?」とした問いがあらんばかりだろう


 ‥そこまで行かずとも、兵士稼業を積み重ねていけば
 段々と、そのように肌を研ぎ澄まして得られる勝利と言う奴に酔いしれる様にもなる
 ‥でも、一般的に彼らの多くは、好んで血を見たい訳ではない
 狂気に満ちていたい程の最もアブナイタイプは、極少数だろう
 なんだかんだの捌け口が、今や戦場を舞台としたフルダイブなオンラインゲームという事になる


> だがしかし、ひりつくようなバトルがしたいとした欲求は
> 個人的な幸福度しかもたらさない(ここ重要)


 ‥個人的な幸福度しかもたらさないそれを
 たまたまの数の巡り合わせのやや半数程度の
 トコトン己の体を鍛え込むことをするでも無き‥軟弱な日常感を有する‥
 ちょっと‥ひりつくようなバトルを齧りたいとしたハンパ者らの
 主張を束ねて、なんとなく競争主義をやらかしちゃってるのが現代社会だ


 ‥戦闘としたスパンは、感覚的にあっという間だから
 より繰り返して味わいたいとした欲求を駆り立てる(別に死体を見たいわけでもねぇし)
 それを私たちは「ゲーム感覚」と呼ぶ‥

 (ここでは、そのようなひりつきたい感覚欲求を「ゲーム脳」と呼ぼう)


> だがしかし、日常生活を巻き込んだ経済競争のそれは違う


 ‥わざわざ家族や地域での暮らしをも巻き込んでやらかしちゃってるのだから
 犯罪扱いしたっておかしくないのに、政府には、負け組までを擁護する権限が無い(放置プレイ)
 犯罪扱いしたっておかしくないのに、政府には、負け組までを擁護する権限が無い(放置プレイ)
 犯罪扱いしたっておかしくないのに、政府には、負け組までを擁護する権限が無い(放置プレイ)

 (其は、部分的に幸福の創造放棄なのだから、公正を欠いた違憲状態そのものだ)
 (基本的人権を掲げておいて、十二分たる行使に欠いてある‥絵に描いた餅だ)
 (怠惰にも自由を優先し、競争劇場こそが、最も過半数支持を得た幸福の創造方向としている)
 ‥戦士たる矜持に欠いた弱者を庇護しない政府なんざ必要ねぇ‥


 ‥お金を造り出す権限が、世界層と呼ばれる特殊なファミリーに置かれているので
 なんちゃって民主社会の政府には、彼らのご都合活用の枠組での保障スタンスしかない
 なので、一にも二にも、資本を借りる処からのスタートにしかなっていない(小遣い準備制度)

 (世界層こそが、競争を煽り仕向けている張本人たちとも言えよう)
 (実際には、あちらも派閥衝突してるので、煽っているよりは、そういう流れしかない)


 ‥保障するにも先ずは先立つモノが必要
 そんなお約束のパターンこそが不幸の元凶なのに、其を改善し合う気運まるで無し
 まさに闘争本能の集まりで、着目不良をやらかしているのに、間違っていないと思っている

 (それは、それこそ‥戦場とした渦中のどうしようもなさの中に在る)


> 其は、部分的幸福の創造放棄なのだから違憲状態のそれだ
> 自由とした解釈だけで、公平性とした視点を欠いている
> (国民の半分から総スカン食らっても当然で、マイナンバー拒否はまさにそれの現れだ)
> されど、競争劇場こそが、最も過半数支持を得られる幸福の創造方向だと多くが思い込んでいる
> (戦士たる矜持に欠いた弱者を庇護しない政府なんざ必要ねぇ)


 ‥人生において、一番にしあわせを感じられる瞬間とは
 気楽に、気長に、のんびりできることだ(その為に競争なんか1ミリも必要ねぇ)
 それの一番の最先端こそ「日向ぼこ」である

 (ここではそのようなスローライフ欲求感覚を「人生脳」と呼ぼう)



1-6)1

> 先に断っておくが‥人生脳もゲーム脳も悪では無い‥
> だが、前者はオープンすぎており、お花畑すぎていて脆弱だ
> そして、後者は閉鎖的であり、組織運営や味方のことしか頭に無い
> 結果的に、どちらも滅びるとした可能性において有能すぎるぐらいに貧弱だ


 ‥悲惨な顛末の予想をできてしまえる次第を鵜呑みにして、自由も平等も糞も無い
 欠陥があると分かっていればこそ、先手を求めた者らから出し抜こうとする形になる
 そんな出し抜き合戦は、愚か者の競争観だ(正当でも無いし、正道でも無い)

 ‥それゆえに、多くが秘守主義であり、警戒的である
 ‥なのに、どうして、にこにこオープン人生を前提にするのだろうか?(論破綻で異様すぎる)


 ‥そもそもなぜ、このような矛盾を無造作に放置して無頓着なのだろうか?
 まるで、秘守主義上等、警戒上等にある世界に満足しているかのようでもある

 私たちは人間らしさを求めて、お互いに日常をやりあっている
 そういう意味での競争は想定内だろう
 だがしかし、最低保障ラインがあやふやで決まっていない事による警戒は根強い

 (ルール難易度の高いままに幸福の創造も糞も無い)

 自分たちの頑張りが有ろうと、惨め沙汰も有り得るという絶望感しか無い
 地球環境の変貌は、まさに難易度の高さがもたらした顛末である(其を改善せずは愚なり)
 そりゃ‥お財布を握られてしまっていれば、古い形式の踏襲のままだ
 (握っている世界層にしたって一枚岩では無い)

 ゆえに、無借金で経営していようと、世界的な不景気に呑み込まれるという始末だ
 ゆえに、隠し事の一つや二つでもやらかして生き延びようとするだろう
 (政府は何もしてくれないのだから‥)
 (政府はいつだって傀儡で無力なのだから‥)


> 精神の理想を掲げてあるのと、実現しているのとは意味が異なる
> 用が異なっているかこそ、前に進まないとした流れと仕組みを理解すべし



1-6)2

 ‥焦点の是非は、力とした側面に無く、ルールとした側面である
 上層で決まった裏契約を下層におろさずに、こっそりやらかしている世界層観がまず不可解しい
 (その程度の姿勢で、世界平和だ、基本的人権だ‥などとほざくのは、笑止)


> 競争社会の現実たるそもそもをよくよく整理して置こう


 ひりつくようなバトルには、瞬きをするほどの余裕すら無い(むしろ其を快感としており且つ目的)
 そんな毎日を経済競争に置き換えて、本気で鎬を削りたい輩を「ビジネスマン」と呼んでいる
 もとい、もう少し適確に表現すると‥「24時間戦うビジネスマン」である
 もとい、「強迫性労働従事者症候群(ブラック企業勤め)」である

 トップからして現場たる前線に立ち、そのような姿を晒してあり続けるならそれはフェアーだろう
 (実際的にも‥そのような状況というのは多いに想像に難くない)
 (だがしかし、給料の差が甚だしいとなると、そのまんまアンフェアーだ)


> 最初から、賃金を支払う気が無いのは確信的犯罪行為だが
> 支払える状況に無きを隠しているのも、隠すのも同罪だ
> それを言葉で言いくるめて、上から目線に椅子に座り込むのは「いきなり!ステーキ」である
> (あっ違った‥もとい悪魔である)


 ‥最初から返済してもらう目的性に無いと言えば、国債とした仕組みそのものだ
 否否否、其は、返さなくても良いから金利奴隷として立法草案権を寄こせとした仕組みだ

 (今時では、其を過払い金対象にして返金させるようだが、公債費はまだ対象では無い)
 (実際、返金しているのが誰かなんて怪しいにせよ‥常識で考えて今更無理な案件‥)
 (是は、金利の取り過ぎは、マージン詐欺とも言える過剰にぼりすぎだ‥とした指摘だ)


 ‥細かいことを述べると、国債の金利は通常の金利とは異なる
 巧妙にも、償還される金額内での金利比分が変動する仕組みなので利ざやが出る出ない扱いだ
 (国債枠として約束された金額内で処置するので、自国通貨暴落しない限りは安全圏)
 (又、その際の損得を事前にポジション調整するようになっていたのが中途売買だった)

 ‥流れとして
 銀行が大損しようなら不景気を呼ぶとした大ざっぱな見方が国債の金利上昇の流布だった
 (国債の金利上昇とは、怪しくも安く国債を買うに越したこたぁない見方が通常で)
 (まぁこれは、為替で調整しても同じこと‥なので今や、どちらが主流であるかの差だ)


 ‥逆説的に語ると
 基軸通貨債の暴落は、相当にヤバイ話だが(販売先縮小&防衛力低下)
 そうでもないのに尾ひれを付けたのが日本国債で、それの相当にヤバイ状況というのは
 輸出産業での稼ぎが円安でも昇華できないとした特定投資層の都合を挟む

 (まぁそんなのは日本の技術の根幹が崩壊して、中華並に成り下がりましたとした状況だ)
 (それは、長期的に証明される必要があるのだから、それのバイアスから抜ける用を伴う)
 (蓋を開けてみればEUだって不正だらけなんだから、空気だけで勝敗がつくものでは無い)


> お前らの自信過剰がどこから来ているのか良く考えて恐怖しろよな
>(一番に警戒すべきは、経営民度の低下であって、国債の暴落とした煽り空気などでは無い)


 ‥なので、国としては、償還金額の分をその都度借りてきて回しているのが実体だ
 なぜか、借りるのだけはただ同然なのが国債だ(もといクレジットカードも概ねそれである)
 償還の際にこそ借りないと成らないのが国債だ(なので国債費とした一括りでは分かりづらい)

 (そもそも市中に買われなかった国債分は、中央銀行の金庫で眠ったままだ)
 (比率としては、そちらが多い‥じゃ寝かせてあるだけなのか?‥なわけねぇそれこそが闇‥)

 ‥買われることがなかった分に償還枠は発生しない
 (単に中央銀行の貸し損みたいな扱いだ、誰がどう考えても、国庫としての中身は同じはず)
 (なので、それでも元は取れて来たというのが日銀の実際だろう)

 (国内の景気が芳しくないような顔で、自分らの懐はタンマリと真っ黒なんだろうz)


 ‥ならば、通例的に、危機を煽るとしたら、別の案件での埋め合わせ口調だろう
 中央銀行制度はグローバルな民間組織なのだから、支部に指令が飛ぶのは極日常だ
 そこは二国間統治みたいなもので、決定にしたって、支部幹部の多数決ありきでそうに見えない

 (なので、その手の清算まで国債云々に丸め込んでくるとした闇ありきでどうしようもない)
 (そんなこんなの歩調合わせに、消費税こそを社会保障費の財源などとほざいているに過ぎない)
 (現場判断によるタイミングの是非については、考慮の余地があるらしい)

 (世界層には、民衆を間引きするのに掛ける予算を、自滅産業で賄うべしとした流儀がある)
 (自分たちの帳尻からは、その手の予算を鐚一文たりとも捻出しようとは考えていない)
 (まるで、指示は出したけど、予算を都合付けてやらかしたのは下だからと言わんばかりである)


 ‥違うというのなら、整然とやれ
 (まぁ整然とやると、塀送り沙汰の大騒ぎになるらしい‥)



1-6)3

> さらに、訝しがった見方をすれば


 なにかと‥公務員賞与と国債費は、ほぼ同額に見えるので
 公務員賞与が上がると国債費も正比する(増員要素を含む)
 それではまるで、公務員賞与を払うのが国民だからとした守銭奴の如きだろう
 それでいて、国民の暮らしを蔑ろにしていく法案が次次に可決するというトンデモだ

 (つまり、公務員を雇って来たのが誰であったかとした課題がスルーされている)

 ‥結局は、金貸しの論法の掌だ
 主権が国民なのに、発行権は世界層が握っている(‥国民名義とした貸付論は明白だ‥)
 ならば公務員賞与とは、国民名義でカネを借りてきて押し付ける特殊詐欺ならぬ特殊恐喝同然だ


> 競争社会で勝ちを得続けることは「無理ゲー」なのに
> わざわざお互いに嘘つきに成り果てでも経営側に立ちたいのは「糞ゲー」すぎる
> それでストレスを溜め込んで「エロゲー」犯罪化するのが空気では「死にゲー」だ


 ‥著生が、競争社会をトポロジーに俯瞰するとこう見える
 是にバイアスが無いと思えたなら、過剰な競争主義主張は、もはや犯罪症候群の扱いだ
 (否、もはや、競争一辺倒にしか選択できない社会情勢こそを、違憲に問うべき時代だ)



1-6)4

> 繰り返す、しあわせの求め方には、ざっくり二通り在る
> のんびりスローライフを満喫したい欲求と(人生脳)
> ひりつくようなバトルを味わいたい欲求だ(ゲーム脳)


 ‥まず、人生脳において
 決定的な欠陥として備わるのが、生活設計通りにうまく行かないのが常なのに
 なぜか、生活設計通りにやり切る事こそしあわせだ‥とした考えを染み込ませてしまう点である

 (そんな考えは、1ミリもスローライフを解っちゃいない)
 (トラブルありきは当然だ、だって、ドジだって馬鹿だって受け入れて貰えて在るんだからな)
 (トラブルの許容範囲に対する解釈が、慣れ込みで低めとした由をまず理解すべきだ)

 ‥なので、スローライフの世界観において優秀だとした見方こそ
 知った間柄の癖を理解して、余裕を見つつ、計画を立てられるとした由だった

 (だが、今時の過激な中抜き競争社会では、そのようなどんぶり勘定含みには手厳しい)


 ‥一方、ゲーム脳において
 決定的な欠陥として備わるのが、勝ちへのこだわり方が人それぞれでまちまちだという点である
 そして、それをお互いに理解しないで居ることだ

 勝ちへの欲求の度合いが異なると、ゲームそのものの仕切り方からして個性的になりがちだ
 それのこだわり方を‥事前に事細かに紹介し合わないのもポジション確保の流儀にあることから
 まぁ取りあえず、お付き合いしてから判断の流れに成っている


 ‥これを会社経営に置き直すと大問題なのに
 お見合い結婚を自由恋愛と同列に見立てたままの馬鹿な思索が多すぎる

 (お互いに解らない同士だったなら、破綻含みは当たり前だよ)
 (それでも頭から頑張ろうとしたり・期待するのは、成り行き正義なだけだ)
 (これからもずっと一緒に頑張ろうとした空気からしておぼろげの段階に)
 (それら成り行き正義に意味なんて無い)


 ‥誰だって、慣らし運転ありき思考の人生観なのに
 契約の段階という奴は、決まって絶対的に服従みたいな効力の元にある
 (民間人をいきなり戦場に投入したって使えないのは明白なのに、其をやりあうのが資本競争だ)

 (気の合うように努力するってんなら、競争社会である必要なんて1ミリも無いんだからな)
 (お前たちは一体何を求めてそこに集うのだ?)
 (一体全体、どこに向かって、それらにサインを繰り返すのだ?)


 ‥その手の段階を理解せずに、いちいち凹んでいる方も煩わしいわけだが
 肌に合わないからと言って一抜けしがちな輩を、白い目で見る方も素人過ぎるわけだが
 噛み合わないと解っているのに、切り替えできないとした有り様はお互いに異様で

 なのに、ゲーム脳一辺倒で思考を続けようというのだからクズAI以下すぎる
 もとい生活脳半々か‥もとい、ゲーム脳6生活脳4ぐらいか‥

 (そこからさらに、ゲーム脳比が強まると、犯罪に染まっていくのが流れと言うことか‥)



1-6)5

 ‥ゲームをより楽しく作り込もうとすると
 評価数値以上に、ラッキーとやらの発生率を際どく味わえるようにする必要がある
 (ダメもとだったけど、偶然的な巡り合わせでようやくにして勝利を得るみたいな)

 (ルーティンなマンネリでは途端に、面白くないとした烙印が押されてしまうのだ)


> 斯様にも、運否天賦を引き出せたとした満足感を得たいかのような欲求こそゲーム脳だ
> だが、毎日の暮らしを楽しくするのに、そんな要素は1ミリも必要ねぇ


 ‥日常生活を楽しく生きるのに必要なのは、地に足が付いているとした安定感だ
 (博打のような偶然期待の大逆転なんか必要ねぇ)
 (まだまだ検証が不十分のくせに、稼ぎ急ぎに売りに出すなんてロシアンルーレットも必要ねぇ)

 偶然期待の大逆転を期待しがちなゲーム脳偏りにしたって、世間が競争主義だからだ
 その手のストレスを、誰しもは誤魔化したくて仕方がないとばかりにズルやイジメをやる

 (だが、買い手が来るか来ないかのそれを、誰が保証できるというのだろうか?)


> 政府は売上を保証することができない(コロナ禍で確定済み)
> それは、自分たちの懐である税収にかかわることでもあるのにだ‥(パチンコ台と一緒)


 ‥そこでやらかす些末が、「増税します」「保障します」の管理社会方向になっている
 それってつまり、詐欺と同質だ(嘘ばかり付く連中に渡してやる権限なんかねぇ)
 ならば、税制度に経済成長論を持ち出した時点からズブズブに矛盾していて間違って来た‥



1-6)6

> 景気を操作すべきが政府
> それらを、個々の頑張りで、均等的に配分を約束できていてこそ政府としての有能
> (経済学者を始めとした多くの知識人からして、斯様にあると思い込んでいる節がある)


 (だが、国家間で競争しあっているのに、どこの国家が手抜きをしてくれるのか‥???)
 (待ったくさい手抜きどころか、それこそインチキとした手抜きはありがちだけどな)
 (勿論、それらは総じて「お仲間に慣れ」としたお約束ありきだ‥)


 ‥それこそ、社会主義を率先してやっていただきたいとした声があっても不思議はない
 (自由主義だからって、裏でやらかすズルやインチキの類はそれと同根だ)

 だが、競争とした公平観からすれば、そんな声は挙がらない
 それどころか‥社会主義国は自由を奪う悪だからとした前時代のすり込みのままにある


> そもそも競争なのに、どうして景気を操作できるって言うんだ??
> できるとしたら、罠に陥れて、泣き面を拝みながら「残念でした」と吐き捨てるぐらいだろう


 (‥実際的にも、そういう流れしか見られない‥)

 挙げ句の果てに、戦争だテロだとした空気がもたげてきて
 政府のここぞ見せ場合戦を見せられて、コロッと忘れちまうんだからなあ

 (政府こそが怪しいを‥てめえで、お約束劇場の悪者役にすり替えちまうんだよ)
 (それの操作がうまく行かなかろうと、言ったモン勝ちみたにマスメディアも振る舞っている)
 (そうすると無駄に伝播して、そういう事にしておこうと思い込んじまうらしい)


> そして格差は拡大したままで、ストレスのやり場としての治安の悪化が目立つようになる
> すると、待ってましたとばかりの管理社会体制が引かれるという始末だ
> 社会主義悪とか言っている以上に‥怪しくなっているのが自由主義側なんじゃが‥


 ‥どこからブレちまっているのかを問うなら、そりゃ、政府への期待の仕方だよ
 政府が景気の操作をすべきだとした案件自体が間違っているのだ

 ‥消費をこなさないと景気が成り立たない
 ‥消費を得ないと産業が回転しないという仕組みに無理がある

 売上を競うことよりも、まずは確実に必要量だけを産み出せる仕組みにあるべきだ
 でなければ、地球環境の方から崩壊する(もはや明白だ)


> その手のルールの柔和転換こそが必要だ(ベーシックインカムなどをありきとした前提)
> だがしかし、肝心の椅子取り競争に柔和化なんか有り得そうに無い
> と言うところの勘違いの混ぜ合わせバイアスをまずは柔和すべきである


 ‥売上を基準に有能無能を判断してきたという機械的判断を撤去すべきだ
 だからこそインチキ含み(数値改ざん)ありきでも、のし上がることが可能だったと反省すべきだ


> 「では、これから先は、何を基準に椅子取り競争を執りなすべきか?」
> (其は、個々の人生脳VSゲーム脳への問い掛けでもある)


 ‥だがそれにしたって、人気投票ありきだって空気に変わりは無い
 ‥だがそれにしたって、ぼっちだらけの世の中になっちまってるとそんなの機能するわけねぇ

 つまり、格差の拡大は、人気投票不参加の肥大化とした腐しかもたらさない
 だって、お互いに生活設計をことごとく破壊し合うだけだったら、しらけるだけじゃんか
 それって、100%戦争だから、競争だなんて言葉はそれこそすり込みだから

 (それの何が楽しいの?‥そこのゲーム脳に偏っちまってるキチガイさん)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:58 | Comment(0) | 日記/2022 | 更新情報をチェックする
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