2023年01月15日

【短歌】ちぎれ雲さらにちぎれて枇杷の花‥から四射

↓1)向宜詠吟.2023/01/15

> 令和5’1’10静岡新聞掲載、掛川市・甘藍・鴟尾の会
> |ちぎれ雲さらにちぎれて枇杷の花


 ‥ご無沙汰しております名句にポンの流れになります
 今回のネタは、目に飛び込んできてえらく気に入ったので引っ張ってみました


 ‥水蒸気爆発時代の流れでしょうか
 「ちぎれ雲」感が明らかに違ってきています

 昭和の頃の「ちぎれ雲」は、どちらかというとポツンと浮かんでいる雲の様だった
 と思っていたのですが
 今の時代は、よゐこのチネリカレーの影響なのか、雲が多いせいなのか
 鰯雲の様にバラバラっちゃバラバラだけど、整っていない様を指しているくさい

 (画像でググってみてもそんなのばかり出てくるっす)


 ‥いやまぁそう解釈しないと
 「枇杷の花」とした印象にまで落とし込めて来ないわけでーす

 (但し、枇杷の花とした群生感を遠目で見ないとなかなか伝わってこないので現地確認が重要です)


> なかなかどうして、俯瞰とした詠み込みっぷりが素晴らしい
> 只でさえ地味な枇杷の花が、大空一杯に詠み込まれていて、華やかげでーす



1-1)1


|ちぎれ雲さらにちぎれて枇杷の花 夢を見ようと人気いまいち


 ‥誉めておいて堕とす‥と言うわけでは無いのですが
 まぁ所詮は枇杷の花とした印象は覆しようがありません
 (どうしたって主体が枇杷の花なので、そこを外すわけにも行かず‥)


 ‥人生は旅だ、流れ流れて落ち着ける場所を得られればそれで良い
 枇杷の花を見ていると、さらに落ち着ける仲間を得られればそれで満足と言わんばかりさ

 ‥でもなぁ、どんなに頑張っても枇杷は枇杷だからなぁ
 苺ほどとまでは言わないけれど、柿ぐらいにはもて囃されて見たいものだなあ



|ちはやぶる格差時代の雪峠 神も仏も溜息のみち


 ‥人生は旅だったはずの穏やかさが
 いつの間にやら、競争競争と目を尖らせる時代へと変貌した
 まるで雪の峠を行くが如しで楽しくも何ともない

 神も仏も先行きの見え無さに溜息に違いない(マジ絶望ッ)



|智慧なんざ枯れて久しき蓮の香 手を取り合わずんば崖っぷち


 ‥もはや仏教国だった姿は死に体としている
 自由自由と誰しもが自分勝手に競争に邁進している
 そんなこんなで、いつの間にやら世間様はガタガタと崩壊し崖っぷちだ

 「今、手を取り合わずして、いつ手を取り合うんですか?」みたいな

 (仏の教えにしたって、残り香みたいなもんで、糞どうしようもねぇって感じ)
 (豚に真珠、猫に小判、馬の耳に念仏‥残念な民族になりにけり‥ってかぁ)



|恥辱まま生きながらえて桜花など 只散るだけの憤怒のいのち


 格差社会で勝ち組に成って、人生をウハウハと謳歌したいなんて
 畜生ながら誰しもが夢描くのは、とにもかくにも「恥辱の嵐」なのに、誰もそれに気がつかない

 さすが、桜吹雪にロマンを見出しちゃってるお花畑民族だし‥


 「おたくら、怒りが湧いてこないんっすか?」


 負け組は只散れば好いとして扱われちゃってるんですよ
 競争→格差→淘汰‥まっしぐら脳で良いんですか?

 爆弾抱えて死んででも結果出せ時代のそれと何も変わらんのを
 自由で民主的とか、本気で思っているんですか?


(それで、もう平和だから昔の恥は無かったことにしようとか‥鬼ですよね‥)
(知ってます?ググると「万歳」から、不名誉な意味が削除されてあるのを‥)


 ‥鬼畜に成り下がって豊かさとか
 ‥なにがウハウハだよ、こん畜生社会がッ(超くだらねぇ)



> うた詠み終わります、ありがとうございました



posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:54 | Comment(0) | 短歌・俳句・川柳 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。