2023年04月21日

【ネタ文学】そろそろ「ツンデレ」を「詰んデレ」と書いてみたい

記稿.2023/04/21

> 「ツンデレ」が世の中に表現されだした頃は、日本にもまだまだ勢いがあった
> その頃から日本の表に、どや顔で台頭やらかしてきたのがザイニチだった


 そんなこんなの「ツンデレ」

 そのザイニチ勢も、今やどことなーくしおしおとし始めている(とくに芸能界)
 そうだ、そろそろ「詰んデレ」と野次ってみるのも有りだろう
 (日本の勢いにしたってそんな感じだし)


> 「ツンデレ」改め「詰んデレ」
> どう解釈するべきかを、述べてみよう


 ‥なぜかこんな人達がいる
 自分より圧倒的に優れている人を見ると

 まずは、自己憐憫な言葉を用いて自分の評価を下げるのだ

 その自分の評価を下げた事を以て、その相手を如何にも評価していますと言わんばかりに‥
 (でも実際は、壱ミリもほめてなんか居ない‥奇妙な負けず嫌いがそこに居る)

 (常に自分が上に立っていたい汚臭を‥まくしたてていたいとばかりに煙に巻いている)
 (強気なツンデレとは反対の弱気な「デレ」って事らしい)


 ‥「ヤンデレ」に近い素地と云えばそうだろうけど
 死にそうなほどに落ち込んでいるわけでも無く‥劣等感落ち自己憐憫と言うことなのだろう
 (カルチャーショックの度に自己憐憫する感じだろうか‥)
 (カルチャーショック大好き=自己憐憫大好き‥みたいなヘンタイさん)

 もっと自分は頑張れるかも知れないのだという位置づけが

 それが、誰かの成果や偉業であって自分では無くても
 シンクロするのは自由だとばかりに気分に浸りたいのだが
 どことなくライバル意識もあって、素直になれず、可能性にのみコソッとデレているみたいな
 (同じ人間なんだからの思いと、それと裏腹な人格が交錯して、分裂しているところがあるくさい)
 (無理と思っている自分も居るわけです)


> 文学表現として使えるように整理してしまうと
> 無駄に落ち込む癖があるわりには、そこから這い上がる自分が大好きみたいな解釈っすかね‥


 ゆえに「詰んデレ」

 だがしかし、這い上がらなければならないテーマを常にアップデート心掛けていると
 テーマが難解になればなるほど、落ち込む落差も激しくなり
 根を詰めれば詰めるほどに、他者からは廃人にも見えるでしょう‥みたいな

 そんなキャラが無駄にご機嫌そうだったなら
 自己解決したんだね‥と遠巻きに観察しているのが良いみたいに思うも
 (早うまた落ちこまんかな‥と雑に思わざるを得ず)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:19 | Comment(0) | ネタ文学 | 更新情報をチェックする
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