2024年12月26日

【ネタ文学】陰謀論の定義とは?

↓3)記稿.2024/12/26

> 悪意は存在するし、悪意の存在性を誰も否定せず


 ‥だがしかし、悪意の度合いになると個人差が生ずる
  例えば‥イジメはあるあるなのに
     ‥ショッカーの様な組織なんて存在するわけねぇ‥とかなんとか

    ‥派閥による三権牛耳りを為してる段階で、三権征服だよ(民主社会も糞もねぇ)
    其れに自惚れてる派閥構成員の中からハラスメント事案は起きやすい
    それで、増税の更新ばかりともなれば、上から順のイジメ社会じゃねぇか

   (やりたい放題を目的としたショッカーとの違いが、暴力の是非ぐらいなもんさね)

  と言う所の差をスルーしてるかしてないかが、今や陰謀論の是非とした対立になっている

  どうにも各々における悪意想定の度合い差とは
  格差社会に対する感度の差でもあり、もとい競争意識に対する意識の有り様でもあり


> どんな卑怯な手を使ってでも手に入れたいと思ったら、それは陰謀へと拡大せり
> 普通に考えられる陰謀論とはそういう定義なり
> (なら、嘘を隠蔽して政をしてりゃ、片足半分陰謀含みなり‥それが与党群なら尚更‥)


  陰謀論を個人の欲望に対して使うことはほとんど無いが
  大組織下、大派閥下での世界征服願望とした下りがあるなら、もはや決定的なり

  (それでなくても業界シェア第一位を目指すなら、類似せるゴリ押しありきなのら)
  (データ改竄を陰謀論に含めるか否かとした中身でもある)

  つまり、大組織下での悪意の存続性を(三権征服とした願望)
  肯定するか否定するかの気持ちの差の現れが、陰謀論の是非とした解釈の差になりにけり

  (三権を我が物にしたいと思う趣旨自体が、民主社会に喧嘩を売っているのに)
  (なぜかそこの発想をスルーするんだから、歴史から何を学んでいるのだろうか??)


> 持論としては、格差社会を克服できぬ世界観なら、可能性はゼロでは無い
> その手の世界では、派閥勝手に偏り、利益にならないことは先送りありきだ


  ‥其は民主制度を最もな顔をして謳うも、それの矛盾故に、無力無能とした悪意にも見えり

   例えば、シェア拡大願望の行き過ぎによる手の引き様の無さは集団心理からになるも
   其は、自ら先に手を引いてしまったら、大損に繋がりかねないとした妄想に覆われた世界なり

   すると結果的に、負けず嫌い群による環境破壊がすすんでしまうのだ(結果悪意なり)

  ‥だが、その手の思考群からの経過や結果を見たとて
   悪意として扱わない向きもあるのだから、結果悪意は肥大化するばかりなり

   すると、割れ窓理論の見解からしても
   皆やってることだからとして結果悪意はいつまでもズルズルと正当化せらる

  無頓着な悪意同士が手軽に手を結び合うと、陰謀論とした規模へと進展しかねない
  特殊詐欺からの家屋侵入虐殺とか‥そういう感じにどんどん進展してしまうのら
  塵も積もれば「夢の島」のホイホイ出来上がりに及ぶのと同じなり


> そこまで行くこと自体が、政府機能の不能とした風潮だよ(矜持低すぎ)
> 宛にならない行政機関やら警察機能に何を期待できるんだy(民度&民意低すぎ)


  ‥情報の制限を誰しも嫌うのに
   なぜか、お上の放置プレイには耐久値が高いというのか、呆れるぐらいになぁなぁ群どえむ

  (是非のバランス感覚が悪寄りに麻痺して堕ちているからとしか思えず)



1-3)1

> ヒーロー文学にしたって、まずは悪意を考えてから、その対応として正義を選ぶことが多い
> そういう手順で考えていると、善意の小さなモブ観ありきでの妄想の如しだ(民度感が低すぎる)


 ‥正義感を先に押し出すと、とくにバトルを見せる意味など無し
  すると、暮らし向きの創造性に、落ち度があれば悪も湧かんとした流れになり(割れ窓理論)
  気が付きゃ、その経過から、改善する為の知恵を絞る流れを見せり

 (一端空想し終えても、矛盾指摘して再び空想し直すと、不思議と民度が上がっちゃうんだなぁ)

  (まぁ文学なら遡って、頭から改善内容を追加するもしないも趣旨×演出にできるけど)
  (只今連載中だったりすると無理ぅ‥‥民度感の変更とか種族の風習変更なんて無理ぅ‥)


 ‥例えば、そうだな、家屋を建てる際に土台が水平になっていないと倒れやすいz

  其を社会体制に置き換えると、平等やら公平やらとした用向きになり
  其を否定する社会性をどうしたって合議制ありとした社会とは言い難し

  (だって、倒壊前提じゃねぇかよ、ふざんけんなっつうの)
  (行き過ぎた自由主義なんか、斜面のままに家を建てるのと一緒)

  ならば、正義だ悪意だを問う以前に、その世界の民度ってどのぐらいなんだよ?
  とした角度やら尺度から構成しないと、独自性なんて無理ぅ‥


 ‥其を纏えぬ文学観からして、如何に薄暗いかは想像に難く無し
  (被害妄想にしても自己憐憫にしても陰謀論にしても、それだけの中身さ)

  (ならば只の脳筋×根性論なんか、改善を見せない事の方が多いのだから悪オチなのら)
  (実際的にも「躾に暴力は必要か?」‥とした中身に等しい)
  (別に‥鬼軍曹風情が居たって良いと思うけどさ、そこからの進展性が脆弱なのら)
  (日常に戻ってこない鬼軍曹なんか、単に戦場の悪鬼だからな)

 (そげな物語色なら、途端に行き詰まるばかりなり‥‥イジメありし日々と変わらねぇ)
 (そこからの復讐反動と変わらねぇ、結果悪意の誕生なだけ‥みたいな)


> てめえなりの水平の確保にしたって、まずはてめえからなり
> (その為には、時には、バトらざるを得ぬ判断も付き纏うなり)



1-3)2

> まずは、何のために戦うの?
> 「守りたいから?」「退屈だから?」「血を見たいから?」


 ‥てめえの立場やら誇りやら取り分を保持したいし
  でも、退屈は嫌だし、たまにはバレない様に誰かの血を見るのもありかな‥とか
  あるある悪意のそもそもが陰謀願望の種なのに、格差社会の流れなのに

  世間の日常では、何かと感度の低い論理展開やらかすのが、陰謀論の否定側なんだから糞!

  (そういう文学からして、物語の進行を謎謎謎で高度に仕立てるばかりでしょう)
  (文学にまで秘守主義を持ち込むのが大好きなんだから、現実ともなれば怪しい限りどえす)
  (文才にそれがあるなら、日常でやらかす才覚だって大いにありきだぉおおおッ)


> その手の文学に影響を受けると、どこかで壊れていくものなり(割れ窓効果)
> という知らなくて好かったのに知ってしまう効果が伴ってあるあるに傾く
> てめえの才能やら、他人の性質やらを見抜けずに、なあなあ主義だと尚更だな
> 心理的にも可能性は低いとして、考えたくないとして、陰謀論の否定しか口にせず(平和ボケ)


 ‥てめえ一人だけの世界にねぇのにどうして否定可能性を前提にできるんだy
  そんなのは、結果悪意上等と騙りに落ちているようなものなり
  (ほどほどに世間を騒がすのも可みたいな症候群なり)
  (消防にしたって警察にしたって検察にしたって、現場が無いと育たないからな)

 (そんなこんなで、誰しも、てめえの退屈しのぎとした認可の方向性の許容に課題ありなのら)
 (商売で稼ぎたいにしたって同類だ、ムリ糞に需要を掘り起こす意味なんて薄いのに)
 (成果成果と、自然界搾取には、人任せだしそいつらはなおざりなんだしクソの連鎖でクズ)


  ‥リアルゲームの中で悪意を演じたい(まぁ許容内かも知れん)
   だが其を切り替えできずに、日常に持ち込んで何でもありだからをやるなら絶対悪なり

  (切り替えできない理由としては、ゲーム内での悪意に対する逆恨みありきを見落としている)
  (向こうが絶対に忘れねぇ仕返ししてやると思えば、切り替えなんて無理、それが辻褄なり)


  ‥頭から悪意を否定する必要も無いが、切り替えできないからとして
   頭から制限を課せば、隠れやらかし=みなし悪意とした社会体制のできあがりだy

  (それでなくても日常世界は、今や、グレーゾーン大好き症候群だからなぁ)
  (そんな世界で潔癖を通そうと志しても、悪意やら殺意とした空気を読み違えり)
  (そんなのは、ほどほどに守りたいだけだからとして、覚悟無き平和ボケにて後悔ありきだz)


> なので、誰しもが「切り替え正義」を心掛けるべきなのら
> でも、社会全体で「ながらスマホ」「飲酒運転」上等あるあるなんだから、終わってゆぅううう


 ‥陰謀論が登場したとて、なんら不思議なし(ここ重要)
  そもそもにして、陰謀なんか、ヒーロー文学での日常茶飯事だz

  (ヒーロー文学大好きなら、既に陰謀論容認側なり、否定出来る余地に無し)
  (だがしかし、解析に掛ければ、普通にただの心理的な症候群なり)

  (やらかしたいとした気持ちを後押しするのも多数決のなれの果て‥みたいな)
  (皆がやってることだからとした「推し」に弱いのも又人類の特徴なのら)


 ‥皆がやってるにしたって、切り替え正義を心掛けているなら全然違ってくる
  だがそんな差は、好奇心やら欲望に駆られていると全然見えちゃいまい(使い捨て感覚なら尚更)

  外から判断しがたいと、「お前は良いお前は駄目」を決めつけているだけにしか見えず
  どうしたって不公平に映り出す

 (要は、その手のズルいとした気持ちを逆転正義やらかしたいのが陰謀の種なのら)



1-3)3

> 切り替え正義なんてな、てめえの尻は、てめえで拭けってだけの話だz


 ‥切り替えできないというなら
 ‥拭いてあげれば良いとか、教育し直せば良いとか‥
 (なんて言い出すのもカルトの入口になってしまうのだから末恐ろしや)


 ‥そもそもにして行政判断で一度でも認めてしまうと、其を担いで常態化しだすだろう
  その後は、切り替えをせずとも良しと言わんばかりの様相は
  どう見たって、楽をしたい悪意の巣窟で、悪性とした不適切ケースでも判断せずなんだから糞!!

  (その手の無能とした集群に未来無し)

  なんでそういう公平性方向にしか公平感を担えてねぇんだy

  (もとい、専門家からの指摘が少なすぎるのも糞)


> 科学の世界で弱者を守るとは、付いて来れない者に負担を要求せずとした空気だy
> だが実際は、負担を要求しまくりで
> 「その様な因果関係は認められません」決め台詞通しなのは「悪意」そのものなり
> (もとい、そこにこそ、陰謀ありきどえす)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:44 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする
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