↓2)記稿.2025/01/08
> 太陽系の公転軌道に位置する惑星は、元から太陽との繋がりを持つと言う
> 親子のような関係やら状態を派閥として扱うと
> 惑星の衛星軌道に捉まる隕石群と捉まらない隕石群との違いとは何だろうか?
‥衛星軌道に捉えられるには
想定内の角度とスピードを保って、浮遊して来る必要がある
条件に合致すると、衛星軌道に静止した様になる
(其は、組織や派閥に入るための条件やら適正に見えてくる)
(但し、加速力が残ってると離脱あり‥それはそれで人工物な可能性あり‥みたいな)
‥とはいえ、その手の隕石やら岩石群が、惑星派閥、太陽系派閥に属さない様に見えても
銀河系を経由する際に、銀河系の影響を帯びるに代わりがない
だが、それを銀河系派閥に属しているとは言い難い
とはいえ、銀河系を抜けられずに、吸収されてしまえば、属したとの解釈も成り立とう
そもそもその手の隕石群の旅とは、何なのだろうか?
地上にも渡り鳥の様な概要があるが、其れのフラクタルなのだろうか?
‥私たちの暮らしにしたって、そういう役回りみたいな暮らし向きの差がある
派閥に属していれば、それだけレールに乗り続ける事に成らん
派閥に属さぬ・せぬならば、隕石群のような旅を余儀なくせん・されん
其を自由とした概要で問うと
惑星派閥に属した方が安定的に見えはするも、隕石群の様な気ままな移動は無理である
どちらが性に合うかとした見方があるのみで
私たちが考える職業選択の自由諸々からして、惑星軌道云々に置き換えるとその程度らしい
> では、そのどちらが性に合うか?‥としたその性は、どこから来たのだろうか?
‥銀河系同士の衝突にしたとて、それは合意だろうか?、それとも不本意だろうか?
片方を「和合」と呼び、片方を「葛藤」と呼ぶにせよ
性に合うか合わないかとした中身でしかない(そこには道理も理性もねぇ)
> もとい、宇宙からして、始めから己に従うことを道理(本能)とするのだろう
> だが、お互いに意思疎通を求めるならば、それはその時点で破綻せり
1-2)1
> 宇宙がなぜ多様性を創造し、意思疎通ありきの旅に出たのかは、そのままに私たちへの問いだ
相手の言い分を慮らずを得ぬも、譲ってばかりは怪しい、それでは「服従」だ
圧倒的な力の差があったなら「依存」にもなろう
向こうが、その様子を見て、てめえに都合の良い様に利用するばかりなら「支配と隷属」だ
‥そこに生じた関係性が、新たな道理になったと言うことらしい
宇宙から見てその関係性が、どのように見えようとも
そもそもは、元から、どこから来たのかさえあやふやな性に基づいた・従ったばかりだろう
つまりは、何であれ、都合の良い様に「自身で書き換えた」事にならん
(ならば、始まりに得ていた性ほど、オリジナルに近しき創造からのプレゼントやも知れん)
‥衛星軌道に捉まってみようか、みまいかと思うのと同じぐらいに
衛星軌道側にも、捕らえてみようかとした思惑もあり、その様な思惑に絡め取られたなら
そりゃまぁ「書き換えられた」との見方も成立するにせよ
‥どちらにせよ馴染む所もあれば、馴染まぬ所も出てくるのだから
それはそれで、オリジナルに深く関わる部分があるとした見方をせざるを得ず
1-2)2
> ところで、自身の馴染むとしているそれのオリジナルの性らしきは、完成品だったろうか?
> それとも、模造品からのスタートだったろうか?(発展中途?)
‥其れの違いになんの価値が有るのかさえ不明なままに
私たち人類の日常の多くは、他者の目を気にする空気の束なりで複雑さを見せるのだ
己に従うことを道理にしたくないかの様なその手の偏りは、とても不思議で謎めいている
(其は、己の本音に従わない方が誰かのせいにできると言わんばかりの偏りのようでもある)
(其れはそのままに、己に従っても大したことがないからとした裏返しのようでもあらん‥)
‥ならば、宇宙も又理由が欲しくて、意思疎通ありきの旅をもたらしたのかも知れん
(計画側の願望の中に過去を知りたいからとした呟きも有るらしいが同じ事だ)
其れがいつの間にやら、フラクタルとした形状を纏いだし
人間界においては、その手の理由欲しさから「誰かのせい」に変質を遂げたのかも知れん
「理由を創造する為の旅?」というのも変な話だが
「モチベーションを得るための経過」といえばその通りかも知れん
> 創造ゆえに、細かいことなどどうでも良くて、ここの文化圏・世界観で遊びたいと思ったら
> 前後の理由など後付けだったりするのだろう(マンガ作りと同じだ)
‥ならば、宇宙そもそもからして、始めから大ざっぱだったに違いねぇ
‥ならば、特定の法則にこだわってまで、其を宇宙の頭から均一に敷きつめてあるとは限らない
‥何はともあれ創造だからな
モチベーションの湧いた所から力が入るという事なのだろう
それならそれで、多様性方向とした創造色にしたとて、後付けありきだろう
それこそ、実験的な様相を含むと見て良い
結果的に、人間の動機にもこだわりを持たせようとしたかのようなフラクタル性を見せるのだ
其は、創造がモチベーションとする宇宙の特定の時間枠に安定性(保全性)を望んだなら
人間にだって、安定を求めたいとした迷いやら欲求が、フラクタルに定着して湧くのだろう
‥そうした経緯から
自己保存やら、誰か任せやら、己とした主体を重視しない人生観が
支配とした関係から紡ぎ出され、結果、定着しだしたのかも知れん
(それはもう、鶏が先か卵が先かなんて頓着もお構いなしの如しだろう)
始まりこそ、そもそもの核となる思惟さえ主体性にて確立していれば
後はそれほど重要でも無いと踏んだのだろう
その何というのか、大ざっぱな尺度は、宇宙のあちこちに見てとれるかの様な話ばかりさ‥
(先送りなんて様相も又、フラクタル性を帯びてそうだからな)
> なら、モチベーションもインスピルーションも創造の立場にて、どこから降りてくるのだろうか?
‥今や人間界のザマァねぇ有り様への対処対応対策とした実情込みにも見えるが‥‥
大ざっぱなんだから、そこにそれほどに、注視しているようにも思えない
それこそ人間の好奇心に恭順していくだけなら、尚更とした中身オチなのだろう
(それはそのままに人間のペースに添わざるを得ぬかのように)
(それはそもままに変わるべきは人間界の方からと決めているかのように)
‥だが結局は、天上界からの変革なり段取りが‥在るようにしか見えて来ない
其は、天上界とした軌道もありの如しだ
仮にそうなら、天上界の予定せる軌道に乗るのがお得にも見えり
軌道に乗るには、乗るための条件やら適性が求められてくる(興味に尽きない話さ)