2025年12月13日

【フラクタル】ポジティブとは何か?ネガティブとは何か?

↓6)記稿.2025/12/13

> 己に、どんなに成長を望もうと、結果としての俯瞰力が高まろうと
> それの情報の肥大化に、己が付いていけなくなる場合をも含め
> 是非の見方が、細かく拡大するだけの話しなり


 ‥そうともなれば
  ポジティブとは、情報に振り回される事なき状態を指し
  ネガティブとは、情報に振り回されてしまう状態を指さむ

  感情に置き換えがちな〈希望,楽しい〉〈絶望,詰まらない〉とした解釈では稚拙なり
  要するに、己を制するに足る〈自然体〉の会得を以て、ポジティブとすべき話しなり

  それにしたとて、想定外やら体調不良やらとしたイレギュラーに見舞われては
  自然体の維持はままならず(動揺)‥‥結果としてネガティブ感情に染まりがちだったりなり

  その際に、どうやって楽しくなろうか‥なんて考えてもしょうがないのは明らかであり
  それでも尚、無理矢理にでも落ち着こうと思ったら
  まずは、己を〈0〉とした状態としての自然体に正すことが先決なり


> 斯様にも、個人時々でさえ‥その制御に‥ある程度の諸々とした経過を要するなら
> 「集団とも成ればどうか?」‥‥として
> 誰か任せの能力主義もといお席主義に丸投げするのではなく、まずは慮るべきにあろう
> (それが全体への祈りに通ずるのであれば尚のことなり)


 ‥必要とされる時間なり期間という奴は
  規模が拡大するほどに、どうしようもなく大きくなってしまうものなり
  なのに‥それらを‥ネガティブにも冒された勢いで、勘違いにも、図々しくも

  「明日にもどうにかして下さい」とした台詞を吐きがちなのだからなぁ(今どきは‥)
  ‥其は効率効率と‥‥いつの間にやら、我慢たる価値観の遠のいてしまった世界観なのら‥‥

   (金貸しの返済要求とも成れば「明日にも返せ」「今すぐ返せ」そのまんまなり)
   (しかも、其れのフラクタルな類似をネガティブとは呼ばずに〈商売〉と呼ぶのだからなぁ)
   (まさに、返済要求慣れした時代のフラクタル脳なり)


  ‥尤も、上のやり取りには、待った有りにも、互いにずる賢く且つ冷静さを醸すも
      下のやり取りにはそんなの無ぇ、且つ感情剥き出しなままのグデグデと化しており
      (それが一般的な空気なのだが‥‥)


> それはそれで、自然体とは何かを‥‥少しでも心得ているような〈胆力〉の差の如くあらん‥‥
>(返済に押し入るにしたって、ズ太くないとできないからなぁ‥‥借りるも逃げるも又然り‥‥)



1-6)1

> ‥そもそもにして‥「己を保つ上での自然体とは何か?」とした問いがあり


  お席に有りつくにも、まずは〈毅然とした冷静さ〉を醸せてなんぼであり
  其を全体で見た際にも、同じ問いが被さり
  ‥それこそ〈自然体〉とした有り様を常日頃から問わずしては
   それの組織内での具体的な共有など、ありゃせぬ
   そうでしかないのなら、被災時やら有事に及んでからあわてる様に
   上から下までアバウトな丸投げ想定ありきでは不備は当然、何も打開策を得られん(脆弱すぎ)

  ‥為政にしたって、ぶっちゃけの専門家頼みだからなぁ(傀儡なら尚更‥)
   「○○として評価されました」とか‥まるで、誰かの意見を採用しました言わんばかりだし
   なぜに「斯様に評価しております」と、てめえの責任認識に整えてから述べんのだろうか??


   ‥基本的な通常の経済でさえ競争対応ばかりで、物事諸々の水準すらまるで見えん
    (その辺の〈自然体〉ってなんじゃらほい?)
    (もはや格差社会の誤定着なのに〈平時〉ってなんじゃらほい?)


> ゆえに、被災時に、即断行動せんとした無能ぶりを垣間見れば見るほどに阿呆らしくもなり
>     有事ともなれば、尚更に思う所に‥危機感を募らせるばかりだろう


  ‥結果マンネリとも成れば、誰彼と、反骨反旗にも、勝手気ままを決め込み
   無駄に自分勝手を〈ポジティブ〉としてやらかすばかりのマンネリなり(自然体も糞もねぇ)

   斯様な勝手自由上等による連鎖が、フラクタルにて禍するのも情報速度に比例するのだから
   それの形成が、貴方任せなサービス多忙社会を‥‥刹那的に強化し続けるに及び‥‥

  問答無用で、プロならてめえの提示した金額で、且つ、納期を守らにゃ成らんとした
  自己責任を圧すばかりで、自然体どころでねぇ

  (仕事の現場で大人対応できたって、家に帰れば死に体だろうからなぁ)
  (其れの何処を、自然体云々と胸を張って掲げられるだろうか?‥‥ふざけんなッや‥‥)


> 〈自然体にある〉とは、竹のような撓りを意味しており
> 時として揺らごうとも、其は、個に起因するばかりに非ず、全体からも影響を受けるなり


 ‥個に起因する程度なら、個々に撓れば良し
  されど、全体に起因したのなら、全体で撓らずしては収束を見ず

  ‥そこを自己責任圧しで、誰かのせいとばかりに棚に上げる集群に未来なんてあるわけねぇ
   そんなだと、誰が上に立っても結果は同じような足の引っ張り合いにしかならん


  ‥そもそも‥
   誰が上に立っても〈結果は最善〉であるべきだと思うのなら
   民主社会なんて要らねぇ、超優秀な王様が長期的にワンマン君臨すればイイ世界観で十分なり

   だがそれは、私達の民主社会とした求めとしては、どちらにしても違うのだ
   ならば、私達の求める民主社会は、失敗ありきが前提なはずであろう‥
   (場合によっては、失敗続きのマンネリも想定内で御座)


  ‥とはいえ、平成に格差が慢性的になり、令和を迎えてから
   誰もそんな事を前提になどしちゃいねぇ(とくに政治に対して)

  (何はともあれ、誰しもが、汚椅子に座りたいが故の仲良しごっこだけにしか見えん)
  (そこまでを民主制度に含めていては、抜本的な改善など有り得ぬ、最低なり)


   ‥というより‥堪忍袋の緒の切れる限界まで悠長に我慢できるというのも変な話だ
    もとい、そこまで我慢しきれるなら、それはそれで〈奴隷社会〉とさして変わらん話だ
    「だって、同じ事じゃないか!」‥‥同じだから、諦めが前提に覆い被さるばかりなり‥‥

   ‥‥上層の〈下層への見下しぷっり感〉と言い、吸い上げ〈搾取根性〉はそれであろう‥‥
     更に中間管理層ともなれば
     民主社会空気とした〈下層からの突き上げっぷり〉も又不可解な様相を呈するばかりなり

    ‥時代は、いつの間にやら
     上から下まで〈サービス依存〉とした体質なのら(そういう中身なり)


   ‥一方で、何はともあれ、格好つけたい許容にて
    中間管理層ほど「それなりには依存されたい」とも思っておろう
    (商売としても、頼っていただいて‥なんぼだからなぁ)

    結果的に、自分がスキルアップして行くほどに(‥してしまったならしてしまったで‥)
    サービス依存ゆえの依頼増加を引き受けざるを得ぬ立場となり、慢性的な過労を誘うなり

   (何はともあれ、儲かりたい輩ほど、徹底的なサービス依存・無駄の削減思考だからなぁ)
   (何はともあれ、楽しみだけで埋め尽くしたい輩も又、徹底的なサービス依存だからなぁ)
   (それでいて、どちらも雇用を含めたコストダウン推しだからなぁ)

   (それでいて、競争主義からのトップダウン期待ありきが又、依存体質な部下目線だからなぁ)
   (こちらも又、いつでも上司に放り投げたいと思っていたりするからなぁ)
   (給金が下がるほどに、給料分の仕事とは〈命令待機〉なり‥みたいな)

    ‥結果、中間管理立場とした〈地獄〉を醸すなり‥


> どう想像したって、かつて昭和と平成とで、中間管理層の空気は全く違ってたはず‥なのら
> つまり、中間管理層の空気は変えられるなり(無論、互いに理解し合えば‥だが)
> (曽ては、其を〈護送船団方式〉などと呼びにけり)



1-6)2

> そもそも全体に向けられるべき〈自然体〉とは、正しく判断できるとした中身を含むのが筋で
> 誰か任せのままに「いつかはきっと良くなるのだぁ」と自分を含めて誰かを縛ることでは無い


 ‥そこの違いを理解して〈競争過多×サービス依存〉を正せぬ集群に、ポジティブも糞もねぇ
  とはいえ〈集中と選択〉の結果、何がどう大衆にウケるかは〈混沌で自由〉だからなぁ

  そして、そげな混沌からだろうと〈光〉を見出したのなら、それはそれで〈是〉なのだろう

  だがしかし、〈散乱した光〉は好まれん、〈一点に集中しすぎた光〉も好まれん
  なのだから結局は、大局観としてのバランス(自然体)を意識せざるを得ず



1-6)3

> 話が少し飛躍するのだが
> この世界がバーチャルだと定義すると、実在をどのように定義すべきだろうか?


 ‥そこの解釈ですらアバウトで御座‥
  (精神世界情報からしてその程度、言葉を濁しまくってるで御座)

  例えば、人の脳から観察できる情報統合の〈算出結果像〉と
      〈実在世界〉とを比較した際に、どれほどに類似してあるか?
      それの間にどれほどの誤差が見られるか?

  それの誤差の開きが大きければ大きい程に、世の中は、正される事なき混乱を続けるだろう‥

   ‥だってそうだろう
    誰も注目していないことには情報が無いのだから、ネット情報とも成れば尚更なのだ
   ‥であれば、全人類の脳みそ情報を統合しようと、足りん物は足りんとして
    世界像の歪みしかもたらされん‥‥そういう意味では天才なんざ存在せん‥‥
    (神だろうと、人の目を頼みに情報を集めてるようなもんらしいからなぁ)

    (なら、それの不足を誰が補正してくれるってんだよ?)
    (管理側が、常に計画に沿って手を加えてるばかりなら、成果なんか無ぇ話しなり)

   (私達の担う情報でその程度なら、AIにしたって高が知れていよう)
   (そもそもの解析提示のデータからして、全体像を見通せるだけの多様性に欠くのだからなぁ)


> つまり、私達側からすると、感情にてポジティブにあれば良いとか
> あとは神様の判断で〈良かれ事象〉が施されるのだぁとかなんとか‥‥何の意味もねぇ‥‥


  ‥其を、自己責任ぽく解釈すれば
   私達の側からすると〈失敗策〉と考えざるを得ぬ話になるも‥
   実験側からすると、それは〈失敗作〉に見えてこよう

   ‥誰彼の脳みその中身をかち割ってみても
    裏付け無きポジティブだらけ(お花畑)ともなると
    それぞれのピースを組み合わせても、誤差無き〈算出結果像〉の完成には程遠い話にならん


  ‥そこで、実験側がどのような改善措置を下すのかというと
   それこそが、ヒューマノイドとした性能における改良型やら新型を(時には劣化型を)
   現実のすき間に投入せる話になっておるらしい(並行宇宙)

   つまり、人類の互いの思考の違いを過度にして(例えば、何でもかんでも二極化タイプの用意)
       見え方の違いを醸し出して、観察せる現実の幅を拡張してみよう作戦に及ぶのだ

       互いの脳みそ間で、好奇心の強さが異なる事で、扱うテーマが異なる事で
       見えてくる現実に対して必要とすべき概要が多様化せる視界を得るだろう大作戦なり


  (そもそもにして、魂を肉体に押し込むだけで、二極性の拡張を見るのだという‥‥)
  (其は人格の多重化として感じられるらしく、其れの飛躍としての二元性宇宙であり)
  (であれば、ガキの頃に学びし善悪価値など‥己の成長に合わせて着られなくなった衣類の如し)

  ‥‥其を平たく述べれば‥‥
    陰謀台詞に見がちな「お前らの善悪価値になんか付き合ってられるかッ!」なのら
    それはそれで、偏って育とうと‥大きく成った‥のだろうけれど

   ‥とはいえ、支持を得られずんば椅子を得ず‥なり
    とはいえ、てめえのターンを得られずにグズる其を〈自然体〉とは呼べず
    なかなかどうして、結果的には、一人一人の声の集大成は、侮れん流れを誘うなり


> 無論それは‥管理側の都合というか、人類側での詳細な理解の足しにすべき中身なのだが‥
> 但し、副作用として、自分たちの言い分を曲げる気が無い事案が登場することになり
> 互いにそこのクリアー無くして、その先の統合による改善もままならぬ話しなり


 ‥‥そういう意味で問うと‥‥
   私達の現実における誰もがやらかしたき〈集中と選択〉からの混乱が
   実験側の想定内に収まるなら、制御できているのだろう

  だが、其を面白くないとした沙汰がある様なら、更なる実験の延長を強いられん
  (そりゃまぁ想定内でしか無いともなると、その先の可能性を期待できんからなぁ)
  (良い意味で、想定を超えてくれないと〈躍動感〉とした感動を得られんからなぁ) 


> 其は、私達の目指すべき方向が、公平なる民主社会であって
> 超優秀な神様頼み、王様頼みに非ずともなれば、当然の理解なり


 ‥そこをすり替えているのも、〈集中と選択〉が利権で握られており
  御為ごかしにも、過度な競争社会に偽装して、如何にも〈自由あり〉に思い込ませている点なり

 (それにしたとて人類の側が〈自然体〉を欠く様なら、誰ぞ制御せなぁあかん‥‥次第だった‥‥)
  (その際の改善では、まず、お手本を見せないとならない段階だった‥)
  (次第に聖人君主が降りて来んようになると、自分たちでやらざるを得なくなった‥)

  (そこで議題になるのが、決定権の在り方なり)
  (決定権を握ると、誰しもは、どういうわけか暴走するパターンを歩むらしい)



1-6)4

> では問おう、公平やら平等とは何だろうか?
> (決定権において暴走していない状態とは、そういう意味であろうからなぁ)


 ‥だが、私達のそれは、とても〈粒子観〉に縛られにけり
  右も左も同じで無ければならないとした、公平やら平等観とした思いこみを
  斯様に表現することが可能だ‥

  (勝者による上層支配構造にしたとて同質であろう)
    誰か主を戴くようなそれは、主の命令に逆らっては成らないとした言い分であり
    同じく、右も左も同じで無ければならない思考に陥りがちなり
    反するような前例があっては成らない‥‥とした見方は特に其れであろう


 ‥でも実際は、自由選択できてなんぼであり、選択できるべきであり
  それの選択の自由を〈量子観〉として表現することが可能だ

  然れど、何事も普通気ままになど選択できん
  (基本として、自分の意志は、自分でやり遂げなければ、自分のモノにはならん)
  (自分のモノになって居らんからこそ、俺のターンに及ばぬなり)
  (ゆえに、自分の意志を中途で放り出すなどと言う選択肢が〈量子観〉には無い)


  ‥自然現象任せの風任せで良いのなら、意思の介入を伴わぬ了承の如きなのだから
   其を〈自由〉などと表現する方が、おこがましいばかりなり
   (残念な事に、人類の大半の自由観はその範疇らしい)
   (車窓からの流れる景色を見て、何となくの自由を思い浮かべるのに等しき程度の児戯なり)


  ‥‥ゆえに、てめえの望みに対して‥‥
    脳内に、身体にこびり付くほどに、刷り込ませる上での積み重ねが欠かせず
    それこそが自由意志とした組立であり
    意志ある行為を誇示し続ける事で、漸くにして、それが現実に投影を見せ

   確固たる現象構造とした可能性を有することを以て〈公平〉〈平等〉と定義してあるのなら‥

    互いに、勝者自由などと抜かして居るような世界観では
    他者の可能性を吸い上げるばかりで、まるで成っておらん話しなり
    (確かに、不公平きわまりなき虐げを見る内は、まだまだなり)


  ‥‥然れど‥‥

    現象に伴う表裏やら奥行きやら立体感を理解する上での、多様性の用ともなれば
    誰しもに〈量子観〉としての主張を、了承すべきが基本でもあり
    勝者正義とて許容されて来たのであろう
    (知らないのなら、理解できないのなら、馬鹿みたいに放置プレイに据えるしかあるまい)

   ‥だが、今や、私達の選択方向は、民主社会と定めてあるからこそ
    何かと類似した形式に関しては、協力して頂きたいとして
    願い出を前提にした〈民主制〉〈合議制〉とした解釈に落ち着いておるはずなのだが‥

    ‥未だに表面的な見方の定番である〈力こそ正義〉の声の薄まるところ無し
     (少数意見にまで回せる予算は無いのだから、握りつぶしてしまえば良い‥‥みたいな)
     (其れ派閥に準ずるような偏向報道ありき‥‥みたいな)


   ‥更に、過去の合議が、いつまでも都合勝手にも採用されるままとあっては
    自然体とした意味合いとしては杜撰なり
    (どうしたって〈民主社会〉としては、一択な粒子観にしか見えんからなぁ)


> どうして過去の合議が、いつまでも無期限採用なの?(より細かく改善を見せんの?)
> それ民主社会じゃありませんから‥‥宗教ですから、派閥の独善ですから‥‥


 ‥その手の〈粒子観〉から全体に不都合が認知されてきたなら、〈量子観〉とした改善は当然なり
  (そこに、勝者論理など無し‥‥そう考えるべきも民主社会なり‥‥)

  ‥例え平和にあれど、その平和とて
   同じブランド食品の味が同じように見えれども、その裏では
   いつも同じに思える味付けに整って思えるだけで
   実は、同じでは無いとした創意工夫に満ちて在り‥みたいな方向性なのら(他に何があろう?)


  (どうしたって、自然体からのポジティブ思考とは、そげな変化ありきを醸すなり)



1-6)5

> 民族観(文化交流)でのネガポジともなると、また異なった見方あり


 ‥例えば、頭ごなしの侵略は、仕掛ける方からすれば、ポジティブかも知れん
      だが、される方からすればネガティブ含みで賛否の分かれる所なり

  其を経済競争に並べ立てれば、外から文化が否応なしに応酬せる話しで
  (遺伝子改良品種とか、放射能汚染食材とか、不公平な取引品目とか)

  通常なら一方的な押しつけなどあり得ないにもかかわらず
  儲かる音頭で圧せ圧せなのが資本の論理で、大抵が上層からの推しであり

  とはいえ、其れ其れで、是非を問うべきテーマとして認知されるにせよ
       流行り廃れありきで、気にしすぎる空気に薄くもあり
       大半が無頓着にあるも、侵略目的としたやり方には、まだまだ別の手法の隠れにけり


> ‥例えば、国際結婚はどうだろうか?
>      双方共に祝うべき空気を醸し、ポジティブにしか見えん


  ‥だが、国際結婚なんてモノは、上層の文化であり
      そのままに格差を醸しており、上層層からの押売の如し

      下層からしてみれば、いつの間にやらの上層層の推しで、押しやられており
      中には憧れる者らも続出し、骨抜きにて、ほだされており
      昔ながらの地場文化を邪魔者扱いにし出したりして
      次第次第に押しやられ、すっかり入れ替わっていたりしよう

     時代経過を知らん世代からすれば「其れが何か?」として
     昔がどうだったかなど、1ミリとて無かったことにだって成らん
     (明治以来の国際結婚話を華やかに見せようとて、中身は格差なり)


  ‥だがそれに対して誰も文句を付けられん、まさに〈正攻法〉ゆえに
   どうして〈正攻法〉に見えるのかを問うても
   まずは己を贄にしてまで、異文化のすき間に入り込んでおろう
   移り住んだ土地で身を埋めるのであれば、それはどう見たとて基本形なり、自然体なり
   (そうにもなっては、本音と建前の区別などどうでもイイのだ)

   つまり、格差として上から順繰りに国際化が進み、資本の論理で固めてしまうのであれば
   下層層からしてみれば、いつの間にやらの話しに陥るばかりなり
   (なにはともあれ、置いてきぼりの不公平だらけなんだからなぁ)


> だが、是な手法にはタネがあり、其は、資本の流れを司る所からの思惑ありきなり(優遇格差)
> 曽て日本には毛唐を嫌う空気があり、戦前においてはなかなか浸透する所が無かった(差別格差)


 ‥だかしかし、兌換紙幣から始まった資本主義以前には、その手の手法は、なかなか実らず
  一番に手っ取り早かったのが〈宗教〉に依る地場丸ごとの乗っ取りだった

  こちらは、下層層から忍びより
  下層からの支持を仰ぐことで、その土地土地の領主を陥落せり
  (改宗した貴族の派閥にしたって、大衆支持がまるで無いのでは動けないからなぁ)

  そして、何やら知らんうちに、宗教を背景にした戦争が勃発するのがパターンで御座
  なぜそうだったかを一言で申せば、領主の多くは、国王に忠誠を誓っているのであり
  外から入ってきた宗教の神に忠誠を誓うところに無かったからだ


  ‥それはそれで、国王が心変わりしてしまえば、問答無用で改宗せざるを得ないわけだが
   その手の事例に薄いのも、ローマ帝国とした基板にて改宗した経緯からなり
   (多神教から一神教に、皇帝が鞍替えしてしまっては、誰も逆らえん)

  (で、その手の宗教が、世界的な拡大を目指して、後々に鉄炮をセットで送り込む‥)
  (まさに特定の派閥が、世界制覇を夢見て目指した果ての謀なり)
  (その手の一族やら派閥の野望を遡ると‥‥アトランティスとか当たり前に出てくる‥‥)
  (更に遡ると切りがねぇ話で御座‥どうでもイイ昔にまで遡ると〈心理学×サバイブ〉なり‥)


  ※ 陰謀論などと言う特異が出現するに非ず
    善悪観の拡張のなれの果てのやっちまえ策ありきなり
    (てめえの好奇心の上昇に蓋をできんからなぁ)
    (ぶっちゃけ、陰謀表現自体が、特定な幅で差別用語しちゃってるオチなのら)
  (尤も、差別上等やらかしてきているのはアチラなんだから、当然の当てはめなのら)



1-6)6

> 日本にしたとて、敗戦後に、昭和天皇からコソッとキリスト教に改宗したらしく(噂:命乞い)
> (多神教神道も糞もねぇ、何が何だかアバウトで草)


 ‥そうだった‥からなのか
  一気にパン文化が流行り、肉食は当たり前となり、一穴主義とした誓約が当然となり
  飲料にしたって、いつの間にやらのコーヒー派ばかりに及ぶなり
  (もはや、それ以前の日本食文化など誰も知らん‥「それ、美味しいんですか?」みたいな)

  クリスマスとか、バレンタインデーとか、果てはハロウィーンとか
  「もう、どこの国ですか?」って感じの戦後JAPANなのら

  まぁそもそもの昔からの風習にしたって、輸入ありきなわけで
  上層からの下層に流れるばかりのどっちらけにあっただろうし
  俯瞰するに、地球という枠で考えざるを得ずな訳で

  ‥‥「民族枠って何?」と思わざるを得ず所なのだが‥‥


  ‥それ以前の話しを盛ると、オランダとの交易で
   西洋の奴隷文化の産物なる精製砂糖の入り込みにけり

   結果、和洋折衷とした小豆甘味の誕生せる話なのだが
   一方で、カステラやら金平糖は、なぜか藩主の認可というか太鼓判というか
   暗黙の了承の如く地場の特産扱いで、今時代の様に見よう見まねをする所が無かったらしい
   (まぁ食材の調達に難が有ったと言えば有ったのかも知れんけどな)


> ここで何を申し上げたいのかというと
> 文化浸透のペースが遅いと、遅いなりのペースで文化が育成され、形成され
> 大衆からの抵抗を抱かれる懸念が薄いのである


 ‥其を自然体として扱おうなら、それはそれで、効率とか利便性とか‥理由としては薄くならん
  然れど、今どきなら、文化の礎として団体の立ち上げありきだから〈信教の自由〉
  その手の自由を駄目とは問えず、立ち上げた側の主体性任せに陥りがちなり

  独占禁止法云々とした視点からも、後から別の団体が同じジャンルで立ち上げたとて問題なし

  そういう文化色がどこから始まっているかなど、どうでもイイ空気なり
  どこの国の発祥とか関係なしに「地球発ですから」と言わんばかりなり
  (とはいえ、〈国内発〉〈国外発〉とした差には敏感だからなぁ)


> ゆえに、正しく〈広義な自然体〉を得ようとしたら、正しく歴史を識らねばならん


 ‥そもそも、歴史の隠蔽やら改竄とした文化色は
  民主社会を目指すなら、尚のこと相応しいことでは無い

  曽てにおいて、其を勝者側が強要してきたからとて
  今更ながらに、其れの蓄積を隠し通すなど、以ての外であり

  (其の様な態度は、人類から自然体を搾取し続けるに通ずており、最悪の愚なり)
  (自然体を得られぬ所に、ポジティブなど無いのだッ!!!)

  (他者から自然体を搾取せる所の反作用として、汝も又、自然体を得られやせん)
  (其れこそが〈芯にネガティブ〉なのであり、闇への道程なり)


> ひっくり返せば〈シン・ポジティブ〉なんだろうけど‥‥多くが其を知らん‥‥
> (それで、多数決こそ民主主義とか、敗北しか知らん民主社会に‥‥意味有るの?‥‥)
> (そのままでも上等と思い込んでるなら、泥沼にすぎてあり‥‥)



posted by 木田舎滝布麓 at 09:34 | Comment(0) | 日記/2025 | 更新情報をチェックする
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