2014年08月01日

【論点】{本能}>{理性}でないと生命は機能しない

1-5)記稿.2015/08/01
 人間性としては、本能より理性が優っていた方が良さそうだが、
 それでも、本能と理性に、大きな違いなんか無いのだ。


> 違いに差があるとすれば、それをもたらしている因にこそ焦点を当てるべきである。


 そこで、本能にしろ、理性にしろ、
 何らかのスイッチが入ることで機能するという定義をしてみよう。
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2014年07月27日

[刮目]参勤交代と観光推進に共通した落とし穴

1-3)記稿.2014/07/27
 参勤交代を課せられたことで、藩財政に莫大な負担がのし掛かり、
 結果として、武士の台所は火の車となり、権勢は商人より下に位置する羽目になった。

 一方、効能としては、

 街道整備がそれなりに進み、それに応じた活性化が進んだとして語られるが、
 商人には権限がなかったのだから、本格的な整備などされているわけがない。
 ‥だからそんな現代的な評価は半分妄想と言える。

 そもそもの藩にしたところで、トンネル一つ幕府の許可無くして、
 勝手に掘ることなど許されていなかったのである。

 ‥それと

 武士階級の中での方言言葉の壁が薄れていたとの意見もあるが、
 商人のレベルで考えれば、そんなのは端から勘違いの論だ。
 その国と付き合うのにその国の言葉を使うのは商売の基本である。
 ‥武士文化を基準にした見解は、武士の未熟を自慢しているだけの論にしかならない。


> これら勘違いの評価は、観光推進にも言えることである。
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2014年07月26日

[刮目]勝利への盲点

1-3)記稿.2014/07/26
 競争の場合、攻撃は最大の防御に成り得るが、
 共生の場合、弱いところから着目していかないと生(な)らない。

 競争だから、自分の強みを生かして生き残ろうとするのは当然。
 その上で尚、相手の弱いところからつけ込むのは当然。
 ‥単純なゲームでさえ、そうしないと勝てない。


> ならば、共生社会の場合


 弱いところから着目していかないと、とてもとても全体において成り立つものではない。
 つまり、弱いところから攻める論理と同じと言うことだ。
 強いところを身勝手にも鍛えたり、温存しようとするのは、共生社会の視点ではない。
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2014年07月04日

[疑問]米艦の防護

記稿.2014/07/04


 集団的自衛権の記事を見ていて、
 「米艦の防護」の文言が気になった。


> 米軍のスポンサーはもはや日本だから、米軍の艦船は日本の所属‥


 何となくそんな空気を感じられなくもない。
 その一方で、ジャパンハンドラーとしては、


> ‥作戦権はこちらにある、だから、日本の集団的自衛権として“NO”を言うことは許さない。


 と言うふうな解釈の可能性を疑わざるを得ない。
 そもそもにして、指揮権について一言も口にしていない。
 集団的自衛権は、一度口にしたら、撤回はできない、断らない‥それが前提みたいじゃないか。

 それって、米軍のポチとして自衛隊が行動します宣言ってことですか?

 ‥日本を取り戻すんじゃなかったんですか?
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2014年06月25日

[説才]俺的633制改革案→464制&大学は専攻のみ

1-3)記稿.2014/06/25
 10歳年齢までを初等教育(男女共学)
 11歳年齢から16才年齢までを中等教育(男女別学)
 17才年齢から20才年齢までを高等教育(男女共学)


 中等教育は男女別々とし、クラス分けを成績順とする。
 成績順とすることで、成績の下のクラスに対して教師増にして教える体制を組む。
 上のクラスほど手間が掛からないので、クラス単位で教員配置に緩急制度を設けることが可能。

 当然、教師は上のクラスと下のクラスとで同じ授業をするような馬鹿はできない。
 ‥どちら共に工夫が求められるので、その工夫を共有することで教員の質の低下を防止する。


 高等教育の内容は、大学教養課程内容までを含むとする。
 ここからは飛び級を認める単位制とし、大学は専攻コースのみで済ませることが可能になる。

 このような状況が現れると、
 大学は学校単位で選ぶ時代から、教授との師弟関係を得るのが流れになる。
 ‥そうなると、どの研究室に入るかが大学に行く名目になる。
 ‥ブログの項目に、教授なる項目が登場してもおかしくない。
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2014年06月24日

[説才]競争社会におけるあれやこれやな心理を簡潔に斬る

1-4)記稿.2014/06/24
 発情期も含めて、SEXにエクスタシーが発生しなかったら、
 誰もSEXに興味なんか持たないだろう。

 赤ん坊がカワイイと思う認識がまるで成り立たなかったら、
 誰も子作りになんか励まないだろう。


> ‥それこそ、労働力の確保だけが目的みたいじゃないか。


 競争社会なんだから、ライバルは少ない方が良い。
 そういう意味では、人口は少ないに限る。
 ‥ただ、売り上げ的には人口は多いに越したことはない。

 そこで、

 始めこそ誰もが必要な物を積極的に消費するにせよ、
 そのうち飽きがきて、溜め込むことに精を出すようになる。
 なぜなら、経済は金融中心主義だし、競争に終わりは無いし、
 拒否権(あなたの世話にならなくてもやってけます)を手にできた方がいくらかマシである。
 ‥だから、二つを掛け合わせた理屈から、自然と溜め込む流れが生ずるのである。

 人口が多い→需要はある。
 デフレ経済下での勝ち負け二極化→ライバル減少の傾向。

 結局、薄利多売が流れになり、デフレ傾向をみんなで抱え込むのが落ちとなる。
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2014年06月23日

[説才]愛・奪・恥は三つ巴の視点

1-6)記稿.2014/06/23
 世界の宗教的倫理として、与えることは正しく、奪うことは罪であるとの認知がされている。
 異論を唱えるつもりは無いが、逆の概念が存在していることは否定できない。
 ‥逆と言っても成否の逆では無い。心境の逆である。


> 与えられることは恥であり、奪うことはさらに恥である‥


 なぜ、このような恥の概念があるのかと言えば、
 それは自立が念頭にあるからであり、
 その地盤には、生きとし生けるものの共存と敬いがあるからだ。
 ‥これこそが古神道であり、世界の宗教とはまったく異なる民族性を育んできた。
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2014年06月21日

[説才]危機感&季節感が無いと和する気持ちは持続形成しない!?

1-5)記稿.2014/06/21
 危機感‥それは、いつ起こるかわからないと言うこと。
 わからないからこそ、常在戦場として警戒せざるを得ない。

 しかし、わからないからこそ、
 お手上げで、協力する気にも努力する気にもならない。
 ‥そういった心理的側面も募ろうか。


> では、季節感はどうだろうか?


 同じ備えるにしても、ある程度予想ができると
 なんだかんだと、進んで協力する気にもなるものだ。
 ‥それでも、苦労は付きまとうわけだから、根気が求められることに変わりはない。
 ‥それゆえ、同じ苦労をする上での選択肢で言い合う側面を持つ。
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2014年06月18日

[説才]大和の和VS.蝦夷の和

1-4)記稿.2014/06/18
 日本人の和と言えども、その性質にはそれぞれの違いというものがある。
 大きく分けると西と東ということになるだろうか‥

 否否、
 雪の降る地域と降らない地域との生活習慣の違いから生まれて来たことになるだろうか‥

 もう少し科学的にDNAの差を上げようなら、
 住む場所の好みがそのままにDNAの適正‥即ち、好き嫌いの差として別れ、
 風土の差によって、さらに感性の差を生み出して来たことになるだろうか‥

 ‥それにしても、民族として大きく異なる訳では無い。
 そう思ってみようとも、違うものは違うのである。
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2014年06月02日

【刮目】あなたは統治思考?それとも支配思考?

1-5)記稿.2014/06/02
 例えば、あなたがドラゴンボールに願いを唱えるとして、
 自分の事ばかりが思い浮かんでくるようなら、
 あなたは間違いなく、覇道≒支配思考である。

 一方、そうではなく、

 「願うなら、万民の幸せを‥」
 「生きとし生けるものの安寧を‥」などと、スッと出てくるようなら、
 恥じることなく王道≒統治思考と言えるだろうか。


> 自由自由と自由が飛び交う時代において、


 いつの間にか、支配者と同じ思考に陥っているという恥を、
 どうか考え直してもらいたい。
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