2023年09月22日

【ザ・終末来】終末期の終末の意味が「カルマ刈り取らせ大会」だった

記稿.2023/09/22

> と言うことなので
> 二重スリットウイルスが先か‥2025年7月が先か‥


 ‥それは、2025年7月が先になるどえす
 その後で、ダメ押しで使用される確率が高いでしょう

 それは、ガ島に送られて奇跡の生還を果たした後に
 インパール作戦に送られたとか
 半島に送られて、あれよあれよとシベリア送りに相成りましたみたいな情勢でしょう
 (広島と長崎で二重被爆したのとどっちが残念でしょうみたいな)

 (日本の土の上で死ねるなら‥そりゃもう答えなんか決まっとりまんがな)


> 二重スリットウイルスの効果の効き方が、各人のカルマの濃さ薄さに反応するそうです
> なので、まずは国のカルマを少しでも刈り取って減らさないと諸々とアウトみたいな流れどえす


 国のカルマが重い情勢で、二重スリットウイルスをばら撒かれると
 それこそ不合格よりに判定されるままに、挽回のよすがを失います

 元々の世界の善悪が、49:51とまでは言わないけれど
 悪の方をちびっと濃く設定してあるとの事なので、どうしたって、最終的な補正をせなあかん

 (つまり、そういう実験というか、体験ゲームというか、終末ルールだった)


 ‥魂選びとしては50:50に寄せたいのが公平視線なわけですが
 それがジャッジを担当する神のこだわりなのですが、とてもとてもそんな情勢にはありません

 (じゃないと無理ゲーをやらせていたとの汚点しか残せませんからね)


> まぁ早い話、4人に3人は、想定以上にエゴが濃い人柄に陥っている情勢です 


 カルマと聞いて個人のそれを連想される方が多いと思いますが
 地球史のカルマ
 国家のカルマ
 民族のカルマ
 地域のカルマ
 先祖のカルマ
 家系のカルマ
 業界のカルマなんてのもあるどえす

 まぁ基本は、集合魂としたカルマ(私とした基礎カルマ)を薄くすることなんですが

 どうやると薄くなるのかというと、正しく生きる事に成ってます
 この正しく生きるというのが今のご時世だと
 「何が正しいのですか?」
 と聞いて確認しないと判らないぐらいに怪しい情勢になっています


> そもそもの、幸福の追求なんて考え方が違うわけですよ
> なにが違うのかって言うと、個々それぞれの追及に成り下がっている点どえす


 もう、そういうのは、カルマを濃くしているだけなんで、なんの役にも立ちません
 それは、資本社会とした様式に統一されていて、改善できない仕組みに置き換わっている下りです

 会社の利益、投資家の利益云々追及したって
 椅子取りゲームなんですから、競争し合えばし合うほどに、不幸しか形成しません
 (今の世界全体での社会の情勢そのままです)


> まぁぶっちゃけ、カルマを薄くする流れに乗ってるか否かでしょう


 ‥それ以上に考えても、無駄にノイローゼにハマりそうですからね
 今更病んでみたって何の意味も無い、今更なら‥「詰んデレ」ぐらいの構えでしょう



posted by 木田舎滝ゆる里 at 02:40 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年09月20日

【ザ・終末来】二重スリットウイルスが先か‥2025年7月が先か‥

記稿.2023/09/20

> まだまだ説明を聞いてる中途なんだけど
> こちら側の宇宙人とあちら側の宇宙人とで二重スリットウイルスの睨み合いなんだとか‥??


 ‥「二重スリットウイルス」ってのは著生が名付けた名称です
 (マンガのネタとしてもインパクトありありで良さげでしょう)

 完全覚醒する確率も有すれば、毒を毒のままに煽って苦しんで死ぬ確率も有するという
 何だかよく解らないニュートリノレベルでウイルス的操作をやらかす劇薬だそうです


 ‥まさに、魂の選別どえす(強制モード)
 それを両方の陣営で準備してスタンバってるそうです(へぇ〜)

 (どうにも核兵器の抑止力としたみたいな睨み合いですよね)
 (達人同士の太刀筋の応酬としては、先に仕掛けた方が負けるみたいな阿吽もありえそう‥??)


> 終末期も深まり見どころも増えてきました‥(あんたどんだけ終末世界見てきたんだよ)


 いやいやいや、ノストラダムスの大予言どころじゃないよ
 2025年7月予言どころでもないよ

 おちょこに半分ぐらいの量で、地上のどこぞに垂らした瞬間に
 全人類の日常が震撼するというあら不思議‥とかなんとか


> なんでもその結果、遺伝子が造り替えられるという
> まぁイメージは、「仮面ライダーTHE NEXT」辺りなんでしょうね


 ※「仮面ライダーTHE NEXT」は、映画「仮面ライダー THE FIRST」の続編です
 過激すぎるので
 51分以降の風見志郎役が、ナノロボットで改造済みになる場面だけを見聞するのが適当かと‥


 (‥ヱ?、まじそんな終末が訪れるんですか?‥みたいな)
 (‥ヱ?、太陽系も店じまいって‥地球実験終了みたいな)

 (いやぁどうせなら、正義のヒーローに仕上がりたい‥ですよネ)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:23 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年09月16日

【生老病死】生の苦しみって具体的に何?

記稿.2023/09/16

> ズバリ、しがらみとした流れのことを指しているのでしょう


 ‥八正道の@正見(正しい見解)、A正思惟(正しい決意)、B正語(正しい言葉)
 とした中身自体が、人間関係でトラブルを生まない為のポイントを述べている‥みたいな

 さらに、 C正業(正しい行為)、D正命 (正しい生活)、E正精進(正しい努力)
 なんてのは、「あなたは何がしたいですか?」とした問い掛けに聞こえなくもない

 さらに、F正念(正しい思念)、G正定(正しい瞑想)
 なんてのは、「あなたの理想はどこを目指していますか?」なんてツッコミだろう


> 「生」の苦しみと「死」の苦しみが両天秤で等しい扱いなら
> 死後の世界にもしがらみが有るどえす(逃れられないフラクタル構造どえむ)


 ‥だがこれは、現代人が俯瞰した場合の仏教観だ
 昔に仏門に入って修行してとしたセオリーで眺めると、混濁した意見としてツッコまれるだろう


> ところで、釈迦はいつから派閥苦、組織苦に悩んだのだろうか?


 王子の頃から、「また戦争やってるよ馬鹿なんじゃねぇの」などと思うお子様だったのだろうか?
 それだったら、しおらしく‥師を求めてあちこち尋ねたりしたのはなぜだろうか?
 まぁ王宮暮らしが億劫だった向きは見られるにせよ、結婚もしたし子も居たしで
 なんだかんだと、周りの空気に流されているというか、座り込んでいた様に思われる

 でも、全部投げ出して、独学を始めたわけである
 (実際には、霊が降りてきて教えも受けたのだから‥其を終わりまで独学だったとは言わねぇ)


 ‥現代人からすると、馬が合わない・反りが合わないからそうせざるを得ない選択肢
 に見えるのだろうけど、純粋な探究心に突き動かされている人に
 派閥苦も組織苦も、とくに気に留めてなんか無い(関係ない)


> では、いつ頃から「生老病死」を唱えたのだろうか?


 これには、正しい死の概念として、あの世に付いての理解を得ないと
 只の妄想・願望・偏見とした見方になるばかりなのだから
 修行も進んで、理解を得た後と予想する


 「改めて俯瞰すると、生きるのってこんなに苦しんだ、ハードなんだなぁ」とかなんとか


 (そして、それには確かな裏付けとした事象が潜んであった‥)
 (宇宙の歴史はそれこそ糞糞糞でどうしようもない実際だった‥みたいな)


> だが仏陀として、「人生とは本来楽しいはずのものなんだ」
> ‥なんて言ったのか言ってないのか‥


 謎めいて紹介されてあるのが、「仏国土」概念である
 (そうに語っていないなんて不可解なだけどえむ)

 そもそもにして、仏国土の到来を叫んでいたのが大乗仏教くさいわけだし
 そっちに嗜好が傾いていると、どうしたって
 座禅とした修行なんて、すっとこどっこいべらんめえだったはず‥

 だがしかし、そんな話は1ミリも聞いた試しがねぇ
 結局は、派閥割れした所の大乗なわけだから、弟子達こそ、派閥苦・組織苦を抱えざるを得ない


> そしていつのまにか、仏国土とした概要だけが一人歩きする所となり
> 悟りさえすれば入れる極楽とした概念にすり替えられたくさいと‥
> (それの劣化恐怖終末強調版として登場してきたのがキリスト教だったくさいと‥)


 ‥折角、「生老病死」と唱えられてあるのだから
 悟れなければ、それはそれで地獄に片足も同然なんだし
 「本来、人生は素晴らしい」だなんて教えなくても良いじゃないか‥みたいな

 (バラモン教=カースト制度社会でもあったわけだし)

 (私たちは、そういう糞な端折りをやらかす不誠実な世界に生きざるを得なかったという下り)


> 端折りをやらかせばやらかすほどカルマが歴史算として巨大化し
> それの解消として、日々、トラブルまみれの対処・対応・対策に振り回されるどえむ
> それにしたって、やってる感だけの組織もあるあるなので、カルマは増える一方どえす


 (著生は、カルマとは、世界樹本来の絵図(実りたる味わい)から逸れる事だと思ってます)
 (諸々悩ましくなることで、選択し難くなる心の弱さとした積み重ねこそカルマ‥みたいな)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:14 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年09月07日

【宇宙全史】柔らかいお祈りと世界平和の祈りの差

記稿.2023/09/07

> 先に断っておきますが、「ツッコミもすれどお祈りもせず」‥が著生のスタンスです
> それはなぜか?‥なんて、もはや言わずもがなでしょう(ぼっちの嗅覚舐めんなよ)


 戦士コース受諾許容 → 世界平和の祈り
 非戦士コース在家希望 → 柔らかいお祈り

 (宇宙全史では、こんな説明をしておりません)
 (こちらは著生の直感です)


> ぶっちゃけた例えをすれば


 宇宙全史の御仁のパターンな「世界平和の祈り」の勧めは
 仏門に入るなら絶対に少林寺がおすすめですとした類と同じです
 (まぁ彼は戦士カテゴリーですからそういう例えがお似合いでしょう)


 とくに少林寺ほどに考えずとも、仏門に入るとそれなりの修行があるのですが
 日本では、3000仏に挨拶をするというとんでも修行があるそうですが
 それは、3000仏が御座すと想定して、立ち姿勢から土下座風な姿勢に挨拶をしてまた立ち上がる
 というスクワット以上にしんどそうな動作を三千回繰り返すという修行だそうです
 イスラム教の礼拝動作を連想して貰えば判ると思いますが
 あれを一度に3000回も繰り返すイメージになるわけですよ
 (そうに考えると、少林寺の方が実践向きで覚えるならこっち‥なんて考えも浮かびそうですが‥)


 そもそもに、地球の歴史を曝こうから始まって、宇宙に拡大したのが「宇宙全史」です
 その宇宙とした前提も今や私たちの居るオーム宇宙を飛び出して
 ラ宇宙の話に突入しています(いやぁもう何が何だか?不思議が一杯です)


> 一般として、歴史のイタい所まで知れる教養を得ようと思い齧り付いてみたは良いけれど
> いつの間にやら強要くささがきな臭いどえす


 さらに、御仁の師匠の方は、「こちらから頼んだ覚えは無い」として知らん顔も見せる様だし‥
 霊団の主宰か幹部か知らんけど‥上の立場からしたらそういうセリフも出てくるどえす

 (俺はその手のセリフが大っ嫌いだッ!!!)


 で、霊団の構成員=戦士連中からしたら
 俺たちと同じ祈りを唱えている=身内、仲間、同士扱いになるどえす

 「なんだこいつ、見込みがあるな」なんて思われたなら
 ちょっと試しみるか‥なんてお鉢にもなりそうな空気でしょう(戦士の世界あるあるです)

 (上下とした格付けにうるせぇのも戦士の世界あるあるです)
 (身内優遇癖も戦士の世界のあるあるです)
 (戦場での意思疎通の徹底と敵気配の察知を‥日頃からニオイで判る様にしておくみたいな)


> で、すっとぼけた様に用意されているのが、「柔らかいお祈り」どえす


 まさに、兄弟子らからしてみれば、ホンの序の口の入門編に思われるそれを唱えているだけなら
 「おや、駆け込み寺希望者かな‥毎日毎日健気だねぇ」とした判定で留まりそうな空気でしょう

 どうしたって、そのぐらいに違うわけですよ

 霊団の主宰からすれば、「柔らかいお祈り」さえ唱えていれば
 とくにエゴの本なんか要らねぇというぐらいの代替扱いとも考えていそうどえす


> 各自で好きに選べば‥‥が著生のスタンスにありますが
> さてさて、唱えていると最終的にどうなるの?


 ‥そんなのちょっと予想すれば判るでしょう
 アセンションした先の世界でも椅子取り競争があるとすると
 身内は多いに越したこたぁねぇんスから、それの数勘定に加えられるどえす

 (こっちとら通りすがりのよそ者で結構です)


> もう少しわかりやすく語るとですね
> 戦士コースの御仁らには、兵農分離とした概念が無いどえす(何はともあれ宇宙相手ですから)


 領地経営にしたって、最終的に、領主が戦闘の蚊帳の外で‥とした顔では
 どうしたって長続きしないでしょう

 (その辺の事情をどう考えているか?‥の問い掛けでもあるわけです)
 (されど、頭から戦士候補募集中なので祈りましょうなんて話では、只の軍事主導なだけでーす)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:07 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年09月06日

【宇宙全史】救世格覚醒??

記稿.2023/09/06

> 単純に子霊が完全覚醒(真我入り)を求めるのと
> 宇宙全史の御仁の語る完全覚醒との間にはとんでもねぇぐらい言葉に開きがありすぎている
> もはや当人様のそれを完全覚醒を目指していると語るのは語弊がありすぎるので
> 著生はそれを「救世格覚醒」を目指していると差を設けるべきに思う(参照216)


 ‥この世の実現化には、核と渦が求められるらしい
 私たちのちょっとした日常から救世主としたキーワードに至るまで同じ事で
 てめえという核だけ用意しても格を得るには足りていない
 つまりは、渦もセットで用意しないと力不足という事らしい

 (核の質だけでなく、渦の質も大事って事のようです‥まぁ日常の自然界の基本ですが‥)


 ‥ここで注意すべきは
 今の地球の流れは、アセンション組とデセンション組に分かれる流れなので
 星全体のアセンションでは無いので
 過去にアルデバランが星ごとアセンションして消えたという案件では無いので
 かなり特殊なケースというか、説明しがたい仕組みの上にあるというか
 すでに決着が決まっているというか、魂の選別が付いている様な居ない様なまだ審査中みたいな
 としたグデグデが付きまとっています

 (予定していた枠組に程遠いのか、まだまだギリで引っぱれるだけのよすががあるのでしょう‥)


> で、宇宙全史のそれが核となって渦を巻く流れが用意されている
> (どこまでを核として扱うかなんて知らんけど、祈ってりゃ、その枠の内には入るくさいよね)
> (なら、今日は祈れませんでしたなんてのは‥そのエネルギーは違います‥指摘くさいと)


 通常、救世主立場に成ると、教団を立ち上げるなんて流れなんでしょうけど
 この程の御仁は、そんなのはご免とばかりに漫画を描いて宣伝しているわけですよ

 ‥ぶっちゃけ

 シン・聖書の一節が、漫画で構成されて後世に伝わるというすんげースケール感ありありの御柱って事ですよね
 (売れない漫画家が、最終的に行き着いた‥絶対的読者数確保のドデカい花火みたいな)


> いやぁもう漫画みたいなキャラ感&ユニーク感ありありで絶句ッス
> (世の中はまだまだすれ違い呑気にありますが‥)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:13 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年08月27日

【原始仏教】反省はあくまで自分への反省のみ意図した

↓3)記稿.2023/08/27

> 実存の枠で「世界は私である」=「天上天下唯我独尊」
> つまり、何でもありの世界だった(其は又、派閥ありきの世界だった)


 ‥それまで宇宙に座してきた多くの優勢な意識体らは
 何でもありの世界をありのままに受け入れていた

 「やられたらやり返せ」
 「力こそ正義」とした派閥で林立してたみたいな
 「ボスの信条には従います、でも、手切れする際にはそんなの関係ねぇ」みたいな

 ‥おおざっぱに、地上でもそれは同じだった‥

 釈迦は、その有り様を「生老病死」の苦しみとして悩み
 まずは悩む所から入る天命だった(ガキの頃からしてえらいやっちゃ)
 その悩みどこから湧くんですか?(まぁ王子だったけどね)

 後に、大悟して、其を生み出しているのも自分だと思い知るに「慈悲」を叫んだ

 なので、何でもありの世界に対して
 「てめえがやられて嫌なことぐらい他人にするなッ」
 という意図を仏教の教義に取り入れた

 ‥というか、その頃まで、宇宙や世界にその手の思索が無かったみたいな摩訶不思議どえす

 「汝、殺すなかれ、盗むなかれ」とした身内の喧嘩を減らす上での掟ぐらいはあったにせよ
 世界平和への理想とした意味でのそこまでの音頭には無かった

 其れの心構えというか生活観を八正道にしたためて
 それとした流れで「反省」たる言葉を押し出した‥と言う経緯に思われる


> だがしかし、言うは易く行うは難し


 ‥自分は気にしないからと無視を決め込むと争いの種になるどえす

 (釈迦にしたって、無視では無いけれど、スルーはやらかすどえす)

 ‥其は、私が気にしていないことを
 気にしている貴方の問題をこちらに振るなと言わんばかりでしょう

 (まぁ相対向きは逆になりますが、釈迦もその手の論法を用いてたりします)
 (差し出された毒饅頭に手を出さなければ毒には掛からない‥みたいな)
 (差し出された汚注射に手を出さなければ汚染には掛からない‥みたいな)


> ‥で、宇宙全史ではズバッと言い放っておりますが
> 記憶に残る次第をエゴだと提示してしまえば、そのように揚げ足を取り合う流れに成りかねない


 ‥私が忘れてしまう事ほど、私にとってエゴが薄いとした発露案件なのに
 なぜ貴方はそれを蒸し返して叩き起こすのか?‥みたいな
 そちらのエゴの方が随分と甚だしくて迷惑だ‥みたいな

 (エゴの薄い方が正しいのだという太々しさを発揮しようとすればそうなるだろう)

 (例えば、煙草が旨いと思っている段階で十分なエゴにあるにも拘わらず:旨いと思えるエゴ)
 (だが結果として、タバコ臭いとしたエゴを喚起しまくる、害に対する恐怖エゴを吹かせまくる)
 (すでに、てめえの気にしている・していないの問題とした話ではない)

 ‥てめえのなり振り構わぬ大好きが、他人の怨みを増幅していてエゴが薄いなんてあるわけねぇ


> 仏教の「反省」もまた、そういう部分もひっくりめて、慮るべしとしている
> (だがしかし、双方の妥協点が必ずしも噛み合うわけでは無い‥そこで罠に落ちるどえす)
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2023年08月25日

【宇宙全史】植物にだってエゴはあるのだから‥まぁそうなりますよね‥

↓5)記稿.2023/08/25

> ‥ぼつぼつと‥エゴについての話が登場してきておりますが
> 五感を通した反応が脳に上がってくる際の「好き・嫌い」の取捨
> 詰まる所の記憶の取捨??


 ‥無責任にも、忘却の彼方に去ってしまった件についてはエゴでは無いと
 言わんばかりの茶化しも見られますが、否否、忘却にも質の差があるでしょうに

 ‥思い出せないからってね
 思い出したくねぇからのすり替え脳だってやらかすでしょう
 そんなの心理学的に有り有りッスよ
 (てめえの都合の良いことしか覚えちゃいねぇ奴はいくらでも居る‥みたいな)

 (欲のツラ凡人ほど、てめえの負けを想定した思考を含めてねぇからな)
 (負けべそになってから‥即行でやらかすのが、枝切りとした切り捨てどえす)
 (それは、忘れちまうんじゃ無くて、始めから脳内に蓄積せずなだけ)

 (仮にそういう風に魂がカスタマイズされていても気にしない根性なだけ)
 (「どこも同じでしょう」を理由に、そこから先の諸々を回避してるだけ)

 (レベルとして高尚さを見せると、無駄に一つ一つを覚えていたりするみたいだけど‥)
 (でもまぁ、記憶力としての強み止まりでしょう)
 (記憶力は高くとも、判断力も独創力も湧いてこない‥だって祈りもねぇし慮ってもいねぇし‥)


> まぁそんなこんなで
> 今ここでは、五感とした反応を示すのは人間ばかりじゃねぇとした所の着目をしましょう


 ‥例えば、植物です
 植物にだって意思があり、エゴが付きまとうわけです
 ならば、エゴが濃いと、美味しく育ってくれないみたいでしょう

 なので、「植物のエゴを薄くしてあげよう」‥農業としたテーマが立ち上がるわけです


 ‥そう考えるとまぁありましたよね
 音楽を聴かせてやると、それとなく美味しくなるみたいな話

 (昭和と平成の間辺りに、それとなくソニーCDxカラヤン時代の余波だったかも)

 当時としても、物質とエネルギーな科学で観察してると「?」なお話でしたん
 信じる方にしても「どんな音楽が良いんだよ?」‥悩ましいみたいな

 (でもいつの間にか下火になり、そんな話は聞こえなくなりました)
 (その頃から葬り去る方向に‥日本の農政を締め上げ始めたくさいと‥)
 (野菜にまで音楽を聴かせるなんざ、日本の農家は調子に乗りすぎだッ‥みたいな)


> 其を‥エゴが薄くなるから‥として捉えると「なるほど!」‥目から鱗に切り替わるお話


 ‥例えば、連作障害です
 人間にしたって、毎日毎日同じ食事ばかりを口にしたくない我が儘があります

 (交易量がほとんど無かった時代は、それこそ地場の食材のみの毎日同じ食事内容だった)
 (異世界の貧乏暮らしそのまんまのやつ)

 まぁ連作の場合には、どうにも土中のエンドファイトたちにもそういう欲求が有る予想になります

 (科学的には栄養成分の偏りだろうと言われているのだろうけれど)
 (でもそれだと、肥料の与えられず終いの土手辺りの草の繁茂を説明できてねぇんすよね)


 ‥荒れ地だからって、草刈りしてやるだけでも、結構な下克上を展開しまくるのが草地です
 そりゃまぁ、ヒトの植えたい種ばかりの世界以上のそれらが居るのですから当然です

 エンドファイトらだって奴隷か何かじゃ無いんだから
 農家の専属になっただなんて‥思っているはずが無いので、色々とした変化上等なのでしょう


> そう考えると、エゴを薄くしてあげる創意工夫が欠かせない世界こそ農業になってきます
> なんという青天の霹靂なのでしょう
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:11 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年08月20日

【宇宙全史】真我は0の概念?、実存は1の概念?と仮定してみる

↓6)記稿.2023/08/20

> ‥「真我とは?」「実存とは?」そんなの知らんがな
> と言う所のお勉強にありますが、感覚を正しく掴めていないとお話になりません


 ‥宇宙全史では、真我の先を見てみたいなんて、奇妙な好奇心丸出しされてますが
 てめえの得手不得手を見直すのも其れの代替的なよすがに思う所ですが
 ‥まぁ数学的に妄想すると
 実数の世界と虚数の世界の端境に例えられる何かが、最果てにくさびのようにしてあるのでしょう

 ‥まぁ宇宙全史の御説を聴きいるに
 真我が0で、実存が1くさいと思うように至り
 「世界は一つ、宇宙は一つ」‥とした思考の方向性が、実存から随分と遠ざかってあったくさい‥


> そもそもにおいて、何かの端境・区分を一つにすることに意味なんて無いと理解した上で
> 宇宙や世界と一体である境地・境涯に至れば、実存のレベルと言うことらしい


 (世界が変わるより先に、てめえの心境の変化の方がはやいのだから‥当然でしょう)
 (裏返せば、世界に変化を期待する意味なんか1ミリも含まれていない‥みたいな)
 (死体の転がる戦場でさえ、慣れれば、飯が食えるみたいなそれ)
 (良い意味でも悪い意味でもそれは可能)

 ‥じゃ、その先って何?、1と0の違いって何?

 概念ですらちんぷんかんぷんなのに
 世界観認識としての「実数空間」と「虚数空間」の違いに誰も興味なんか持っちゃいない

 精々が1と0の違い止まりまでで、生命的創造観としての最果てが0なのでしょう
 なので、1を理解すべきが真っ先に基本なのでしょう(私とは何か?‥みたいな)


> てめえが宇宙の一部というのは、構成要素に存在している以上‥否定する所になりえません
> でも、「一部だから何?」とした疑問形にあるのが、実験惑星・地球暮らしの側の日常です


 宇宙が、只偶然の産物ぐらいの認識で止まっていると、そこに意味を湧かす所に居ないわけですが
 だからとて、少しぐらい、達者になって妄想を巡らそう湧かそうと
 私自身の創造力の中に宇宙らしさを感じる止まりなわけです

 (そういう流れでの、宇宙の一部とした理解でもありません)
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:36 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

2023年08月13日

【宇宙全史】自我とアイデンティティーと肉体と時間

↓1)記稿.2023/08/13

 親霊に紐付いているから子霊(自我)にアイデンティティーが宿る
 (親霊の立案した目的やら天上界依頼の使命に添った中身が人生のモチベーションみたいな)


> 其は、親霊の意思・狙いに同意した状態と言える(自我)


 親霊は、個としての特定のアイデンティティー(宇宙・宇宙らしき)を担っている
 そこに根を張っているので、その位置から直接的に真我への興味を示すには遠い

 だが、子霊は、相互点とした地上に降り立ってあるので
 諸々の干渉やら影響を受け易い事から、親霊とは違った視点に晒される

 なので、親霊由来のアイデンティティーを捨てるチャンスを有する(真我への道)


> 但し、真我や邪悪の獲得は、親霊が用意した創造時間を=捨てるに等しい


 親霊が用意した‥シナリオ(人生の青写真)の他に
 降り立った土地神・天上界・地球諸々からの‥容認・許容・承諾に値する経験を積む必要がある
 其は、エネルギー量の最低限度の確保・活用の拡大(自在性の獲得)を意味する

 (其をすっ飛ばしても、真我を保てずに私を失うだけに陥る)

 人生の目的から発生し得る親霊ゆずりのアイデンティティーを捨てる代わりに
 捨て方の完成度としたアイデンティティーの獲得を求められている(真我としての主人公色)


> そして、真我の琴線に触れて獲得に至ると「私が消える」‥‥
> 時間が消えるなら肉体も消えるのが本則だが、真我入りする際に空蝉残す選択が可能らしい


 ‥なので、再び真我から出てくるとは

 手順として、真我の外にまず親霊を降ろす思惟を誘発させつつ
 そこには既に、相互点に参加すべき状勢があるわけで
 目的とする平行相互点に焦点を当てた転生行為が発動するように思われる

 (最も、一時的な念だけを降ろして、後はバイナラ‥パターンもあるあるでしょう)
 (すべて親霊は、其れの過程の私でも在るので、出しゃばるほどになければ、とくに気にせず)
 (まぁ役回り該当する親霊に依頼する程度でしょう‥断られたら出しゃばってみる‥みたいな)


> なので、「我思う故に我あり」の深遠として
> 依頼の依頼の依頼のそのまた依頼の依頼‥‥とした動機ありきで「我」なんか無ぇみたいな


 其れな依頼をこなすだけなら優等生
 でもそれだけじゃ面白くないとばかりに、捻った「癖」をその都度自我に与えてやる流れになった
 結果、「癖」が「癖」を呼び、カルマありき解消まじりありきに及んだ
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2023年08月11日

【宇宙全史】人生は遊べるオモチャなんかじゃ無い、だから遊べるオモチャが欲しくなる

↓2)記稿.2023/08/11

> 人生は遊べるオモチャなんかじゃ無い、だから遊べるオモチャが欲しくなる
> それは、絶望してしまっているようにも見えるし、一歩手前のようにも見える


 だが、誰もそんな見方になんか興味が無い

 興味が湧くのは、「何をオモチャにしようかな?」とした剥き出しの遊びたさにある

 其を‥エゴと呼ぶのも、自我と呼ぶのも勝手だが
 そこの多様性に何の意味があるのかまでは謎だ

 (他人様の趣味やら好みなんか、まさにどうでもいいワンダーランドだし‥)

 誰だろうと、そこここに興味が湧いて、遊びたいから飛びついているだけの事だ
 その衝動性を「サル」とも呼ぶが、まぁヒト種の劣化版がサル種だというし「猿」でも良いと思う
 人の猿っぷりにも、様々有りましたというだけのことだろう

 (なんでも、地球に調査に来たプレアデスチームは)
 (コソッと猿の遺伝子をてめえにお注射したらしいという謎記述がしたためられてある)
 (どうにもそれが‥子孫へと拡散したのだろう)


> だが、なんでオモチャを欲しくなると、低脳とした猿扱いになるんだ?


 まぁ人間に関して言うなら、それの大抵がヒトの間に発生するからだ
 ヒトがヒトをオモチャにして遊ぶという其を指してある

 もう少し食指が伸びると、別の種の生きものとなり

 動く構造を知る為の調査をしたり、製造してみたり、動かしてみたり
 世界に閉じ込めて、繁殖させつつ観察したり‥


 とまぁ、ヒトに課せられた実験側のそれに近しい欲求をヒトも求め出す

 つまり‥人生=被創造物立場は詰まらない、だから、創造側に成りたかった‥

 と本能的にキャッチして、それの意味が解らずに、ノイズとしてダラダラとやり合っている
 その途中経過が、力こそ正義とした支配と被支配の間なのだろう


 (‥もっとも、それの関係からして、マトリョシカ構造だったとしたら)
 (途中経過におけるマトリョシカが)
 (小さいマトリョシカを、我の支配下だと主張して一歩も譲らないなんて事にも成っていそうだな)
 (だからこそ、ノイズ感ありありな調教的ポチ状況なのかも知れないな)


> だが本当は、創造側への道に進むのが本道らしい(真我)
> 親マトリョシカ(真我)としたサイズ感こそが、本来あるべき成長の先にある脱皮‥みたいな


 でも実際はそうでは無い

 ヒトの多くが、詰まらなくならないように、一生懸命に楽しもうとして頑張ろうとする
 その猿な有り様を観て、自己満自我を育て合っているとして、創造側が不合格を下すのだ

 (僕も私もこのぐらいのサイズで十分ですと言わんばかりで、使えねぇみたいな)

 (まさにそれこそがプレアデス失敗作圧しくせぇ)
 (失敗作が語ります「宇宙の最後だろうと楽しいことを考えましょう」とかなんとか)


> なので、本能的にオモチャが欲しくなるのは、学ばせたいとした仕掛けだからだろうけど‥


 でも、ヒトがやらかす辿り着いたオモチャこそヒトだ
 だが、ヒトにも厭きるのがヒトだったりする
 お互いに遊びたいオモチャのうんちくを語り合って、気が合わないと、喧嘩別れしたりするのだ
 でもやっぱりまたオモチャが欲しくなるので、同じ事を繰り返す
 良い意味でも、悪い意味でも、同じ事を繰り返す

 ‥オモチャやゲームが簡単すぎると詰まらないと言い
 ‥オモチャやゲームが難しすぎても詰まらないと言い
 ‥難易度ふつうぐらいが楽しいと言うも、結婚相手がふつうだとリスク大で嫌だとか
 (背伸びさせたいのが親心、背伸びしたいのが娘心などと‥何様かを言い放つ)

 その姿こそ、人生を遊べるオモチャか何かだと勘違いした姿と言えるだろう
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 11:20 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする