2016年08月25日

【詩】新鮮とおもんぱかり

向宜詠吟.2016/08/25

新鮮には居場所が無い
新鮮は弱々しい
新鮮はすぐに枯れ果てる
新鮮は、注意深く扱わないと消えてしまうのだ

人とのつきあい、友人、恋愛、仕事、家族‥‥

常に新鮮な間柄でありたいと思ったなら
どうして、骨を折らず、心を砕かずに過ごせるだろうか?


ボタン一つで何でもできる便利さなど不当だ
命令一つで何でも叶う便利さなど不当だ

サイン一つで永遠など不当だ!

‥新鮮からしてみれば、それらは、退化でしかない

新鮮であろうとすればするほど、結局の所‥
メンテナンスすべきボタンの数も増えるのだ
改善すべき課題も見えて増えるのだ

それほどに

新鮮であることを望むことは、私たちに進化をうながす父である。


「ああ、もっともっと、新鮮な地球を!!!」


私と貴方のおもんぱかりが、新鮮を紡ぐものでありたい



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年08月07日

【詩】ぼくが現代の暮らしに諦めていること

向宜詠吟.2016/08/07

ぼくはニオイだが苦手です

どんなニオイがダメかというと、まずタバコです
なので、被災しても避難所では暮らせません
お仕事もできません、諦めています

タバコが存在すると言うだけで、できない仕事が山のようにあります
とにかく、あのニオイがあるだけで集中できません
素直にキレます、もしくは、思考停止です

あと、化粧品のニオイも洗剤類のニオイもダメです
だから、今時代に恋愛するなんて論外です
科学薬品臭い暮らしは、ぼくにはできません
そんなニオイの漂っているお勤めなんか、とてもとても無理です

坊さんなんか性に合ってそうですが
線香のニオイがダメなので無理です
ついでに、蚊取り線香もダメです

排気ガスが嫌いなので、車の免許は取りませんでした
自宅から徒歩五分圏内に教習所があっても、そっぽを向きました
それぐらいの筋金入りです(‥酔うし)

欲しいモノがあった頃は、それなりに我慢もしましたが

我慢にも限度があります
お願いが叶ったように、仕事から離れるきっかけがやって来くるものです
抗うことなくその流れに乗りました
‥だからといって見通しがあるのかというとありません

農業を考えようにも、運転はできませんし
タバコを吸う人も多い稼業にあるようなので‥論外です

まぁ、こんなぼくを甘ったれとか云う前に
吸ってるお前だってそうだろうと、堂々と申し述べておきます
どうして、お前らの隣に一緒になってまで‥我慢せなぁあかんのや
‥少なくとも、俺の風上に立つんじゃねぇよ

住む世界が違うというか、生まれ来たるべき時代を間違えたんだと思います

そもそも、そんなニオイをもたらした元凶は黒船です
西洋の文化です
ぼくの鼻事情からすれば、明らかに敵ですよね

何だかんだと、奴らにそそのかされて頑張っちゃった人類のお陰で
今や地球をも滅ぼさ’んとした勢いです
‥ほんと無駄すぎる文化でしたよ


「そんな無駄すぎると判ってる文化をどうして頑張れるでしょうか!?」


‥頑張っても地獄‥頑張らなくても地獄‥
わかってますよ、世間にくだらないニオイがぷんぷんするうちは
安住なんて望みようがないってことを、否、望み得る必要がないと,
そうでしょう、条件からして整わないのですから

ぼくはそういう意味では、徹底した抹殺思考を持ち合わせています
ぼくにやる気を出せなんて言葉は、そこから始めろと勧め'んばかりでしょう

‥でも、大丈夫
ニオイが縁の切れ目のお陰で、その手の活動的な付き合いの一切がありません
それ以前に、付き合うことの好奇心に貧しい性格です

仕事なんて奴は
「一に付き合い、二に付き合い、三四が無くて、五に愛想‥」
気がついた時にゃ、すでに無口でしたよ
‥まさに諦めとけと云わ'んばかりが道理でしょう



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年07月27日

【詩】人生に不利も有利も無し

向宜詠吟.2016/07/27

人生に不利も有利も無し
そこにはすでに比較があるのみだ
自分のペースを知らぬ者がどうして最後まで完走できるだろうか
ならば不利に見えようと有利に見えようとどうでもいいことだ
それ以上になど誰にも走ることなど敵わないのだから

それでも長い目で人生を見ると

どうしてたってまわりのペースが気になる‥
それはそうだ、ゴールがどこに定まっているかまでもが競争だ
右肩上がりなどと言うまやかしに付き合えば尚更にそうなろう

自分のゴールが見えない、だから他人のペースに引きずられるのだ
その隣人にしてみたところで同じであろう
見えないからこそ脱線もしたくなり、
そして怠惰にもこんな夢を見ている‥
その画図こそが、ふんぞり返った王様だ、否女王様だろうか‥
どうしてそんな画図をゴールだと思い込むのだろうか
それこそがまわりに流されるという人生観のそもそもである

だからこそ、ふんぞり返った政が執りなされるばかりだろう

ふんぞり返る為のノウハウ
そんなモノをどんなんに競ってみたところで、何にもならぬ


一人一人のペースに寄り添えぬという稚拙こそが未熟だとなぜ理解せぬ


自らのやり方を押し付けるしか能が無いなら、
押し付けられても、そこに見えているのはただの力比べだけであろう
力有利、美貌有利、能力有利にほだされて、
そんな頭でしかものを見ないでいては、どうしたって不利と有利でしか無い
‥そこでは、不利になってのそれからの不遇に打ち震えるばかりだ


目標を手にしている者だけが自らのペースを手にすることができる
如何なる状況にあろうと、苦難にあろうと
人のペースを慮れる者は、休む中でも見失わない

「上手に待つことのできぬ者に、進歩無し」
「待つのが下手ほどに、ただの自分勝手だ」



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年07月18日

【詩】神技の如きリフティングに導かれしボール

向宜詠吟.2016/07/18




https://youtu.be/f3DfU9CeEIQ

神技の如きリフティングに導かれたボールは幸せだったろうか?
まるでダンスを踊るみたいに見事に相手をされて
どこまでも‥徹底的に翻弄されるのだ
そして最後にはシュートとばかりに隅に追いやられる‥

そんなボールは幸せだったろうか?

神技の如きリフティングに抱かれていた時間は幸せだったろうか?

幸せだったと心の底から思い抱けたというのなら
それこそが巣立ちたる理想と言えるのだろう
ならば、もう迷う必要も無かろう

徹底的に翻弄されて、見事に解き放たれてしまえば好い

何事もそんな神の如き相手を見つけられたならば、
誰しもが神の如き高みを目指すだろう‥

それでいいのだ、飛んで行け,



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年07月03日

【詩】憧哭&一首

向宜詠吟.2016/07/03

思い出すほどに泣いている
誰しも産まれ来て泣くんだよ、笑う子を望むなんて三年早い
別れこそが基本で、出会いこそがオマケ
骨が折れて当然、馴染まなくて当然、なつかない子のなんと大半
泣くほどに懐いていたという本則
泣きて辿りなつけた貴重さをないがしろにして、笑いを本則に求むは不可解なり
笑っていても懐いているわけではない、それは他愛の無いやりすごし
泣いている顔が近寄ってくるという‥そこに温もりの本則がある
泣いている顔が近づいてきて、困るのか?笑うのか?嗤うのか?背負うのか?
泣いている本質、受け止める本質、そこに己としてのオマケが付く
泣ける懐と出会って始めて立てり、笑える懐から始めても他人沙汰ばかり


|泣き止まぬ‥ここに来刻むまっさらを なついて染みつきしぬくもりと


> うた詠み終わります、ありがとうございました。


語稚草

憧哭【どうこく】‥独り久しく思い出して哭ける様。(対象が既に存在しない場合に用いる)
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2016年06月26日

【詩】{用意されたままの楽園}={戦場}&一首

向宜詠吟.2016/06/26

西洋に伝わるところの神は、人間に楽園を与えた‥それこそが何も考えていない創世噺である
誰かに用意された楽園などたちまちの内に退屈になる‥それが人間だ
何が楽園にあるかは、自らが汗と思考を重ねて、積み上げていくもの‥東洋では其を道と説く
西洋の無神論は、人間をサルに貶め弱肉強食の正否性を申し誇ら'んばかりだ
弱肉強食を積み上げても生存し続ける確率は1%にも満たず‥「それでどうして種化できようか?」
西洋の科学観は、生命の根源を否定しつつも自らの手で其を自由にしたいと思う矛盾×キチガイだ
弱肉強食を支持したままに神たる原理だけを得ても、そこにあるのは戦場こそが楽園のくだらなさ‥
用意された楽園には飽きてしまうのに、用意された戦場にはご満悦とは‥キチガイばかりである
自由にしたいと思うからキチガイに染まるのだから、尚のこと自分を積み重ねたほうが近道である
自らを積み上げてこそ自立。自らが自由にならないという戦場、否、自らと向き合えばこそ楽園
西洋には積み上げて何かを得たいの価値観ばかり、積み上げてもただ生きるだけの価値に欠く


|万物の長を自負して問うならば、積み上げて頂きその堂々



> うた詠み終わります、ありがとうございました。


語稚草

種化【しゅか】‥生命の種が種別の段階として枝分かれする事象。

種化する前提として、種の確保たるを維持するための規模数が求められる。
感染からの進化だったと仮定しても、それだけの変化に耐えた個体数が求められる。
さらに、その感染からのDNAの変質が、共に同質になるとした根拠はどこにも無い。
それら同質に無いであろう同士交わり、新しき形質(種化の前提)を保つにたる論証は未だ聞くに及ばず。
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2016年06月20日

【詩】内向きな笑顔、外向きな笑顔

向宜詠吟.2016/06/20

それは誰に向けられた笑顔だろう
その笑顔はどっちを向いているのだろう

いずれにしても、内向きか、外向きかのどちらかだが‥
‥否、そうじゃない

闇の中で微笑むとしたら
それは光の方を向いているはずだ、否、光だろう
内向きだろうと外向きだろうとそこに大した差など無し

されど、人はどうしてか外向きをもてはやす
それが光の性質だからだろうか?
同調を欲しているかのように
外向きに放たれた光を求め、追いかける‥



「光を求めることは、本当に光としての同調からだろうか?」

自らが光でも闇でも、さらなる闇から注目もされていよう
‥光であれば
闇の濃淡など気にするまい、それは照らした先にしか興味が無いからだ
その反対に、闇からは光がよく見えるのだ。そして光の強弱に敏感だ

光はのんきにも
闇の中での戸惑いなど知らずと
あからさまな状態をそのままに理解する
微笑むように‥視線の先が光線として照らされるばかりだろう

そしてわかったように
知ってることの区別から、あれこれと判断を下して言いよる‥

光がより強いのなら、より多くの闇が明らかにされるだろう
‥そのより多くの違いを知って、どうしようもなき発見浴に浸っているのが人間だ


しかし、闇からも注目されるのが光でもある。

闇に生くる者にとって、突然の光は、ありがたいだろうか?
そう思う者も居れば、そうではなく畏れる者も居るだろう

余計な存在など知らなければ、内向きの光でも十分に満足していられたのだ
どうしたって、光が差すことで、内向きは侵されて外を向かざるを得まい



「ならば問おう、満足であれば幸せと言えるだろうか?」

それはまた「外向きに輝けていられれば幸せと言えるだろうか?」との問いでもある‥
少なくとも、人には、外向きの方が圧倒的に人気が強い

‥そこに有るのは何だろうか?

本当のところは、光なんて闇からの旅人を呼び寄せるばかりだろう‥
それとも、より強い光からの注文・忠告・お節介と言えるだろうか‥
また、旅人であれば、もてなされたくて仕方がないという文化浴の延長線だろうか‥
より強い闇であれば、なんでこちらから良くしてやらなくてはならないのかとの愚痴だろうか‥


そんなちぐはぐこそが共鳴だというのなら

そんなちぐはぐな繋がりこそが‥
否否、ちぐはぐを選別することこそが極上のお楽しみと言いたげじゃないか
そんな面倒くさい選別をし合って、あれこれオモシロオカシク言い合うぐらいなら
‥始めから自分と向き合うのも同じだろう

自分と向き合うのは、始終の付き合いなのだ
それがもう、端から選別のしようがないほどにお気に入りなら
それはもう、笑いが止まらないと云うことだろう

そんな人をテンネンと思えども、闇などと云う輩もまた居るまい

それなのに、傲り高ぶるばかりの闇にしか見えなかったというのなら
それは見た人が、そう思った人が、否、お互いに
本当のところは、外向きの笑顔しか知らなかったという事なのだろう
それはそれで、自分と向き合って大笑いしたことが無いという告白にもなろうか‥
人として、それはそれで、勿体無い生き方をしていると思う



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:29 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

【詩】完全性ゆえに次あり&一首

向宜詠吟.2016/06/13

失敗に気が付いて「やり直したい‥」と思うがゆえぞ完全性
完全さの本質を知らぬがゆえに、失敗を怖れて行わず、気がつかず
完璧さという思い込みと偏視野が自滅に追いやる
成功し続けるという無知 成功し続けたいと思う無知
前進の停滞は関わりの均衡から‥すべてに同一の成功例の当てはまるなど不能
正しさなど誰も識らぬ‥存在し続けて居る内はとりあえず善し
やり直しが完全性なら復活もまた然り 眠りもまた然り
滅びとは均衡の破綻 受け入れの破綻。関わりを蔑ろにして尚突き進むこと能わず
復活の支えにある次第こそ共生 遠慮したき次第こそ無力と拒絶
「やり直せるのか?」迷惑の程を思い入れば、仕切り直し・蟄居・退去の避けられず
先んじて頂きを踏んで退けば反旗を忍ぶに及ばず。頂きに住まう登山無し


|人気さを安きに請け負う社会ほど無知が前提の願い多し



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年06月12日

【詩】糞食らえ

向宜詠吟.2016/06/10

脱出を試みざるを得ず‥そこは監獄
何が平和だよ、ふざけんなよ
何が真価を問うだよ、ふざけんなや
何が自由だよ、ただの奪い合いだろうが‥
逃げ出したいなどと思い浮かんでくる時点で、どうにもならねぇ糞食らえだッ

そこに塀があろうと無かろうと

嵐の時代に生きていると知ったならまずは諦めろ
嵐の中で楽しめることなんかほとんどねぇ、耐え凌ぐだけだ

嵐を倒せると思えば、奴らの術中にはまり
生きて嵐の過ぎること無しと思えば、生きがいを失い
なかなかどうして、その真ん中の心持ちでやり過ごすことができない

だからこそ、自分の心の中ぐらい常に穏やかに整えておくのが早道なのさ



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



稚草

 旧ブログ記事の詩の整理に少々つまずいている。
 何というのか、こんなのでよくぞやってたなぁと言う衝撃。
 ‥どう手直しを入れれば良いのやら‥というのにぶつかる。

 冠揃詩の方は終えたが、初期の頃の四首吟と来たら
 べらぼうにやっつけの部分が多くて、吟味している内に
 こんな詩にもなって引っ張ってくるという‥

 ‥この三年程の間に何が起きたのか‥

 あの頃の俺は実に杜撰だった。その程度の違いがよくわかる。
 其処がわかるぐらいに成長したんだろうが
 ‥俺は既にオッサンだからな、うれしいとは言いづらい。


> 一説によると


 日本の陰始勢力の大物がひとり、地球に残る組ルートに鞍替えしたから
 その分の生命活力・魂魄エネルギーが各々に返された‥という事らしいが
 ‥そう考えると、成長したんじゃない復活したんだという程度だな。
 ‥なら、まだまだ伸びしろがありそうだ。
 ‥日本という枠内でそんなに違うというなら、地球中の陰始勢力が去るともなれば興味津々。
 ‥なにしろ、寿命が延びるってんだからな。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 05:35 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

【詩】恋愛と世間とやさしさ

向宜詠吟.2016/06/03...20130804...

俺は、優しさで恋愛なんかしないタイプだ
ムードで‥と言った方が適当だろうか‥

かわいいとかな、それもあまり関係ないらしい

若い頃は解ってなかったが、人の顔なんてある程度パターンだ
それでいて自分の好む顔なんてのはその中のいくつかの傾向でしかない
とはいえ‥顔で選んだって長続きなんてしないもんさ

「相手に何を期待するんだ?」

‥期待するんだったら、そりゃ、顔よりも性格だろう
性格よりも生き方だ
でも、生き方だけでは‥なかなかに萌える所がない

結局は「押し」になるんだろうな‥でもな

下心にも、泣いたってな、涙見せたってな
その程度の形勢で押しつ押されつなんて考えないのさ
だから、俺自身も泣き言を恋愛に絡める気はない
‥それが均衡ってもんだ


それでも、そんな偏屈でも、その偏屈が鈍るときがある‥
それが、うれしくなった時だ
浮かれて有頂天になってるって頃合いだろうな

そして、蹴飛ばされるんだ‥つまずくことになる

だって、はじめに自分で定義しているじゃないか
優しさで恋愛なんかしないと‥

にも拘わらず

ええかっこしくも、ここぞとばかりに優しく振るまおってんだろう
羽振りが良いなんて、至ってそんなもんだ
信条に反してるじゃないか

そうだ。だから、蹴っ飛ばされることにもなろう
‥それがお約束の流れってもんだ



恋愛が成立するには、どちらかが折れなければ始まらない
押し役になるか‥
折れ役になるか‥
でないと恋愛は成立しないものだ

なのに、たいていの多くは、
バリアーを張ったままに、自らの恋愛願望を達成させようと立ち回る

そうだ

弱みを握られては、押し役にはなれない‥そう思っている
だから、肝心なことは秘かにしたままに立ち回ろうとしてしまうのだ
ソレで上手くいく場合もあるだろう
‥でも大抵の多くはあとでこじれる

もし、こじれなかったなら、それこそ、儲けものだった事になろうか‥

でもまぁ多くの場合‥
押されるままに折れていて
肝心な事を打ち明けられないままだったりとする‥

そんな場合‥知った側は、逆ギレ気味になるわけだが
そういう意味も兼ねて、優しさだけで恋愛をしていると
‥あとから、自分の器からはみ出した許容を求められることになる


でもまぁ、踏み越えられるだけの支えが伴うなら
それに越したことはない、惚れ直すきっかけにもなろうか‥
問題なのは、そんな場合
‥至って、お互いに課題を抱えていたりすることだ


個人主義も進むと、そこの解決を世間様に求めることもできない
何はともあれ、個人主義とカネ勘定は隣り合った都合でもある
‥先立つものが無ければ助けても貰えないのだ

世間との近所づきあいが縦横無尽に通じ合っていた時代というか村社会では
多少の個々の能力不足などどこ吹く風だった
お互い同士で顔を寄せ合って面倒を見るのが普通だったからだ
それでも世間様に甘えてばかりだと、風当たりも強くなる
だから、そこの塩梅を心得て居るかどうかが大事だった‥



でも個人主義も過ぎると秘め事も多くなり、何かと横の関係も邪険になりがちだ
そもそものいがみ合いのそれにしたって、カネ回りの良し悪しに依るところが多い
‥そこは飢饉等の理由から、傾き始めた村社会の様相そのままだ


世間がそんな空気に包まれていると
無駄に優しさが求められ始めるのだ

そうさ、世間に頼れないから
‥より優れたる価値を旦那女房に求めざるを得ない
‥それはそのままに、より疲れたる関係だ


世間が、社会が、横の関係を大切にしていたなら
尚のこと、個の出来映えに深刻になる必要なんか無い

‥そこに気がついてない有り様に
高望みにも無理を通さ’んと、優しさを軸に恋愛観を立ててみようとも
御陀仏なだけだよ
だってそうだろう、甲斐が無いんだからさ

自分が無理している以上の見返りを求め合っても釣り合いなんかあるわけねぇ


‥そんなこんなで
世間に甲斐性が無いんだったら、誰だってその気にならんだろう

男女があって恋が始まるんじゃない、そこに暮らしがあるからだ
そこでの将来を過ごしたければ、恋にもなるんだよ

地場に腰を据えていないのに、縁談なんかやって来るもんか
地場の命を大切にしてないのに、幸せなどやって来るもんか



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 18:37 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする