2016年05月28日

【詩】命ゆえに新たかを欲す&一首

向宜詠吟.2016/05/28

慣れたくて馴れたくて狎れたくて知恵を絞る
簡単と楽ちんを見つけてはのさばる
日々土壌を養うは非効率と種を弄る
土壌への熱と敬意と智慧は過疎となり、内はフィルム栽培に外はF1種ばかりや
育てる力なき便利放題、育つ力なき傲慢とアイディンティテ
基盤たる種の交配も、そもそもは土壌と風土から
利益追求にほだされ学び、口と舌を合わせるほどに風味音痴なり
甘さばかりを追求し悦に入るは甚だつくる側の臆病なり
季節と風味、暮らしと風味、風土に生きてこそ味わい宿れり
風土に開化されて種はその思いを刻み、新たかを欲する
命ゆえに新たかを欲し、その思いたるを種に宿さむ、食してさらに培わむ


|和気続く土壌に注げり情熱を受け継ぐ種こそ健生なり



> うた詠み終わります、ありがとうございました。


語稚草

 健生【けんじょう】‥健やかに生きる。またそれが続きたる様、継がれたる様。
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2016年05月26日

【詩】せせらぎと海&一首

向宜詠吟.2016/05/26

エネルギーが高みから下に落ち流るるは当然
エネルギーが来たるから生く、流る、押す、隔つ
より生きやすくを求めれば、そこは澱み
大きなエネルギーを求めれば流れぞ激しき
耐えきれずに澱みに逃げ込もうとて危うし
清清として流れ穏やかなるはせせらぎ
されど、せせらぎに生くるは程度少数
多きぞ行き交う場所の衝動に駆り立てられし本能
せせらぎの良さを忘れ大海しか見えじ風
自然界とてせせらぎと海を行き来し、産みと育てを繰り返す
人の社会のなんと未熟‥罠たるや


|いつまでも好きだけ選ぶ間抜けさの故の偏り故の閉塞



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年05月24日

【詩】そこから筆が始まる&一首

向宜詠吟.2016/05/24

マンガにも格好いいなどと云っても、叩きのめすばかり
マンガで語る正義とはなんだ?‥敵を想定しないと自己肯定できずなだけにあろう
正義を語らむとして悪を前提とする思考自体がそもそもにしてインチキ政治と同根
平和に支持が必要なら幸せにも支持が必要になる
平和に支持が不要なら幸せはずっと平淡になるだろう
平和が大事とムキになれば、ちょっとしたトラブルまで黒く見えだす
不安に駆り立てる正義など論外、されど自惚れの正義もまた幼稚
ライバルが欲しいにせよ、殺すとか死ねとかアホか
平和の名においてまずできることは、人様に迷惑を掛けないからだ
人様からお見事を引き出せずして何がアートだよ
{暮らしの途上のお見事}>{見世物としてのお見事}の違いにもっと潔く苦しめ
苦しんで絞り出さぬ美など暮らしの末席にも届くまい、命をよく見て見よ
不愉快にも、暮らしに物足りなさを思うなら、尚のこと愉快を描いて示せば好い
不用の排除が普通に当たり前にしか思えないのなら、そこは常に戦場だ
戦場に生きるのか?平和に生きるのか?まずは選択せよ、そこから筆が始まる


|戦場に生き残って正義なら、平和に生き残って悪と問え



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年05月23日

【詩】人の自由を見ているだけの自由

向宜詠吟.2016/05/23

人の自由を見ているだけの自由
誰かの自由を見ているだけの自由
それは本当に自由だろうか?

一般に、一方通行に置かれた自由を不自由と思っている
でも一方通行だからこそ機能している形もある
それはそれで自由を為しているのだろう

‥疑問に思ったなら、そこに自覚が無いだけだ



人の自由を見ているだけの自由
其を一般に悟りたる境地と呼べり

そんな慈愛に満ち足りてそうな自由がどれ程にあるだろうか?

人の多くは自分から動いて取り合うのが当然だと思っている
見ているだけのままではおまんまの食い上げだと思っている

人の自由を見ているだけの自由からはそんな風にも見えている
でも大抵の人は、見ているだけの状態になかなか耐えられない

人は同じように誰かに準じて生きることを求める
どことなく均衡であることを求める
誰彼となく公平さを意識して生きるのだ

そして、人の葛藤もそこから生えて来る



同じ目的に寄り集まっても、意見の違いという葛藤‥
違えた方向に進んでも、孤立たる疎外感との葛藤‥
葛藤がさらなる葛藤を呼び、混乱した状況に溜息も出る
そこをよく自覚できていると
どうしてか、すんなり‥
人の自由を見ているだけの自由が、誇らしげに映り出す

無論、そこに自覚を培えてる人に向かってだ‥

でも、そこにだって葛藤はある
それが均衡というものだ
公平というものだ
‥そうにあれていないことに彼らとて悩ましい

ならば、人は自由など選んでいまい
葛藤を選んでいるだけのことだ
ゆえに、そこにある葛藤をどうにかできて始めて自由と言えようか。

‥次から次へと自身の内から生えてくる葛藤‥
まるで雑草か、日々つもりたる塵に砂だ
瓦礫を見て思うように、それら葛藤をショイとどかせば良い

自由とは何かと問われたなら、そんな風に答えざるを得まい



「ならば問おう、地球の現実に見られる不均衡とは何か?」


簡単な話さ
自由という言葉に乗せられて
自分たちの住まいをゴミ捨て場と化して尚、平気なままだ

誰かの裕福を見ていた頃に身に沁みた不幸体験を思い浮かべたままだ
そこにあった瓦礫こそ、自分から動いてなんとかしたいとの憧れだった
でも見ているだけの自由にあったのは、ただただ体験への貪欲だった。
それでは、瓦礫をどかしても尚除いただけだ
瓦礫はそのままに残ったままだ
誰も彼もがそうでしかないのなら、ゴミ捨て場にならざるを得まい


葛藤は誰だって無くすることができない

‥葛藤は繋がっている‥
それが均衡を求めざるを得ない人としての自然体にある

それは、地図を開いて移動に用いるようなモノだ
均衡を失して生きたなら、葛藤からは逃れられるだろうが存亡は不可避
結局は、地図を欲して葛藤することになる
それは、職人が職人を訪ね歩くようなモノだ


葛藤はそのままに、各々の意識に均衡をつらぬこうとして漂う

だからこそ、その都度その都度
個々お互いの単位で少なくするように心掛ける必要がある
ひとり一人が心掛けないのなら、決して望むような天晴れは天下に訪れまい
社会規模に問題化するなんて日常は、それこそ腐敗しているのだ
ならばこそ、まずは、人の自由を見ているだけの自由に徹するべきだろう

そんな視点から格差を問うなら、格差現象は本能からの問いそのものだ

だが、そんな大げさに考える必要はまったくない
所詮、瓦礫は目の前の一つ一つからしか片付けられやしないのだから



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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2016年05月21日

【助動詞表記】[ぬ]それは打消か完了か、[ん]それは否定か推量か

記稿.2016/05/21

> 【知らなかったぜ】完了の[ぬ]と打消の[ぬ]と‥の続きからになります。


 [ぬ]の表記問題解決として
 懲りmぬ、懲りrぬ‥(mは未然形、rは連用形)
 という提案をしましたが、よくよく考えてみると
 ‥打消の利用度の方が圧倒的です。

 そこで


> 「できぬ」と書けば打消の意で未然形と見なし
> 「でき’ぬ」と書けば完了の意で連用形と見なす方がそれほどに見苦しくもなく好いかなと


 で、今度は次に[ん]が気になった。

 推量の助動詞[む]は、現代では[ん]にも表記される。(未然形)
 一方で、
 口語の否定の助動詞[ぬ]も同じく→○/ず/ぬ[ん]/ぬ[ん]/ね/○‥として[ん]に表記される。
 しかも推量の[む]と同じく未然形に接続される。

 これもどちらかと言えば、口語の否定利用の方が圧倒的に多いと思う。だから


> 「できん」と書けば否定の意
> 「でき'ん」と書けば推量の意、又どっちでも良い場合「でき”ん」なんてのもありかも


 ‥まぁこんな感じが適当かなと
 日本人なら大体の解釈はできるとしても、外人からしてみれば未知の世界。
 その辺の気配りに欠いては、和歌文化の外人への紹介はあやふやのままになりかねない。

 縦書きの場合は、また少し変えざるを得ないが、とりあえず横書きの場合のみ。以上。
 (著生はそのようにしていく次第です)
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2016年05月17日

【詩】女子力

向宜詠吟.2016/05/17

どじでまったりそれで好い
私がそれで好いというのに、あなたの見ようとしているところは全然違う
そんなにきちんと慌てて何になるのだろうか、私自身は何も変わらない
変われるなんて言ったって、軸の部分は動かないままだ。変わってしまったら「それは誰?」

大好きな気持ちは膨らんでいれば好い
どうして、破裂するまで膨らまさなければならないのだろう
そんなことしたら、ふわふわと浮かんでは居られなくなる
そんなのは嫌だから、たまにはしぼんで、また膨らませて‥それが大好き!

かまってもらえたらそれでうれしい
元気の無い風船に空気が注がれる感じが最高!
生きているってそういう事だと思う
ならしょうがないよね、誰だってしぼむし、注いであげたいし、たあい無い毎日だよ



> うた詠み終わります、ありがとうございました。


稚草

 アニメ「長門有希ちゃんの消失」を見ていたら‥
 あと、「たまゆら」の影響も‥「びんちょうタン」もようやく見たっけ‥


 女のどじはかわいく見えても、男のどじはかわいく見えねえ‥。
 ‥世の中がそのように不公平なのは、どうしてなんだろうね。

 世の中がそんな不可解を抱えたままなら、どうしたって煽りを食うのはどじ全般なんだぜ。
 ‥生きている大半はどじそのものさ。

 なにしろ、どじは地球好みのツボなんだからな。

 「わかっていますか?諸君ッ」
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2016年05月16日

【詩】結婚‥悩ましきそれ

向宜詠吟.2016/05/16

恋、男女の仲‥
誰かが誰かを好きになる‥
そして、結婚を意識する

ならば、問おう!

汝は、鎧刀と添い遂げるのか?それとも、中身の肉心と添い遂げるのか?
汝は、機体性能とまぐわうのか?それとも、操縦性能とまぐわうのか?
汝は、作戦指揮能力と連れ添うのか?それとも、メンテナンス士気能力と連れ添うのか?
汝は、戦場と孕むのか?それとも、保養地と孕むのか?

すべてを欲してみたところで

それは汝のこれからに是非とも必要とされるモノだろうか‥
汝は何を望んで結婚に挑むのだろう?
幸せという言葉に酔うだけで好いのなら、それこそそのままに酔いつぶれてしまえば好い
どんな酒も‥下戸から呑兵衛まで、至福の一時を約束してくれるだろう


所詮この世のすべては一時だけの幻さ


自分だけの美酒に酔いしれたいと願うのなら、まずは自らが美酒になるが良い
そうすれば、嫌でもいろんな奴が飲みに来る
探す手間が省けるというモノだろう
だがしかし、お互いに味見も過ぎればただの空ビンだ

だから結局は酒なら杜氏に行きつく
そうすれば、味のわかる奴が買い付けに来る
それもまた探す手間が省けるというモノさ
だがしかし、諒酒を造り続けなくなればそこでお終いだ


だからどうしたって、好きになっちまったら勢いこそが一番だ
勢いに乗り切れないんだったら、素直に捨てておけ

エンジン点火とアクセルの違いを履き違えるなよ

エンジン点火は自分でするものだ
アクセル全開に踏み込めるのが結婚(結びつき)なんだぜ


‥で、なんでブレーキとの出会いにしょげるかね?
出会いがブレーキだったなんてんのはな、妄想と同じなんだよ
何事も‥乗りたい乗せてみたいだけで、アクセル全開できるかどうかは別だろう
アクセル全開できないんじゃな、お互いに妄想なんだよ

妄想なんか適当なんだからさ、それが憾みになるって尚更に飲酒運転だぜ
そんなの誰も乗りたくねえし、安全運転の仕方を学び直せって事だろう
学び直そうとしないからこそ、しょげてるってわけだよな

「誰が悪いわけでもない、学び直せば好い!」

いつだってそこだけは変わらないお花畑が広がっているさ
花は勝手に咲くだろう、何をどう植えるかに尽きる

手入れを怠れば、すぐに荒れ野に様変わりだ
学び直そうとしない段階で、荒れ野だったってだけのことだから
自身が荒れ野でも好いなんて汝はそれこそ孤執の人物でござい‥まずは自覚しろ

お互いに、自覚の無い奴とは続かないものだ
自覚が無くても受け入れて貰えるなんてのはなガキのうちだけだ。肝に銘じとけや



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



語稚草

 諒酒【りょうしゅ】
 ‥意味は地酒と同じだが、事情を汲むとした意味ではもはや地酒とは言い切れない銘柄を指す。

 今や酒のブランドはブレンドだ。それが量産を狙っての味の調合だ。その結果の味。
 ‥昔の地酒はそこまで細かくない。除菌衛生環境&品質維持流通も整っていない。
 ‥量産にも限界がある一方で娯楽も少なく呑兵衛多し。運搬能力も低い。安酒の濃度は薄かった。
 ‥それこそ昔の昔は澱の方に趣があったと思う。薬なんか簡単に手の入らない時代だった。
 ‥酒は百薬の長の諺もある。それは主に濁酒を意味した。蒸留技術が伝わって消毒に用いられる。


 孤執【こしゅう】‥孤独・孤立に執着する様。
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2016年05月09日

【四首吟】お題‘おやすみ&夢の中’

記稿.2016/05/09

|おやすみの隣の連れに「また明日‥」今から帰る夢の中
|夢の中こそ我が家とは、帰れば元気‥だからおやすみ
|おやすみのしばしの別れ睡眠中、夢の中でも会いたいな
|泣きたいことぐらいゆっくり夢の中、お互いの生き生きそれがおやすみ



稚草

 久しぶりに括りにできたぞー♪
 しかも、二単語だ!!、すげー。
 いやぁ、快調だなぁ。

 ヤマノススメ(二十三合目)を見ていてインスピレーション頂きました。m(_ _)m
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2016年05月08日

【四首吟】お題‘湯水のように使う’

記稿.2016/05/08

|カネを湯水のように使ってもきれいにはならない
|きれいにはならぬのに、湯水のように使うとは是如何に!?
|如何にせよ、きれいにする為に使うのが湯水のように使うの心得なり
|理屈から言えば、カネを湯水のように使わせたのは女で、さぞや綺麗になったのであろうな



稚草

 なる程、そうすると、女の時代とか言っても
 自分で稼いだカネを自分に使っても綺麗には成らない‥のが言霊の示唆ということになるだろうか。
 (へそくりは貯めるばっかだし、使うにしたって他のことだしな)

 結果、綺麗な男子という奴が登場するようになって来たというのが流れだったと‥
 (カネがあるばっかりに、女趣味に育てちまうわけだからな)

 中には、男の娘などという理解不能の流れも起きてしまっている。

 もしそうなら、男社会の構造をゼロ値にまで崩壊させようなどと図るのは、
 ‥考え直した方がいいんじゃないのかな。
 ‥同性愛現象という奴も、その流れの上にあるような気にもなってくる。


> マンガでもなぁ、男キャラは根性狼目で、女キャラはきゃぴきゃぴ丸目で


 そんな絵柄ばかりの世代ってのが、少し前まで多く見られたのだが、
 最近では、男描くのが面倒なのか、女しか描かれず‥片寄った作品も多くなった。
 結果、女子の役回りが男子化している。否、オヤジ化オタク化していたりする。

 そんな背景にしたってな

 漫画を描く=資金力でもある。(スクリーントーンの時代は特にそうだったと思う)
 今やパソコンになるが‥上を見ると切りが無いが、マンガを描こうとするとそれなりにカネが掛かる。
 ‥市場が狭いということもあるが、兎に角まだまだ高く付く。

 つまり

 与えられて育った連中の作風ってことで、

 画風も、与えれた分だけ、綺麗になってるのだろうと思うけど、考え方は女子化すると‥
 男になりたかったら、欲しがって良いのは、うまい飯止まりにしておけって事になるだろうな。

 つまり

 男におしゃれを勧めているのは、女子化しろって意味になるから
 そこの所の塩梅までを崩さんとばかりの風潮は、男にとって有り難迷惑ってことだな。
 順番からしても、野郎の世界観に息苦しくなってから、手を広げた方が無難と言えそうである。

 女子にしてみれば、生活観、豊かさ観を絞ってみればって事だろうな。
 そうすると、文化の隅々にある男臭さへの理解も多少はすすむかもな。
 (それは必ずしも男臭いのかというとそんなことはない。有ったのはテメエの偏見ばかり)

 まぁ、問答無用で絞りから入らざるを得ない生活状況なら、不足分はどこからか補った方が良い。

 そういう男女の塩梅ってのは、ある程度、魂にこびり付いてるものだと思っていたが
 ‥なんか、そうでもなさそうだよな。
 ‥不足があるから荒れてくる。満ち足りすぎればふにゃらけてくる(それは普通に生ずる)


 「どれぐらいの過不足加減が自分に丁度良いのか、そこが肝心なのだろう。」
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【詩】まずは気持ちを聞こう

記稿.2016/05/08

気持ちをちゃんと伝えなければ、気持ちはすてきになんてならない
気持ちをちゃんと受け止めなければ、気持ちはやさしくなんてならない
黙ったままでお互いに上手になれるのは‥イライラだけ‥

どうして言葉にしないで、あなたのことがわかるだろう
自分自身のことだってろくにわかりもしないのに

それが礼儀だと思っている
それが愛情だと思っている
それが常識だと思っている

それで、あなたは相手のことをどれだけわかっているのだろう‥
お互いにわからないからこそ、だんだんとイライラを募らせて、ますます口を貝にして、
物事を思い込みですすめてしまうのだ、やっつけで済ませてしまうのだ

それでどうして気持ちが伝わるだろうか?

すてきになりたいのだろう(自分の日常において)
やさしくなりたいのだろう(大切な人の前では)
ならばこそ、トラブルだらけの普通ではない環境に身を置くことにもなるだろうよ
だって、それが早道なのだから(膿は先に出すべきだし)

そこに山積みになったイライラから逃れたいのなら
マニュアルなんか捨てれば好い、基準なんかクソ食らえだろう

誰であれ、その人自身を見ようとすれば良い
少しずつ違うのだという理解があるなら
手広く何でもやれて当たり前などという自由を考えることの矛盾に気づくだろう

あなたは、そんな少しずつの違いにどれ程に対応できるというのだろう
どれ程に対応ができたところで、程度の差はあれ、
相手の要求に十分添えるには、どうしたって、誰であろうと限りが生ずるものさ

そのたったひとりに向かってすらまともに成らないのに、どうして手広くなどあるだろうか‥

誰かがそれをこなせているように見えたって、それはどこかに手抜きが潜んでいるというものさ
だから、足りない分が、誰もが同じという言葉に置き換えられてうやむやになっている‥

そこにある同じというのは、わかって貰えていないという感覚だけだ


「だからこそ、どうしたいのだろうか?」

それこそ、そこの気持ちを、誰かを頼って金魚のフンになってみたところで、
あなたが自分に対してそこを考えずままでは、そこにやって来る満足なんてものは
誰もが同じようにあるという流行りに常識を持ち込みたいというだけのことなのさ

もし、あなたがその流行りを手にできないからとして、ふて腐れているなら
同じようにふて腐れている人らがどれだけ居るのかを考えるべきだろうよ

そもそもの視点は、望みのままに手にできているかどうかでは無い
まずはそこに、自身の意思が主を描いて沿っているかだよ
いつの間にか愚痴りたいだけの自分しか居ないんだったら、それが本心にすり替わっている

自分がどうしたいのかの気持ちを、他人にまで頼って預けてしまう人が多ければ多いほど
自分がどうしたいのかをわかっている人からすれば、
手抜きなくきちんと向き合いたい人との時間を奪われて行くのと同じことになるのだから


そこを普通に、物理的に日常を考えても、どうしたって無理も出てくるさ
そこで、こちらに都合付てもらおうと駄々をこねては、それこそ一般論頼みって事だよね
あなたは、そんな一般論のくくりで片付けられたくないはずなのに、
新しい便利が登場した瞬間から、そこに当てはまっているかどうかを無駄に気にしてしまうのだ
そのイタチごっこは本当に矛盾している

それで好いというのなら、それこそ、一般論として捨て置かれることにもなろうさ

だって、誰も彼も、それら新たな一般論を片手に手広くできると勘違いしている‥
だから、あなたのイライラが共有されるべきかのように、次第に沢山‥近くを蠢くようにもなる
これはどうしたって、悪循環が起きてるって事だよね

まずは、手広くできる自由なんか嘘だって理解しないとね

その上で、自分のどうしたいかを‥平たく考えてみるべきだ
そこを押さえられないうちは、
すてきにも、やさしくもなれやしない(自分の望むペースほどにはね)

便利と一般論の進捗に、無理に付き合ってしまっている感覚から、整理すべきことだよ
必要以上に便利を望んでも、自分たちに大切な気持ちを育んでくれるとは限らないのだから
posted by 木田舎滝ゆる里 at 11:29 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする