2016年04月23日

【四首吟】お題‘とみこうみ’

記稿.2016/04/23

|人間を味わいきらずに疲れちゃう 遠見近見の世間の渡り

|渡りきらむとす人の斯様な願いなど 天に願えど人は知らん

|知らん顔している互いの言い訳を 如何に聞こうとどうもならん

|成らんから棚に上げても余計成らん 腹割って話せ まずはそれから



稚草

 左見右見と書くのは当て字だそうだ。
 そこで
 読みの【とみこうみ】を、遠江(とおとうみ)近江(おうみ)
 に見られる訛りのパターンと考えると、遠見近見と書くのが筋なんじゃないのかなと‥

 遠くを見通せば、近くのそれに対する見方も変わるのだろうが
 それにしたって、近くに集まる人の関心も捨てがたく気になるのだ。
 意味としても「あちらを見たり、こちらを見たり」と同じになる。
 ‥どちらかというと、遠くを見るか近くを見るかで言い表した方が賢そうだ。

 そう考えると、左見右見の方の当て字は
 世間様の先見が賢くなるのを嫌って、封印されたような感じに思えなくもない。
 ‥それとも、遠江の読み間違えの増えるのを嫌ったか。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 19:18 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

【詩】妄想からの脱出

記稿.2016/04/23

> 動きと動きとが絡まった瞬間、その一瞬に焦点を注ぐ
> 命と命が絡まった瞬間、その一瞬に焦点を注ぐ


 命のやりとりがとくにそう‥攻防一体の達人芸‥
 実力は五分五分、釣り合っているから起こり得る生き生きとできる瞬間‥
 でも、命のやり取りだったら、繰り返すことは叶わない‥


> 主張と主張が絡まった瞬間、その一瞬に焦点を注ぐ
> 私が求めてあなたが求めて絡まった瞬間、その一瞬に焦点を注ぐ


 私の妄想だったそれが、あなたの妄想だったそれとなぜか共鳴していた。
 それが広がれば広がるほどに、現実感が湧いて来た。
 でも大きくなりすぎると、誰も私を肯定しなくなった。

 それは簡単な理屈だよ。私の妄想が、私たちの妄想にすり替わったからだ。

 「私たちの妄想と共鳴するあなた方という妄想はどこにあるのだろうか?」

 それは常に戦いだ。意見の衝突だ。家族としてのそれではない‥
 私たちが家族になったという証として、どうして分離を描かせるのだ!
 誰だって、冗談じゃないだろう。それこそ妄想だ。誰にでも共鳴する妄想ではないのだから‥


 「だから、どんなに共鳴が起きたとて、精精は家族と呼べる大きさにしか成り得ない」


 そうだ。そこに村ができたとて、
 余所の村に影響されて、そもそもの共鳴が失われたらそれはお終いになる。

 しかし誰しもは‥
 そこに見えた大きな何かに憧れて、家族になろうとする。なりたがる。
 でも、その憧れは‥どうしたって家族ごっこだ。

 そこに見えだした勢いのある村とは、良かろうと悪かろうと
 誰かの共鳴が土台となり、柱となり、梁となりそうやって構築されてきた。
 「あなたがそこで暮らすことを夢見たとて
  あなたはそこの暮らしに何を添えられるというのだろうか?」
 ‥そこが空っぽで、ただちゃっかりと居たいだけのお客さんとしてなら
 いずれお暇しなければならないばかりだろう。

 だってあなたは家族として住むことを望んでなど居なかったのだから‥
 ‥どう見たって、お客さんだった。

 例えお客さんでも、気の良いお客ならそれなりにちやほやされて長居もあるかも知れない‥

 でも、どうして、住んでいる人たちの気持ちを掻き乱すような人が受け入れられるだろうか?
 ひっくり返さんとした思惑を少しでも抱えていたなら、そこで暮らせることなど有り得ない。
 家族になろうというのに、そこに居る人たちを追い出そうと目論んでいるなら尚更だ。

 「人は其を否定と呼び、忌み嫌う‥」

 余所の村と影響し合えば、良くなるだろうなどと考えるのは、それと一緒でどうしようもない。

 始めから支え合うことが目的の連合にあったなら、始めから共鳴して在り続くだろう。
 ‥もし、そうでなければ、中はどんどん朽ち果てて、見るも無惨に引き裂かれるばかりだ。


> その中で、あなたはどんな妄想を描いている‥囁いている‥叫ぶのか‥


 あなたが、心の底から嘘を張り上げてみても、誰にも共鳴するまい。
 「あなたの本音の叫びとはなんだ?」
 「嘘の叫びに、あなたは満足しているのか?」
 もし仮初めのそれに満足があるのなら、そこに起こり得る共鳴は、あなたを幸せにはしないだろう。
 その後に訪れるだろうあなたの後悔が、精精の満足感という程度で費えることになる‥


 仮初めに見えている誰かの共鳴の華やかさを真に受けて、横から掴もうとする必要は無い。
 あなた自身の本音の妄想が、いずれ共鳴を起こすだろう。
 しかし、本音をわからずに疎かにしていては、
 そこに起こり得る嘘の共鳴は、いずれあなた自身を嘘の谷に放り込む‥


> 大好きと大好きが絡まった瞬間、その一瞬に焦点を注ぐ


 ‥そこを発見しようとしないのでは
 いつまで経っても、仮初めに見えるばかりの共鳴に翻弄されるばかりだ。
 「なにをしたいのだ?」
 妄想一つ取っても、本音で大好きを貫き通せぬ者に、大好きでいっぱいになど訪れるわけがない!
 少なくとも、あなたがその中で‥死に切れる瞬間など訪れやしないのだ。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:59 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

【詩】適当の臨界

記稿.2016/04/16

適当は好い
何が好いかって、お気楽だから好い

でもそれだけだ

適当のままでいると必ずや行き詰まる
なにが流行ろうとも、適当なら、適当に飽きも来る
回りまでそうだと、適当にしか成り行かない尻切れ蜻蛉だ

そんな文化では所詮、先が知れている


だからだろう‥
適当に恋をすれば、適当に縁を切ることにもなる
そもそもが適当だから、そんなもんだ

お気楽な恋なんか、そんなもんだ
一体全体、それはどこの文化だったかね?

適当だから、意見もマナーもバラバラだ
好き勝手し放題‥というより理想なんかない
仮にあったとしても、すこし風に吹かれりゃお終いだ

だって、適当なんだから‥


「どうしてそこまでして、適当が好いのだろうか?」


適当からの脱出の仕方を知らない、ただそれだけ‥
みんなで知らないと、そりゃ適当なままだ

適当でしかないくせに、みんなであれこれ言い出すからまとまらない
それこそ、適当にあるがままをお望みだ


「‥本当は分かっている、礼を尽くすべしとした感覚を」


でも、あまりにも、自分では考え切れない細々としたことが多すぎる
分業化社会になればなるほど、ますます適当に依存することになる
それは高度とは言わない陳腐というのだ

ますます陳腐化せざるを得ないから、日常が適当になる

それは、ある意味で良い塩梅だが、しかしそうでもない
基本が他人任せで、何も身についていない感覚ほど糞な現実も無いからだ

礼を尽くすにしたって、形骸化にも見えてくる‥
格差も積もれば、胡散臭くにしか見えてこない‥
代理で座っているだけの王様と一緒だ


|適当という煮え切らず毎日のなんと窮屈なんとくだらぬ
|ただ休めひたすら休めそれだけでなんとスッキリなんとクッキリ
|倦んだなら自分で動け試みろそれをせずにゆかしなど在らぬ
|突き詰めろトコトン粘れそこにほら、お前の内から明日見る瞳


そこの叶わぬ暮らしなら、狂わない方がある意味で不自然だ
狂うにせよ、なんであれ、先駆けする輩は居て当然なんだからな
でも、狂いたくはないだろうよ、そんなの誰も望んでやしないさ

「ならばどうする?」

‥お前さんの順番が回ってきたというそれだけのことだろうよ
posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:43 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2016年04月02日

【国歌代替案】民の春

記稿.2016/04/02

“ 東の果ての春ー のどけしき光ー♪
 サクラ咲く国のー 誉れぞ四季の寂び♪
 山も海も里もー いやさかに包まれてー♪
 サクラ咲く国のー 侘びしげく清き風♪ ”



稚草

> サクラの唄とやらに挑戦してみようと思ってやってみたらこうなった。


 テーマ&題ともに、「君が代」の当てつけと言うことであつらえてみた。
 長さとしては、こんなところかなと。

 俺の中では‥ちょっといじると、まんま酒の唄になっちまいそうな手拍子調‥
 ‥誰か、格好良くリズムを見繕って頂ければ喜ばしい限りっす。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:46 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

【詩】心の中の季節

記稿.2016/03/06

人の心の中には四季がある
四季と言っても、順繰りになんかやって来ない
それはもう気まぐれだ

自分の好きなように、気分次第でいろいろに変わる
移ろいなんて気の利いた変化なんかありゃしない
いきなり冬が来て、夏が来て、時にはずっと毎日が嵐だったりとする

自分でさえ、そんな当てずっぽうな季節の変化に向き合うのはたいへんだ
せめて変わり始めには、移ろいを見せてほしいものである

でも、人の心の中の季節は、突然に変わるのだ

順繰りすらなく、いつの日かの風を追い求めても
二度と巡ってこない‥それっきりの季節もある

戻ってくる季節‥戻ってこない季節‥
そんな戸惑いへの整理の暇もなく、次の季節はやって来る


自分に住まうだけでは、季節はただやって来るだけ‥
でも、私から訪れることもできる
それが人の心の中の季節でもある

どうせ突然に見舞われるのだ
ならばこちらから訪れる季節の風になるのも好い
ご機嫌な風として、季節の向きがわかるようになる頃には‥
お約束の季節が、私の心の中をちゃんと巡るようになっている

「また、やって来ましたよ♪」
たったそれだけを待ち望んでいるあなたも居るのだから
posted by 木田舎滝ゆる里 at 10:25 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

【詠吟】富士山の雪化粧 2015師走を詠む

改稿.2015/12/26...2015/12/25...

Fuji snow-clad 20151224.jpg

出展:静岡新聞

|白峰は告げる 師走も残りわずかと
|されど未だ陽光の弱まりを感じられず
|空気のみ冷ややかなり
|富士の大観 雪化粧の薄し短し


|冬至明けて 富士のお待たせ雪化粧 寒さそこそこ気配そこそこ


追記

 ちなみに
 こないだの初冠雪は、一日で溶けちまいやした。
 ‥今年は暖冬なんすね。超エルニーニョとかなんとか。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:33 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2015年12月06日

【詩】普通こそが衰退している

記稿.2015/12/06

デキすぎた女は鬼にしか見えない
ダメすぎる女は飾りにしか見えない
一長一短があることにホッとするべきだろう

しかし

生意気な長所は目に余る
ズボラな短所も目に余る
不釣り合いな一長一短も目に余る
意外すぎる一長一短とて同じことだ

男から見てそうであるのなら
女から見てもそうであるのだろう

しかし

女は家庭に於いて容赦がない
男は社会に於いて容赦がない
取り付く島もない組み合わせにだけは、出くわしたくないものだ


「へたれ」とは、基本的にそれの回避願望を指して言うのだろう


ならば、現代の人々の多くは、「ヘタレ症候群」と言えそうだ
だってそうじゃないか‥世間のどこを見たって、普通こそが衰退しているのだから

普通に暮らせなく成りつつある不安が募るからこそ
慎重に選ぼうとして、普通であることを拒否することにもなる‥
確かに‥私たちの今の暮らしからは、普通こそが衰退してしまっているのだ
posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:11 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2015年11月06日

【詩】有り難いの根っこ、もったいないの根っこ

記稿.2015/11/06

続けられる事
やり直せる事
挫けない事
倦まない事
飽きない事

それこそが有り難い
ならばこそ、そうなるように慮れば良い


任せてみれば良い
許してやれば良い
支えてやれば良い
諭してやれば良い
わけてみれば良い

そうすれば、有り難い
ならばこそ、宇宙は、そのようにできているはずだ‥


そうでない宇宙など、有り難くも何ともない
そうでない社会など、有り難くも何ともない
そうでない私など、悦ばしくも何ともない

でも、感情があるからこそ、そこに辿り着く
感情に鈍かったら、そうは思わないだろうよ


生きんとして、独り占めばかりに価値観を抱き
上から目線で命令して、失敗すればすぐに廃棄する
挙げ句の果てに、人が持っている何かを欲しがって競い盗る
まったく以て、どうしてそんな社会が根ざしてしまったのだろうか?
そんな考えの根っこには、孤独とカツカツへの恐怖しかない

恐怖しか持てていないから、恐怖でしか向き合えていないのだ

なんと残念な時間に付き合ってしまっているのだろう‥
まるで寿命泥棒だ


「感情に鈍いままの人生こそ、なんともったいない!」
「恐れおののいたままの人生こそ、なんともったいない!」
posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:35 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

【詩】想いは流れ星

記稿.2015/10/12

想いは流れ星
私の中から生まれて、私の中に消えていく

一つ一つの欠片のなんとたわいのないことだろうか

それでも時折
目を惹いた想いに、身を焦がすまでになる

その欠片にどんなに執着しようとも
その想いとて、流れ星のようにいずれ過ぎていく

「何を願ったというのだろうか?」

見飽きるほどの付き合いだろうか‥
それとも、ちょっぴり切ない名残惜しさだろうか‥


すくえる欠片のすくない程に
手にしたそれへの想いも甚だしく愛おしい

否、私のこの想いをすくって欲しいと言わんばかりだ

ならば、共に消えていけば好い‥死の訪れとはそういうものだ

それが、私の中から生まれては、消えていく想いたちへのいたわりになる
posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:05 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

【歌詞】零戦の唄

記稿.2015/10/09

※ ロボットアニメや特撮アクションの育ちなもんで、その辺の主題歌のノリでお願いします。
  ゲッターロボ、バビル二世辺りが分かりやすいかと‥
  間違っても軍歌のノリとは違いますのであしからず。


導入イメージ
(ウ〜ウ〜、敵機来襲、敵機来襲)
(ウ〜ウ〜、敵機来襲、敵機来襲)

1.回せ回せ、プロペラを、敵機が来襲発進だ
  軽快飛行で誘い込み、ひーだりねじり込みで後ろ取る
  蹴散らせ、グラマン、ボーイング
  残るは零戦、この勇姿

2.(構想中)




> 二番が欲しいところですが、そこまでオタクではないのでなかなか出てきません。


 もう少し長い方が良いのかどうか‥まぁそこまでの才覚は正直ございません。
 ‥なので、是をネタに、再構成する分には一向に構いません。


 着想は20代の頃に遡りますが、なかなか好い感じにまとまらず‥
 勢い余ると軍事色になっちまうんで、まぁこんなところかなと。

 ほとんど趣味ですので、まぁその手のゲームでもしながら
 口ずさめば良いんじゃないのかと

 ‥と、その手の本格的な操縦ゲームで遊んだことがないという。残念。orz
 ‥ちなみに乗り物酔いにも弱し。残念。orz
posted by 木田舎滝ゆる里 at 19:40 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする