2016年12月14日

【勝手句帳】057 28-12-9 其の2静岡新聞掲載分から

↓9)向宜詠吟.2016/12/16...20161214...

|子と母の影を夕日が照らし出す     浜松市・浜松川柳社いしころ会

|影法師ならべる親子の帰り道 煙突煙る昭和の銭湯


 ‥ぶっちゃけ、「子と母を夕日が照らす」です
 さらにツッコむと‥影を照らしているのではなく、何か対象を照らすから影ができるのであって
 影を照らそうとすれば、そこに浮かび上がるのは心の翳りつまり闇でしょうか‥

 という勘違いになりかねないので、「影法師」を使う所から始めましょう。
 ‥それとも母子家庭ながらのどん底加減を詠みたかったのでしょうか?
 ‥それはそれで、俳句でしたためるのは無謀かと


> ちなみに、昭和の銭湯のピークは人口差により地域によりまちまちに思われます。
> それでも昭和40〜50年代あたりはまだまだ経営が成り立っていたと思われます。
> やはり、昭和バブル崩壊が大きいかと思います。(風呂だけにバブル崩壊ですかな)




|仰向いて目で追う雲の七変化      浜松市・浜松川柳社いしころ会

|仰向いて目で追う雲の七変化 空なんもせずとも自由を為せり


 ‥季節感が定かに無いので、その点でパンチに欠けますが
 「七変化」には、そこを春か秋に連想させるカバー力があり、良く詠めていると思います。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:55 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

【疑問】[名詞+する]が、なぜ基本サ変なのか?

記稿.2016/12/13

> 「是は勘違いなのだろうか?」を発見してしまいました‥m(_ _)m


 名詞+する
 ‥是はどう考えてもサ変でして、四段活用には成りません。

 よって、「名詞+する」に助動詞「り」は付きません。

 「名詞+せ+り」×、「名詞+せ+る」×‥という事のようです。
 (‥申し訳ありませんでした)


> どうしてなのかを吾ながらに問答してみたところ


 日本語には
 競る(せ・る)四段
 迫る(せ・る)四段‥が先陣を切ってるせいのようです。

 ‥ということで、サ変のように特殊に活用を見せるようです。
 どうしてこれが身についてなかったのかを吾ながら振り返ってみるに
 「アンチ競争思考」ゆえの既存動詞の欠落だった‥などと思っちまいました。(俺の中の鏡似性?)


> ところが


 引っ付く名詞によっては、五段・四段‥OKだったり
 ときに上一段・上二段‥だったりと変化を見せるのです。
 そこに是と言ったルールが発見されていません。
 ‥つまり、まったくの間違いとも言い切れない向きがあるようです。

 (ようするに、日常的な使い勝手の向きではサ変に縛られないという例外則がある模様)


> ちなみに、検索してみた結果


 「帰省する」「炊事する」が間違いに該当しておりました。(痛ぁぁあああ)
 ‥追って訂正しておきます。(わりと早い段階で良かったかなと、ははは)
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2016年12月12日

【勝手句帳】056 28-12-9 其の1静岡新聞掲載分から

↓6)向宜詠吟.2016/12/12

|夕焼けの尻尾掴んでいる麓       焼津市・川柳わかくさ

|夕焼けが山を掴んで耐えにける 藁をも掴むに差の有らず


 ‥「夕焼けの尻尾」×「掴んでいる」
 どうにも、夕焼けが沈んでいくのを止めたいのか、止まりたいのか
 そこがちょっと判りにくいのですが、この発想はしたことがなーいww!!!


> ということで、リスペクトしてみました。(ご馳走さまー♪)




|でかい夢抱いて些細には拘らぬ     浜松市・浜松川柳社いしころ会


> おやおや、こだわらないんですか?
> じゃ、何にこだわろうって云うんでしょうかね?


 つまりは、「長いものには巻かれろ」にございますよね‥
 だってそうにございましょう‥
 私たち庶民の抱く「でかい夢」は、所詮、転がってる既存の前例をなぞらえる程度ですからね。


|でかい夢抱いて些細には拘らぬ だからダメだよ政治屋は
|些細こそモノの本質事始め 気付かぬ馬鹿に政は無理
|科学とて些細の発見興味から 常識ばかりに発見なし
|芸事の極みも同じ些細の差 些細を問えぬが未熟なり
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2016年12月11日

【勝手句帳】055 28-12-6 静岡新聞掲載分から

↓5)向宜詠吟.2016/12/11

|落とし物拾うも今はドッコイショ   静岡市・小鹿川柳同好会(来てこ)

|ハンドルを握るも今はドッコイショ ブレーキたぐれるヨッコラショ!?


 ‥「どっこいしょ」は腰を下ろす時、「よっこらしょ」は腰を上げる時
 と言う風に思っていたのだが、ググってみるとそうでもないらしい。


> ネタの詠みの句のリズムをそのまま用いて時勢を詠んでみました


 ‥ブレーキを踏んだつもりが「ヨッコラショ」と
 踏んだ方も驚くが、襲われる方も悲鳴である。

 (こうなるとアレだな、脳波で判断する装置を付けるしかない)
 (緊急ブレーキの脳波をキャッチしたなら、とりあえず止まれに切り替わるような感じ)
 (記録として残るなら、意図的犯行かどうかの裏付けが取れる)

 (でもハッキリ言って、ハンドルにボタンでも付けた方が早いと思う)
 (アクセル全開気味に踏んでる状態で、クラクションを鳴らすと止まるとか‥)
 (アクセル増し続けながらのクラクションは通常ありえない。減速させるのが本則)
 (まぁ思うに、急ブレーキを嫌うなら、一度目は減速、二度目以降に停止ぐらいかと)




|昼食を忘れて本を読み耽ける     静岡市・小鹿川柳同好会(来てこ)

|恋愛を忘れて男子眺めやる 霜降り肉を諦めてサラダ
|恋愛を忘れておなご眺めやる お高い肉よりカップヌードル


 *耽る(ふける)が本則。他の「ふける」は「●ける」で通るが
 ‥どうしてか耽るだけは「け」を付さずに書くのである‥


> こちらも、ネタの詠みの句のリズムをそのまま用いて時勢を詠んどります


 ‥なるほど、豊かな社会になると江戸の将軍様からしてそうだったように
 ♂は庶民好みになる‥つまり、平たい向きのおなごの方が可愛く見えると‥

 乱世なら、自分のリスクを減らす理屈から言っても、強きのおなごがもてはやされるわけだが、
 そうになければ、萌えとばかりに多少馬鹿っぽくてもOKということか‥

 にしても現代社会は、半分乱世と変わらないわけで

 カネのある♂程、見た目良ければの萌えにハマり、できる仕事女なんか論外の選択肢。
 (生活上の豊かさゆえのお付き合いが絡むので、あまりにも非常識は×)
 カネのない♂程、どうしてか美味いもん食いたさにも、高嶺の花を望んでいると。
 (だが、頭ごなしに尻に敷かれても良いと思っている男子は少ない)

 一方で

 ‥豊かになるほど、シンデレラストーリーにハマるのが女子と
 ♀が頑張って上司に登り詰めれば詰める程、カネor顔に適わずの♂に魅力を失うのに比例して
 実は‥♂からも魅力を欠いていたと、これはこれは鏡似性たるようなご苦労様の流れですな。


> つまり、どうにも反比例だったわけである。
> 女子は頑張ろうとすればする程に、諦めるべきポイントを自覚すべきと云う事だ。


 (翻ってみれば、そんな仕事熱女子に愛想を尽かす♂にも似たような所がある)
 (♀の台詞としても「私or仕事?」と同じにある‥♂にも同類の奴が居ても不思議はない)
 (女ほど、夢と心中する気でないと良縁にはならないと‥色男なんざ捨て置けと)
 (でも、登り詰めたいタイプの♀ほど、尚更に面食いだったりするわけだ)

 そして、それは食生活の好みにも現れるが如しと
 ‥詠んで並べてみるに、なるほどと思っちまいました。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:10 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

【勝手句帳】054 28-12-3 静岡新聞掲載分から

↓4)向宜詠吟.2016/12/10

|ゆっくりと杖をつきつつ歩く我それをおいこす若き足あり      牧ノ原市・浜木綿短歌会


 ‥いやはや、老いの視点ですなぁ
 まぁ、杖といっても怪我すりゃ突く松葉杖もありまーす。

 追い越す追い越されるにしても、何をそんなに意識なさっているのでしょう。
 確かに‥若さが気になる点は誰しもに訪れる問いにあるにせよ、

 ‥詠みにまで老いを持ち込む必要を誰も強いてなどいないのです。

 つまり、そのように思ったままに、自分を追い込むのもまた自分なのでーす。
 普段の何気ない小事でそれでは、何事も気持ちからして大事には対応できませんな。


> 大事こそ共生なのです。
> 斯様にも、比較意識がちらついては、とてもとても乗り越えられない方の選択でーす。
> ‥選択と云うよりは、性格‥もとい症候群ですな


|ゆっくりと杖をつきつつ歩くたびお呼びになきや吾の内より
|挫けては支えて貰えぬ世の中のさらに選別成果優先
|明白や関わらぬ方が身のためと反りもそれたる吾が道ぞ亀
|朽ち果てて逝くからこその雅なら雅を求む敢えて用なし
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:19 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

【勝手句帳】053 28-12-2 其の2静岡新聞掲載分から

↓7)向宜詠吟.2016/12/10

|前を向け影で支える人がいる       伊豆市・川柳ともしび吟社

|前を向け影で支える人いる そこの格差に気がついて給れ


> ‥格差は格差でも、支えてくれる人の数の格差とは、一体全体なんでしょうな??


 そこに格差を感じると、応援する気にもならないのは、性格かも知れませんが、
 誰からも応援して貰えないのに、応援する気にはどうしたってなかなかならんでしょう。

 まぁだからといって、自暴自棄になるかどうかは、これも又性格ではあります。

 そのままほったらかにしておけば良いという意見が多数を占めていると
 格差問題が解決することなんてのは、まず有り得ません。
 そこにあるのは努力ではありません。明らかに支える気概があるかどうかです。
 ‥その気概をどうしたらお互いに引き出せるのかは、どうしたって気概しかないんですな。


> 世間一般には、そこを真っ直ぐ、誠実、責任、愛などと言っとりますが、


 それの多くは、自分を支えるのにやっとです。
 ‥自分に得になるようにしか考えられない気概など、否、
 斯様な社会状況にあるそれらを気概とは言わんのです。(簡単に流されますから)




|風の音雨の音にも秋深む         島田市・川根榾火俳句会

|秋の声風に雲に私に つつしんで清貧「いざ大坂」


 *私(わたくし)

 ‥ネタの詠み、なんか整っているように見えて、「あれ?」って詠みなんですな
 良く考えて下さい、凝縮した表現に「秋の声」があります。まさにそのひと言で済んでしまいます。

 でもまぁ、「風の音雨の音」という掴みが悪いというわけでもなく
 そこをなんとか活かそうと、+七七への引っ張りを考えている内に、
 ‥狙って詠もうとしてる訳では無いんですけど、またまた真田ネタになっとります。
 
 なんでも、この「いざ大坂」の時に始めて「幸村」を名乗るんです。


> ‥それにしても


 鐘銘事件 慶長 19年7月26日(家康がイチャモンを仕掛けた)
 大坂冬の陣 慶長19年10月2日(真田丸が出来上がっちまってる)
 この間なんと数ヶ月です。

 真田幸村が、真田丸を提案して、改めて作業に掛かるまでを考えると
 わずか一ヶ月足らずで仕上げないと、勘定が合わないほどの突貫工事です。
 ‥その上、抜け穴まで用立てていた勢いに思われます。

 ‥今の技術で考えても、足場づくりの組立(突貫)〜解体だけでも半月‥

 まさに一夜城の勢いで作らないと間に合いません。(目ん玉飛び出るぐらいの勢いです)
 真田丸を妄想にも‥CGできれいに描いてなんぞいるようですが
 とてもとても、斯様に華やかだったようには思えません。


> 昔の日本人はわりと小柄だったとの論もあります。(特定の武将は大型のようですが)
> 超能力のような術がマジで使えていたようにも思えてなりません。
> 上田城にも抜け穴があったとの話もありますし、ほんと謎です。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:50 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

【勝手句帳】052 28-12-2 其の1静岡新聞掲載分から

↓6)向宜詠吟.2016/12/10

行く秋の火点し頃の鐘一つ        掛川市・いちご俳句会

|山里の釣瓶落としに鐘一つ 又一つと黄昏のはざま


 ‥地域差でしょうかね?、昔を思い出してなんでしょうかね?
 「火点し頃」と言うのが‥今ひとつ馴染みが無いのでよく分かりません。

 「鐘一つ」鳴るという光景にしても、都会ではもはや薄れてしまっています。
 ‥そこを思うに、山里の光景だろうと踏み、斯様なまとまりになりました。


> 「釣瓶落とし」が上手に使えましたぜ(うほぉ♪、ごっちゃんです)




|静寂を受けとめている青い海       伊豆市・川柳ともしび吟社

|静寂を受けとめけるや月の海 照れる波間に伸びたる光


 ‥詩情としては、「何かな?」と思わせるのですが
 「青い海」より「月の海」としたほうが、より受けとめている感じが出るかなと思い
 月の道な感じに引っぱってみました。


> ‥なんと静寂に包まれた月夜なのだろうか‥
> 海も又その満月の静寂さを受け入れているかのようだ
> その静かな波間に照り出されて伸びる月の道がまたなんとも言い難い
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:00 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

【勝手句帳】051 28-11-29 其の2静岡新聞掲載分から

↓8)向宜詠吟.2016/12/06

|ひもじさも知らずに育ち子の背丈        島田市旭

|ひもじさを知らずに育つ子らに課題 いじめの根っこぞ世に溢るる


 ‥なるほど、腑に落ちましたよ。
 そこにあるのはどうしたって大人の問題でーす。

 デカくなればなるほど、凸凹も増えますからね。(世間間で競争なんて、それ以上でも以下でも無い)
 凸凹が乏しかったなら二極化しかありえません。(人類は確かにはめられたのです)
 ‥ゲームしててもわかりますが、二極化は意図的に計画立てないと起こり得ません。

 そこにあるのは、個性の差ではありません。明らかに造られた格差なんですな。

 豊かさの質を追うことを幸せなどと思い込み、その結果、二極化させられたのが現実です。
 今社会のそれはどうしたって格差なんですよ。個性だなんて見方は妄想に近い解釈です。


> ‥そこにあるストレスを濃縮してしまっているのが「学校」だったのです
> なめた先生が多いのも、なめられる先生が多いのもそこにある生活の差を想定できないからです
> その上、操作された命令や情報が飛び交います


 ‥高を括ってしまう育ちの良い子が、社会をなめてしまうのも競争が偽装と理解しているからですよ。
 「大企業に入れば大丈夫、公務員は安定‥」なんてのは、そんな大人のパターンの裏返しのままです。
 どこにも個性教育なんてありゃしません。あるのは、注目に値する芽だけを育てる仕組みです。

 学校での落ちこぼれ組が教師から放置されがちにあるように
 社会に出ても、同じことが起きているだけです。

 (‥まぁ基本は自分でなんとかしろでしょうけどね、そのなんとかの場が半ば戦場ですから)
 (‥途端に義務教育の多くに意味が無かったことを思い知らされて躊躇せざるを得ないのです)
 (人間としての扱いなんてどこ吹く風です。すべては好き勝手な損得勘定が渦巻くだけの世界です)
 (損得勘定を優先させる世界にある限り、幸せなんて露の如しです)


> 教える立場の者らが、お互いを対等に見ていない思えない段階で、すでに基本的人権もありません。
> 格付けばかりを気にせざるを得ない評価査定の先行する仕組みなんてそんなもんです。
> お互いの尊厳を背中で示せていない段階で、人格教育になっていないのです。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:40 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年12月04日

【勝手句帳】050 28-11-29 其の1静岡新聞掲載分から

↓8)向宜詠吟.2016/12/04

|縁むすびの小さき社や秋日濃し         清水町玉川

|振り向けば継ぎたる祠秋夕濃き 昔も今も是ぞ古里


 ‥「秋日濃し」これにヒントを得まして
 秋夕濃き(あきゆこき)に至りました。(ご馳走さん)

 秋夕(しゅうせき)とも読むようですが、そんなの関係ねー。
 秋夕(チュソク)とも発音があるようですが、漢字文化捨てたくせに検索のトップに出てんな!
 ‥それにしてもこの二つは似ているな。
 どうにも日本の熟語には、半島由来の言葉が変化して定着パターンが結構あるみたいですな。
 つまり、半島は半島で、大陸とは違う熟語を形成していたが、
 漢字としてはすっかり捨てちまったので、その痕跡が日本に漂っている模様。(やれやれ)


 「夕焼け」との違いは、何と言っても‥夕日の当たっている対象を詠むと同時に
 振り向けば、そこに夕日がある光景がダブルで示せるという点になるかと。

 稔りの秋を意図して「秋夕濃き」です。(祠に掛かるとすればそれ以上でも以下でもありません)
 ‥ちなみに、小さき社(やしろ)=祠(ほこら)‥だそうです。

 応用として、「春夕濃き」「夏夕濃き」「冬夕濃き」なんてのも考えられますが
 ‥どれかを代表して「夕日濃き」とするならば、夕焼けとの混乱が避けられそうにありません。
 ‥まぁ著生の言い分としては


> 「夕焼け」は夏に暮れてやるとしても、「夕日濃き」は秋だろうと思っとります。
> ‥季語上のそこの境目は、どうにも8月15日。(是にはちょうどいい半端かと)


 社や祠をみて有り難いなどと思う前に、まずは、そこに住みついて先祖を尊べてね。
 ‥じゃなきゃ、何を以て古里と呼べるでしょうや??

 (ふるさとに思えずなら‥ただのくそ拝金教のパシリなんだよ若しくは思い込みだな)
 (お互いに寄り添うにしても、それを過去形で振り返ることになるわけだから)
 (その積み重ねたかつての証が「祠」というわけだ‥他に何があろう)

 ‥「縁結び」など俺的に言わせると、どうでも好い余韻さ
 骨を埋める気があるなら、向こうからやって来るもんよ。




|秋日揺れ川底の砂黄金色            静岡市葵区長沼

夕日濃き瀬戸のたゆたう波黄金 まま往く船の澪ぞのこれり


 *間間(まま)‥折々。時々。
 *澪(みお)‥船の通った跡。航跡。

 ‥ネタの並びを下地にヒントを得ました。(ご馳走さん)
 ここは先の言い分を兼ねて「夕日濃き」を盛ってみました。


> この風景が詠みたかったんすよ。ようやっと詠めたぞ‥の思いです。
> ‥ネットの写真でしか見たことありませんけどね。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:25 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

【勝手句帳】049 28-11-26 静岡新聞掲載分から

↓5)向宜詠吟.2016/12/01

|天に向く楓小さくたたしめて青光りゐる苔玉のあり        静岡市・しおん短歌会

|多々しめる楓ぞ散れる風に立つ いざ無念とはこの抜け穴よ


 ‥「たたしめて」がよく分かりません。
 多々湿るなら、下の句の流れからして、散り落ちているようにも思えますが
 天に向くと出だしにあるので、多々占めるとも解釈できそうです。

 ‥ですが
 湿る[しめる]四段「しめりて」、占める[しむ]下二段「しめて」ですので、活用が異なります。
 その辺がどうにもとんちになってしまっているのです。(分かりづらい)
 (そもそも苔玉ってのは、苔の苗木みたいな奴らしいので、ますます分かりません)


 ‥まぁその辺は兎も角、「たたしめる」×「楓」は面白いと思いました。


> 状勢はとても悪い。すでに赤備えの兵も多くが失われている‥
> そんな中私はまだ生き残ってしまっている。
> こうなっては、もはや‥秀頼様だけでも逃げのびて頂き、家康に一杯食わしてやることぐらいだ。
> ‥誠‥無念とは、この抜け穴をくぐり抜けることよのう。


 (むろん、拙者も武士としての本懐を遂げずに)
 (ここに、生き恥を晒してでも、秀頼様の脱出を最後まで見届けなければならないのだ)


 ‥なんでも、手鞠唄に歌われた伝承通りだったそうです。子孫まで居りまーす。(TVで見たよ)
 「花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田が連れて のきものいたり鹿児島へ」

 真田幸村の見てくれは、普通のオッサンだったらしいが
 「鬼」とか歌詞に出てくるのは、それが逆に、討ち死に説をそそっているような気もするのだが
 ‥まったく以て謎である。

 家康に迫ったのが別人で、幸村は大坂城に居たままにないと辻褄が合わない。
 ‥それとも、秀頼が出陣していたのか?

 只でさえ生き残ってれば赤備えは目立つんだし、弾が飛んでくるんだから、城まで戻る方が難しい。
 家康も逃げられたのを気取られないように、秀頼が出陣しなかったように書き換えたとしか思えない。
 しかし、秀頼が出陣してればしていたで、そこから幸村が離れられなくもなる筋になるから
 ‥秀頼もまた多少豪傑に描かないと幸村のイメージもポシャる感じになっちまうんだよな。




|来年も見たいと思ふまんまるの神無月の月夫と一緒に        静岡市・駿府短歌会

|神無月の夫婦の月見まんまるや
|神無月の月見夫婦のまんまるや よしなに願うそのまたの月見


 *神無月(かんなづき)‥陰暦十月(十一月)頃

 ‥無難に整っているので、直す必要もありませんがリスペクトしてみました。
 やや、第三者視点の上の句になりますが、「夫婦の月見まんまるや」にすると
 俳句としては悪くありませんが、+七七に引っぱると途端に面白くないのです。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:29 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする