2020年07月02日

【是論】国券と銀行券のハイブリッド活用案

↓4)記稿.2020/07/02

> 金貸しの台頭する世界に公平な民主社会など存在し得ない(持論)


 一方、金貸しからしてみれば、金を貸せない世界など不公平そのものなのだろう
 なぜなら、自らの力を金に置き換えて誇示できるか否かこそ、平和的算段だと思っている

 そして、それを保ってやり繰りすべき気概は、(所詮‥必要なことである)

 宇宙的に見ても、どんな神にあろうと
 自らの限界に挑戦してはいけないルールなど有り得ない
 自らの力の過不足を知らぬ者に、見通しの立つ未来などやってくるわけが無い

 ならば、{備えられる文化}={鍛えられた文化}でもある

 即ち、上に立つなら、その気概として、文化強壮に貢献できる熱意と実体こそが前提だ
 とした理解が求められて然るべきである



1-4)1

> 国券と銀行券の違いを理解している人口比は高くないだろう
> なので、まずはこちらの定義を提示しておかなければお話にならない


 国券:返済義務を有さず、国民投票で決する事のできる案件であること。
 銀行券:返済義務を要求できる、同時に勘弁ありきでもあるが‥債権側の意向次第に置かれる。

 ※ どちらともに裸の王様であり、それの裏付けはルールに基づく
 ※ つまり政府は、無償融資の長でもあり、有償融資の長でもあるとした選択案


 ‥勘違い無きように念を押しておくと
 国券の課題点こそ、融資額の公平をモットーにすべきだが
 たちまちの内に利権絡みに押し切られかねない性格を帯びる
 なので、国民投票を前提とした採決を介すべき流れを提案しておく(むしろそれが筋)

 ‥具体的に詰めて行くと、コロナ禍のような事案でそれの給付金額を決めるべきは
 国民投票と言うことになるが、それでは即効性に欠くことから
 次のような形式を常時採用せざるを得ない


> 返さなくて良い融資用途金額を国民一人一人に均等に配布する(電子利用のみ)
> 是をここでは、是金(ぜきん)是額(ぜがく)是資本(ぜしほん)とした言い方をしてゆく
> まとめて‥是論(ぜろん)と称する


 だが是資本が、日常的に自分の為にも使えないのでは融資の名が廃る
 ならば、自分にも融資できるべきである

 (仮にここでは、その比率を{自分:世間}={50:50}としておこう)
 (年間100万円を国民投票で決したなら誰もが100万円の内訳を、五公五民で活用できる)
 (どこに融資するべきかは、各々の裁量に任される)
 (当然、それの融資額の分布の様子を、誰しもに公示できる形式を主旨とする)
 (なので、投資されていない是額があれば、探し出してお願いに行くのも競争だ)


> では、どうやると公平に自分への融資が可能となるだろうか?


 (自分への融資と云っても所詮は消費だ)
 (なので、それの利便性への消費を、そのままに新しいインフラの創造に繋げるべきである)

 つまり、簡潔に解釈すれば、個人消費での分割払い用途だ
 (それが慣習化すると、誰しもが是金での分割払いをやらかすだろう)

 ‥月会員制サービスでの宅食に投じる場合(ユーザー参加)
 是金からの分割払いとする形になるわけで(むしろそれ前提が主流になる)
 3ヶ月縛り、半年縛り、年間縛りでの会員制度ということにもなる
 そのようなパターンの応用をやらかすことで、合理的にインフラの創造と淘汰がされるだろう


> 単純に‥「将来の夢はインフラの創造」とした中身になる
> 単純な消費型ベーシックインカムとは、性格も次元もまるで別モノだ


 ‥一方で

 但し、そのような日常ともなると、持てる側からしてみれば面白くないだろうから
 給与からの分割払い利用でしか受け付けないとしたサービス枠の用意を否定しない

 (プレミアムとスタンダードの違いだが、従来と嗜好はさほど変わらない)
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:03 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年06月20日

【宇宙な?】この宇宙は大好きを引き出す為のオーダー制なので‥

↓8)記稿.2020/06/20

> 人生最強の動機は「大好き」だ
> ならば、大好きを引き寄せる為のルールを知らないのではお話にならない


 しかし、宇宙は公平(釣り合い)で無差別で容赦ない
 そして、人間は大好きを引き寄せる以前に無駄に好奇心旺盛だ

 (如何なる文学・戦争沙汰にあろうとも、自惚れと好奇心と恐怖は、油断を招く主犯格だ)
 (述べるまでも無い‥だからこそ逆転劇もありきだ‥)


> なら、時として‥宇宙の秤はどちらに振れるべきだろうか?


 あなたの大好きが好奇心第一なら、あなたの人生は容赦なく興味本位の不安定に晒されるだろう
 あなたの大好きが保守第一なら、あなたの人生は容赦なく刻苦勉励に晒されるだろう
 あなたの大好きが勝利第一なら、あなたの人生は容赦なく常在戦場に晒されるだろう
 あなたの大好きが扱い適当&上から目線なら、容赦なくメンバーの不器用&ドジに晒されるだろう
 あなたの大好きが自然体なら、あなたの人生は容赦なく平凡に晒されるだろう


 ‥「なぜそうなるのか?」
 それはこの宇宙がお願いのオーダー制だからでもある
 そして、宇宙もまた学ばせる上でのオーダーを注ぎ込む対等の存在だからだ

 (宇宙もまた大好きを増殖したいと祈っている)
 (ならば、この宇宙にとっての大好きのツボを知らないのではお話にならない)


 ‥無論、お願いなんぞ微塵ともやらかさないで、自分の力だけで地味にやり切るのも自由だ
 しかし、宇宙はそんな頑固をそれ程にプッシュしない
 なぜなら、自分勝手もとい自由勝手に正当性は無いに等しいからだ

 (もとよりプッシュされたくないからこその自力スタイルなのだから、それはそれで尊重だ)
 (但し、いきなり応援&支援してくれと言われても、宇宙だって空気としてそれは無理ッ)
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:27 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

【命題】{契約と命令}vs{人権と補償}

↓4)記稿.2020/06/07

> 国民は国家と契約した立場だろうか?
> そうでないなら、どうして国家に命令を発する権限があると言えるだろうか?


 ‥国家と契約を交わしているのは役人だ
 だから役人は国家の命令に従う義務を負う

 ところが国民は、国家と契約を交わしてなどいない
 交わしたように思い込んでる空気があるだけで、実際には交わしてなどいない

 代わりに国民は、基本的人権で認められる範囲で人権を主張できる立場に置かれている

 だから国家は、国民にお願いすることはできても命令に従わせることはできない
 それが民主国家としての基本的解釈になる


> ‥ところがどうだろう


 ‥今や民主社会はその点において戦国時代より劣化している
 兵糧を得んがために、民草にお願いしてきたのが戦国時代の大名らの姿にもあった

 (それが大名を誇れる本意だった)

 その点において、大名と百姓は対等の関係性に置かれていた
 それを覆したのが、商いの自由化方向と兵農分離だった

 現代社会はそれが極端化してきたモデルケースにすぎない


> 遡れば、債券と銀行としたシステムが入ってきて、とんと怪しくなった


 国家名義で政府が借金をすると、なぜかその返済義務が国民にあるかのように仕込まれている
 国民は国家と契約など交わしていないのに、なぜか‥
 意味不明にも名義すり替えが成立している‥実に摩訶不思議な感覚だ

 国民にあれば、国家に対して、人権を問える立場にあるにもかかわらず

 途端に人権を取り上げんばかりにあるのが
 国家のやらかす借金の支払い問題だ


 ‥誰がどう見たって
 今や、国家の定義は、政府名義の先走りでしか無い
 なのに、国家名義で勝手に借金を繰り返しては
 なぜか当たり前のように、そのツケが国民名義にすり替わってしまうのだ
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:19 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年05月23日

【考察】能力×→席順主義○とした現実‥

↓2)記稿.2020/05/23

> ‥本当の意味で能力主義なら、元敵方であろうとも
> 石田三成小栗上野介はもっと尊重されていて良いはずだがそうでは無い


 ‥そうにはならない‥それが日本の歴史の闇(日本人の根っこの闇)
 戦国の世なら敵の大将の処罰ともなると、「NO」なら打ち首は避けられない所だが
 石田三成にしても、幕末の小栗上野介にしても、生涯一君にだけ使えるとした不器用な性格により
 なんだかんだと似たような境涯で終わっている

 (当時においてもこの二人の才覚は、ずば抜けていて、其を惜しむ声は今でも後を絶たない)


> ‥本当の意味で人権社会を考えていくと
> 元敵方であろうと、席を与える器が全体に無くては始まらない


 ところが、そういった桁外れの才覚は、却って目の上のたんこぶの扱いになる

 なぜなら、誰しもの興味関心は「才から学ぶ」とした日常からの好奇になど無い
 あるのは、自分の席順、格付けとした周りの目を気にしたポジション選びに偏っている
 それが競争社会の有り様としてなら、誰も「現場での矜持」に見向きなどしないだろう

 むしろそこを突っついて、席順稼ぎとばかりに貶めるなり、追い出すばかりだ

(そして、手堅くもその口で手腕を発揮した輩の弁舌でしたためられた本を買って学ぶのだ)
(能力社会云々ほど、その手のハイエナ化のスパイラルでどうしようもない構造だ)
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:21 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年05月20日

【詩】社会と役人とぼっち相

↓3)向宜詠吟.2020/05/20

ただ働いて
ただ働いて
ただ働いて
気が付けば、ぼっち

役人が困っている人を見て
何もできない法律に縛られた民主社会はクズだ

「どうしてそうなってしまうのだ?」

それは民主社会とは名ばかりで、実態がお家社会だからだ
誰だって自分ところのお家第一だ
繋がりを得たければ、婿なり嫁なりをよこせの空気だろう

そこを誰も否定しない(人質文化の延長だ)

さらには、「由緒正しきとは何だろう?」
役人ほどそこの歴史観に弱い


「それでは、人権社会をどう解釈すれば良いというのだろうか?」


人権社会なんざ言葉倒れのただの空気だ
エリートが理想をネタに、イス取り用に揚げ足を取る為の慣習正義だ


‥そもそも、出世競争に意味は有るだろうか?‥


役人が出世競争に明け暮れると、派閥が生まれる
出来上がった派閥内での席順を決める為の手腕が問われはじめると
国民の為の国政など関係ない、そこでは利権の為の政治にすり替わる
どれほどに資本を引っぱってこられるのか?‥それだけの政治になり下がる‥
何の為に資本を引っぱっるべきにあるのかと問えば、派閥の為である、席順の為である

(その席順をしたたかに使いこなす為にあるようなのが財界との絡みだ)

だから、結果的にお家主義のままだ(民主社会らしき理想なんてどこにも無い)
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:20 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

【考察】「安定」=「不自由」と見るべき見解

↓1)記稿.2020/05/14

 ‥「安定」と「不自由」は似ている
 私たち人類は、奴隷制度とやらに敏感でよく比較する。
 結果、「自由」に洗脳されてしまっている。

 しかし、良く考えてみよう。

 労働解放と言ったって、労働は必要だ。
 労働ができないことで途端に退屈しているのがコロナ禍での実際だ。

 だから、私たちが欲してたのは、「自由」に非ず「安定」だった。
 その「安定」を得る為の話し合える「公平」だった。

 その「公平」を効率よく手っ取り早くエリートに期待してしまったのが人類の澱だ。
 そのエリートらがしていることと言えば、分け前の独占だ。
 能力が有るからより多く貰えると言い倒し、挙げ句の果てにやらかしてるのがイス取りゲームだ。
 だがそれも実態を曝けば、王族たちによる使役の在り方にほかならなかった。


> 私たちの誰がお家主義を否定できるというのだろうか?


 ‥天国の門に入るにしたってそうだ
 天国とは即ち、お家主義の総本山のような立ち位置だ。
 天国に入るにも、天国のルールに従わなければならない。


> して、天使らはエリートだろうか?
> もとい‥エリートらは天使たるに相応しい手本だったろうか?


 ‥宗教任せ脳だった人類は、まんまとその罠に嵌まった
 神とて「考える葦」だったということで、ドジもあればズルもある
 勝負手もかませば、ポカもやらかす存在だった。
 ならば、地上のエリート如きはどうだろうか?(無論、遠く足もとに及ぶまい)

 その程度だ。ならばどうするべきだったのか?

 ‥よりミスを減らす為の話し合いこそが課題だった
 それをエリートらは、「自由」を「競争」に履き違えて先導してきた。


 リーダーに必要な能力とは、まず周りの話を盛らさずにそらさずに聞く姿勢だ。
 何の為にそれをやるべきかと言えば、それが公平とした心掛けの始まりだからだ。
 ならばその点において、「見通せる能力」はチートだろう。

 だが、エリートの求める才能とやらはそうではない。
 まず、如何にして丸め込めるかとした話術だ。
 それも如何にして上手に責任転嫁できるかとした才覚だ。
 それがそもそもの競争社会での処世術になっている。

 ‥そこには、私たち人類の呆れた回答があるばかりだろう‥


> 誰がどう見たってそれは悪魔の所業だ、天使としてあるべき姿には映らない
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:04 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年01月22日

【考察】JR東日本×ぐだ野から説く「競争依存的精神疾患」

↓4)記稿.2020/01/22

> 板垣情報に枝野幸男の支援元うんぬんが述べられていた


 ‥なぜにJR東日本??(ようするに、東京一極化をお願いしたい勢力)

 どう見ても、戦争気配や地方分権には反対の構えっぽ
 思えば、立憲民主党には地方分権の声色は無い(よく知らん、気配として)

 ‥民主党政権時代の看板の一つだった
 地方分権とした概要を維持する必要は必ずしも無いわけだが
 スポンサーが変わるとその辺でスゲー空気が変わる一例なのだろう


> 近年の列島での被災状況を考えると
> 地方分権に首都機能の分散化は議論の想定、避けては通れない議題である


 ‥ぐだ野のアレやコレのぐだぐだがここらに在りそうである
 とはいえ、方々で打倒安倍政権の声を掲げてるのに、野党合意せずでは本末転倒だ

 で、小沢一郎とは合意に至ったらしい

 でも、国民民主党とは、グダグダのままだ(やり取りが芝居くさい)


(それでは小沢一郎と合意とは呼べん、どうして小沢一郎絡みはいつもこのパターンなんだ?)
(原因は直球で小沢一郎自身にある、それ以外に解釈のしようが無いのに、なぜか周りのせいだ)
(小沢一郎自身に何食わぬ顔をしたままの闇があるとしか言いようがない)

(そもそも‥銀行券廃止国券登場議論無くして政策なんて程程にしかできないんだからさあ)
(自覚して政権交代だけを目指せよ、なにをやろうってんだよ、何をっ)
(手を取り合う事もできずに政権交代を目指しています‥が如何にピエロかって事ぐらい理解しろ)

(単に、対立姿勢を示すことだけを民主主義だと述べてるみたいで、似非商売臭すぎる)
(「改憲やるやる詐欺」VS.「政権交代やるやる詐欺」にしか見えねぇっすから)
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 03:12 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年01月17日

【考察】資本主義、科学と経済(理系と文系)の間にある落とし穴

↓4)記稿.2020/01/17

> 科学は暮らしに豊かさをもたらすべきはずだった
> しかし、現実はそうになっていない


 ‥なぜだろう?
 科学がナノの世界に突入した辺りから不可解しくなっている


> そもそもの商売という奴は、「これってイケるんじゃねぇ」から始まっている
> そこは科学だろうとさして変わらない


 ‥「これってイケるんじゃねぇ」に、正義など1ミリも無い
 無邪気にも、やってみたいスイッチが入っただけの事だ

 ところが、理系の場合と文系の場合のそれはかなり違う

 理系の場合、事象においては何が起こるか知らないとした警戒がある
 だが文系の場合のそれには、「やってみないと分からない」とした誰かへの期待が付きまとう

(当然、やってみたいのは自分だ)
(裏返せば、やってみない後悔‥自分のせいだけは避けたい症候群だ)
(それの一番の先鋭(代名詞)は、ホリエモンだろう、つまりホリエモン症候群だ)


 理系の場合の敗因は、科学的に論理立てる(そうしないと、自分たちの安全すら担保できない)
 文系の場合の敗因は、誰かのせいにしてしまえの所がある(勢いとノリで面目を保てば良いとする)

(やってみない後悔だけはしたくないホリエモン症候群には、無駄に勢いとノリと面目とで騒々しい)


> ‥これの差を社会現象に置き換えると
> 日本企業の牛歩は、科学的姿勢が強い
> 中国企業の飛躍は、商売的姿勢が強い


 ‥しかしながら、どちらにも嘘が雑じっている
 それは投資が絡むからだ

 科学的見解を重視していると、期日に間に合わせることなど頭に無い(安全優先)
 一方の商売的見解には、期日に間に合わせることこそ信用とした日常がある(売上優先)

 ‥ところが
 投資家としても、科学的名誉を得たい症候群としても、期日重視の方が都合が良い一致を示す

 ということで

 てめえが科学に無知だから文系止まりである自覚も無しに商売は進行する
 一方で、商いに無知だからこそ理系詰まりである自覚は、経営を丸投げだったりする


 ‥これの二つの都合が、知らずと投資家に優位に作用してきた
 ところが、科学がカンブリア紀状態になると、投資家の多くは文系にあるので凍り付く
 科学がカンブリア紀状態、つまり、どの技術に投資したらより有益かを推し量れなくなるのだ
 それが文系の泣き所、まさに凍死家に陥るのだ


> だから、資本主義のお席の立場は
> 嘘を混ぜて、自分たちの判断が正しいとしたインチキな振る舞いを繰り返すのだ
> (それも面倒くさいと思えば、蛇口を牛耳れば良いとした悪ノリに奔走する)


 ‥すると不思議なことに、誰しもが景気指数だけで投資が成立すると思い込む
 その景気指数が、どのような計算と調査に基づくのかなど論外で
 景気指数の信用は権威と化して通るのだ

 (迷信にも、権威が押せばその通りだとして誰も憚らない)
 (誰しもは、なぜかそこで自らの無知をかわいがる)


 ‥理系であれば、如何なる数値だろうと、徹底した要素確認を要求するはずだが
 肝心の理系とて、権威には弱いので、不思議と経営の諸々の数値にまで首を突っ込もうとしない

 ‥数学者達が、高度な計算に基づいてリスクを分散したから大丈夫と言い放ったとて
 結局は、ハイリスクだろうとすべてを市場に投げ入れたのが商いの貪欲さ(リスク最大化)だった
 そこの心理にまでに首を突っ込まない
 (数学者は心理学者でないとばかりにその手の要素を排除して統計を図るのだ)

 ‥結果、リーマンブラザーズのせいになった
 (少なくとも投資側のせいという範疇ではあった)
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:59 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

【アイデア】口座からそのままチャージする為の改善案

↓5)改稿.2020/01/18...20200114...

> どのような経済を模索しようとも、最終的に壁になるのが「盗む」とした概念である


 ‥お金のやり取りには、どうしたって権威づけが欠かせない
 しかしその権威がインチキ上等な連中に成り下がったとしたら、お金に意味なんか無い
 それゆえ、競争とした概念も合わせてスライドさせておく必要に迫られる

 競争を強いられることで、ヒトは、インチキ上等をやらかすのだから
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 11:48 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2019年07月21日

【盲点】内部留保は必ずしも現金化できていない論

改稿.2019/07/21...20190719...

> 資本経済とは、債権を転がす制度である
> それのちまちまとした束なりは個人消費によるローンであり
> ビッグな束なりともなれば国債である


 国債の換金は、公費として必然であり確実に現金化できないことには始まらない
 しかし、個人ローンはどうだろうか?
 銀行に債権である支払請求証書を持っていったとしても100%現金化できるとは限らない
 仮に請け負ってくれたとしても、証券商品の中に紛れ込ませ、誰かに請け負ってもらうのが流れだ
 つまり、個人ローンを前提にした売上をどんなに計上できていたとしても
 必ずしも現金化できているとは言い難いのである

 それの現実こそ、日本で賃金が上昇し得ない実際という事になるだろう


> これは陰謀論でも無く、政権がポチだからと言う論点でも無く
> ただただ、世界と日本の経済規模と質とが異なる事からの不都合に思われる


 世界の経済の中心は、未だに戦争兵器である
 其を国家主義経済と申し述べたとて過言ではない
 それはつまり、求められる経済規模が限定されている仕組みでもある
 それの代表は国家予算そのものだ
 経済効果としては、税金の範囲でしか拡大し得ない

 ‥その他の経済規模(個人ローン)など、吸い上げる為の規模にさえあれば良いのだろう
 足りない分はどうせ国債で発行するだけだし
 そもそもは戦争をやらかしたいだけだから、戦争沙汰大歓迎の空気は変わらない

 どこの国であろうとそれの空気に沿っている限り
 低賃金のまま真面目に働いている姿を見かけることはほとんど無い
 若者であれば、それの比率は高くなる
 それこそ与えられた用件以外に頑張る必要など無いとさえ思っている


> ところが世界には類を見ない異なりを見せている国家がある
> それこそが日本国であり、日本文化であり、日本人である


 その商品製造やサービスには、他に類を見ないほどに丁寧な仕上がりにこだわりを見せている
 仮にそれの賃金が世界水準に落ち込もうと、不思議と意気込みは変わらない
 (世界から見れば、どうしたってクレイジーだろう)

 しかし、それのクレイジーは、生活全般に対する創意工夫への探求からにある
 戦争兵器とはまったく別の規模での経済を創出できてしまっているのだ

 グローバル競争の都合から、それをどんなに低く見積もられようと

 日本ほど生活全般に抜かりなき網羅を見せる文化経済は、他に類を見ない
 ライバルアメリカはどうかと思うも、グローバル展開しているそれらにしても問題沙汰が多すぎる

 (それらをきめの細かい丁寧な仕上がりの心意気と同等には扱えないのだ)


 その結果、日本経済は世界経済の中でも突出して引き合いが多い

 それはつまり、発注を受けて生産したとしても
 自分ところより格下の経済枠に売り込んだとしても
 すべてを現金化でき得る環境には必ずしも無いのだ


> 言い換えれば、債権を得ただけで黒字化を公言しているに過ぎない
> (大衆に錯覚を与える都合から米ドルと比較して、円安水準でないと割に合わない部分がある)


 ‥民間給与の平均が、公務員の平均より下回るにしても、銀行側が現金化をケチるからだろう
 その点、公債発行分は受け入れざるを得ない

 ‥市中銀行としても、証券化できる範囲でしか請け負えない
 それはそのままに、公債発行を上回る仕組みたり得ない
 世界経済の種銭は公債スタートの信用創造なのだから、それを超える規模ともなると
 デジタル数値のままに据えおいておきたいはずである

 市中銀行のレベルではどうにも成らないから中央銀行が公債を買い支える手段にも及ぶ

 それでなくとも、日本に本社を構える大手企業の多くは
 銀行から借り入れをせずとも経営できてしまえる無借金体質を見せるのだ
 銀行側の上がりはそれほどに多くを期待できない
 その果ての結果が、金融AI化の流れだろう

 それはそのままに、自分たちの得ている債権を一体だけが請け負ってくるのか?

 そういう課題を‥誰にも悟られずに抱えたまま見過ごしているのが日本であり
 世界においても日本だけにしか無い、勝ち組国家の悩ましさと言うことであろう


> それもこれも、国券発行をできかねているからである
> (仮に支払を完全電子化したとしても、規模の差から来る不都合は変わらないだろう)


 ‥その点、米ドルは未だ基軸通貨の顔をしている
 それは、日本が石油文化を担い続ける限り、機能せざるを得ない
 こちらも又不都合を抱えるのだ

(まぁここの部分だけ陰謀論が絡むというか‥ぼちぼち国券を水素版でやらかせば良いと思う)
(我が国の海上輸送を以て水素燃料を無償で運ばせて頂く代わりに国券発行を了承してもらえばいい)
(そんなことができるのは、日本国だけだ‥ついでに管理ノウハウも輸出すればいい)
(すべて無償、その代わりこそが日本国国券発行の権利だ!只のデジタル数値じゃない!)
(天皇金塊を裏付けにする必要なんて全くない‥そんなの勿体無いばかりだろう)

 資本経済のままに突き進もうとすれば、まぁその程度である



posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:12 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする