2026年05月09日

【ネタ文学】衝撃の西洋版中世農村モデル

記稿.2026/05/09

> 有史の小麦品種の場合
> 1ヘクタール(10000m平米)で収穫できる小麦は五百キログラムなり


 ‥その1ヘクタールを収穫するのに必要な労力は、大人一人で五日がかり
  つまり、2ヘクタールの土地を宛がわれたとしても十日はかかる話で
  一家族としてはそれが精一杯の目安だったっぽい

  得られる小麦の量換算としては五人分なり

  つまり、六人目の家族が産まれると
  なんとか一人目と二人目が親の手伝いをできるようになる‥かわいい盛りの頃なのに‥
  家族として、なんだか希望を持ち始めるような明るげな空気に満ち始めても

  その四人目が三歳にもなると、きちんとした食事を欲しがるようになるのだから
  一人目か二人目のどちらかから‥奴隷として売られていくのが、平均的なモデルだったっぽい

  (さらに、母親が五人目六人目の子どもを産んでから一気に病弱になるなんてのも流れっぽい)


 ‥無論、一家族で2ヘクタールなんて土地を手に入れられるのは裕福な方となり
  西洋圏では、納税だらけだったのだから、それ以上の労働を強いられる日常だった
  (無論、領主の側にそれ以上に都合の付く土地があればの話なり)

  実際は、ヘンデルとグレーテルの様に、森に捨てられるなんて事情はまだマシな方だった


> 捨てられるのと売られるのとどちらを選びますか?‥‥みたいな人生の二択ありきだったのら


 ‥童話としての尺度としては、売る親より捨てる親の方がまだマシだったとの見立てらしい

  仮に作付を幾らか工夫して、小麦以外の品種で食いつないで見たところで
  不作に見まわれでもしたら、途端に瓦解する脆弱な内訳なのだから糞どうしようもねぇ

  なぜなら、小麦の育つ環境こそが罠だからなり

   雨に弱い、雨に少ない環境という糞どうしようも無さの間に、村が存在し国が存在し
   地下水をくみ上げる術を経ても尚、贅を求めて環境破壊にまっしぐらなり
   森を剥がして、地下水を涸らして、空気を穢して、あとに何が残るというのだね?

  (まさに、いつまで経っても子供とした漢字に当てはめられた供物の如くなり)
  (そげな子供とした表記を嫌うなら、徹底して、贄たる様相への目的×手段を棄てるべし)
  (※ 死者への供養が無駄という事ではない)


> そげなほどに低栄養化だったからこそ、体型としての痩せ型が多かったのであり
> 当時は炭水化物ばかりの食事だったから、今はもっと蛋白質を摂るべしというは
> 加齢するほどに糖質疲れとした指摘は満更では無いせよ、誘導的な端折り説明にしか見えん


 ‥どちらにせよ、目を見張るような肉付きの良さなんて奴は
  裕福な暮らしありきでしかねぇというオチなのら

  美人を見て憧れるとしたら、その姿にではなく、育った背景にこそ憧れているのだと思うべし
  (とはいえ、当の本人がどのような人生観を経ているかなど、憧れる側の想定になんて無ぇ)
  (だってそうだろう、根から葉まで格差構造なんだz)


 ‥美人を見て、のほほんとして酔っ払えるなんてよっぽかの呑気な気質持ちな方であり
  本質的には、美人ぶりを見て、その生活環境背景に嫉妬して妬ましく思う方が正常らしい

  とはいえ、其は感情として正常なだけであり
  理性としてそこから正常を保てるかは、また別の尺度なりけり
  理性として正常を保てたなら、きっと智慧が湧いてくるようになるのだろう
  (美人を見て酔っ払ってるような形質とは、違うのだからなぁ)

  それでなくても、美人を見ても詰まらん状態に推移すると、人生の99%は詰まらん
  残りの1%に何を全振りするかが、己を支えるばかりなのら
  (まぁ多くのパターンとしては、理性を保てずに、恨み辛みの愚痴だらけに全振りくせぇのら)


> 聖なる理想化とした裏返しに注目が集まるのも、そんなこんなの浄化されたい願望で草


 ‥てめえでてめえの其処を恨み辛みの愚痴に全振りしてたら
  そりゃ、テメエだけでなんて、捨てらんねぇわなぁ、助けて貰いたいわなぁ
  実は其れって、癒やしの存在探しに全振りしてるのと同義で草

  今どき世間では、そこをオトクでどうにかできるとでも思い込んでしまってるで御座(残念!)



posted by 木田舎滝布麓 at 22:56 | Comment(0) | ネタ文学 | 更新情報をチェックする
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