2026年06月03日

【ネタ文学】異世界における騎士の後継育成システムと、そのあるべき宅邸とは?

↓3)記稿.2026/06/03

> スキルがあれば、強ければ騎士にはなれそうに見えれども
> 其れ、組織としてどのような阿吽を形成してんの?


 ‥単純に、貴族のお家格差による椅子分けを前提にすりゃ回るだろう!?
  という発想に冒されてるのが、異世界あるあるとしたバイアスなのだが‥
  物資調達の覚束ない世界においてそれはそれで怪しい(馬車文化)

  まず、どこの職場も押し並べて、親方に就いて共に暮らす所から始めざるを得ず


> ‥‥何をどう考えても‥‥
>   現代社会の様に、出稼ぎに来てから、まず部屋を借りてソコから通うなんて有り得ないのら
> (そりゃ冒険者なら移動前提だから、宿場町構成の方がありがたいわけだけど‥)


  ‥どんな職場でも丁稚の如く弟子入り扱いの住み込みでないと間に合わん
   家一軒建てるのに大工が何人必要で、何日かかるの?、大工人口は?
   そもそもどのような家屋スタイルを基準にしてるの?(ここ重要)

   ‥十世紀頃の西洋なんて、狩猟民族の名残のような進展のなさなのら
    (まぁ農奴だし、超簡単な造りだったで御座)
    (地面を平たく掘って四つの柱を立てて上に屋根がささやかに乗ってるだけ‥みたいな)
    (土塀で、茅葺きか藁葺きっぽい)
    (それ麦大丈夫なの?ネズミに齧られないの?‥みたいな)
   (ぶっちゃけの縄文式から弥生式にまでには届き切らずの構造観だったらしい)


> 住居だけで見ると、ローマ時代の方がまだ先鋭的に見えり
> なら、どこの住居スタイルを基準にすりゃイイの??


  ‥そういう意味で問うと、農村部は建て替え前提の木材主体の想定
              都市部は建て替えしない感なレンガ造り想定に見えり

   (知っているかね?中世を留めるとされる家屋の全部が当時の富裕層住まいという事実を!)
   (それも、十五世紀〜産業革命とした流ればかりなり)
   (さらに、その中世の街並みとした宣伝の裏側こそ、今や鉄筋コンクリート建てなのら)

   (※ 似て非なるもの‥当時のディテール感とも違うわけですな‥)
   (  そもそものソレには、農奴文化の記憶なんて留めておきたくない症候群あるあるなのら)



1-3)1

> ‥‥一方で‥‥
>   当方のアイデアには、糞乾縮×豚トイレとしたインフラが必然なのだから


  ‥各家屋に豚小屋が必須であり
   そのついでに、鶏×ガチョウ×ロバ×馬という家畜小屋がセットになってくる
   (騎士宅邸ともなると、ロバでは無く馬が必然、弟子の分も当然として馬どえす)

   (そうなると、戸建て辺りの敷地面積もほぼ農村部と変わらない程度に見えり)
   (騎士が素振りからの掛かり稽古をしようなんて際に、広くないと困るのら)


  ‥そうすると、どこの家屋もそうであれば
   必然的に、回収業者もやりやすく目の付け所とならん
   〈家畜〉〈家畜の糞〉〈藁資材・藁乾縮→(発酵飼料)〉〈薪→(灰)〉

   イメージとしては‥そう‥
            豚が肉として育てば、回収の時期を見計らって、子豚がやって来るのら
            鶏やガチョウの場合は、ほぼ無いわけだけど、ついで取引はOK!


> 其は、騎士宅邸だろうとさして変わらない、違いが在るとすれば
> 都市部の家づくりが、その手のプライベートの配慮構造を呈すなら
> 農村部とは異なり、2階建て建築が普通という見方だろう‥
> (1階部のすべてを工場(作業場)として扱う物件もあるだろう)


   ‥つまり、トップ騎士20入りする実力者には、
        「弟子を二人ほど設けて育成せよ」‥としたシステムが必然的に構築されるのら

    例えば、その中から引退した騎士も出るのだから
        誰かしらが道場を構えて、武術を教える老後暮らしをするなら
        そこの道場弟子の中から、これはという人材を騎士団に推挙する仕組みにも成らん
    当然、仲間内で暇なら、寄り合い所を兼ねるだろう


> 奥さんの都合としても住み込みのお手伝いさんが欲しとなり
> 弟子入り騎士の食事の量が多いともなると、料理人も欲しいとならん
> 都市部の多くがそんな感じなら、必然的に、子どもの数も減るどえす


 ‥そりゃ魔族に対抗しなければならないなんてテーマが在るとなれば
  育成学校としたシステムの方が効率的にも見えるわけだけど


 ‥平和を目指した復興ありきテーマになってくると違うどえす(ここ重要)
  (ローマ帝国時代ですら、城壁は後々の話なり‥西ゴート族絡みなのら‥)

  (なので、城郭暮らしを強いる必要すらねぇ)
  (なので、領境としたお約束には、目立つような門だけがあり‥門番ありきみたいな‥)


 ‥そんなこんなで、農村部と同じく都市部でも一戸あたり1エーカー割り当てとすると
  街並みの風景が、あるある異世界の想定とは、まったく異なれり


> 勿論、試験枠からの入団もあるだろう
> それはそれで、寄宿舎を宛がわれる流れなり


 ‥集団待機できる場所を確保しておかないと機能しないのだから当然であり
  その手の建築技術の転用として、冒険者向けのギルド様式も宿屋様式も登場できる流れなり



1-3)2

> 中世風呼ばわりな2階建て3階建てとしたそれが産業革命以降の景色でしかないって事
> ぶっちゃけの西洋の近代様式どえす


 (中世の経済事情で、二階三階なんて城郭の中の話だけ!)
 (盆地構造と化しており‥‥夏は暑く、冬は寒かった事からの流れなり‥‥)
 (城郭の外はそれ程でもない体感気温差がデカかった)


> 日本が和洋折衷とか云ってる中身自体が、どこが中世やん、近代どえす


 ‥幕末〜明治な日本の使節団は
  近代化してる街並みを見て歩いたのであり、中世ちゃうんやで(ここ重要)

  そこの勘違いが世界中にあるという謎!!

  (それだけ西洋の近代化が、地元中世の風景を駆逐したって事なり)
  (物資の量のパネェなさがスゴかったという流れなり)



1-3)3

> そもそもが15世紀以降らしきイタリア風景の踏襲なり(ゆえの勘違いどえす)


 ‥15世紀のイタリアには、交易軍艦がずらりと並ぶ港町風景だった
  水上都市を連想するように改装されたのは、18世紀頃に、衰退からのイメチェンなり

  (ルネサンスイタリア時代の光景からして今や誰も知らん)
  (山間部の田舎でも、火事やら老朽化の建替やらで全然違うらしい)


  そもそも、水上イメージのそれが、そのまま城郭都市に収まるわけも無し
  (イメチェンって云っても、オマルの中身をそのまま海にドボンとやっていたどえす)
  (見た目は良さげでも、ニオイは今の東京湾だったでくさっ)
  もとい、西洋で水上都市イメージの中世なんて物資の搬入的に無理だった
  (繰り返すが、ソレ近代やん!)


> そして第二次世界大戦後、ドイツ街道の復興計画が立ち上がったどえす


 ‥メルヘン街道・ロマンチック街道のその際のデザイン元が、なんとイタリアのソレだった
  そもそもの「ロマンチック街道」たる意味が、「ローマへ通じる道」なり
  ぶっちゃけの「ローマ的な街並み街道」どえす

  ソレにハマったのが日本のメディアどえす(痛ァアアア)
  (まぁディズニーのせいもあるんだけどさ)

  そしてそれな勘違いが、今や異世界物語の土台に成っちまってるどえす


> 中世とした名残を留めているのがミッキーマウスというネズミとした記憶のみ(ンゴ!)
> (中世の辛酸が、そこだけに凝縮しているというオチなのら)


 ‥あのネズミ姿を見つつ、あんなの嫌いと思うのは
  中世の辛酸を思い出すからでーす(当時に前世の記憶をお持ちなのでせう)


  参考:中世西洋の農奴の家 - Google 検索.htm



posted by 木田舎滝布麓 at 01:33 | Comment(0) | ネタ文学 | 更新情報をチェックする
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