2026年07月04日

【命題】二元性宇宙の真相‥両方在って当たり前‥

↓2)記稿.2026/07/04

> 是と非、善と悪、成功と失敗、多重人格
> それぞれ両方在って当たり前、それが二元性宇宙の真相なり


 ‥其を踏まえて、モチベーションの在り方を考えると、とても不可解でしかない

  ・人の幸福や成功を見て喜び笑う
  ・人の不幸や失敗を見て喜び嗤う

  ・人の不幸を見て手を差し伸べたくなる(なんだかんだの上から目線なり)
  ・人の幸福を見て引きずり降ろしたくなる(なんだかんだのチャレンジャー)

  ・雲の上の世界を見て憧れる(共感)
  ・雲の上の世界を見て苦々しく思う(反感)

  両方在って当たり前、それぞれにそれぞれが‥両方在って当たり前‥



1-2)1

> 多様性などという言葉に酔いしれる以前の中身として
> 二元性宇宙には、異常に見える程に、両方が当たり前の様に用意・配置されて存在せり


 ‥では、どちらも真理なのだろうか?
  両方ある内の持続可能性と、片方になった場合の持続可能性は異なれり
  其も又、両方在って当たり前

  ‥‥とはいえ‥‥
    私達はその両方在って当たり前とするもう片方の持続性とやらを見た例しがない
    つまり、存続不可能性としたカテゴリーにも見えり
    (両方在って当たり前なのに、存在性不可能も折り込まれてあり)


   ‥そこで、次のような予想が立つ‥
    バランスが良ければ存続できる、しかしどちらかに偏り出すと存続不可なり
    存在できているなら、そのバランスは許容されてあり
    其もまた二元性原理宇宙の原理・原則・掟だとしたらどうだろうか?


> 「矛盾して見えるぐらいが丁度良く、整然を求めて偏り出すと崩壊へと向かわん」


   ‥其を以て許容としてあるとすると
    なかなかどうして、「効率」とした理屈や願望は、破綻に向かうだけの地獄論に見えり
    もとい、成功にも向かうけど、破綻にも向かうのが二元性なり
    (そこの理解に疎ければ地獄論と化するばかりなり)


> ぶっちゃけの地獄性とした存続色に鎬を削り合うのが地上での縁(よすが)なり‥みたいな


  ‥曲がりなりにも、私達の頭脳派は、その成功だけを追いかけようとして必死だ
   (実際は、成功とした建前を掲げて胡坐を掻きたいだけに見えり)
   (そしてなぜか、胡坐を掻いて居座ろうとすると崩壊に向かうばかりなり)
   (だが反対に、休みも取らずに頑張ろうとすれば、ぶっ倒れるか一家離散なり)

   ‥集中もあれば分散もあり‥
    どのように集中し、どのように分散するかは状況次第だが
    其の手の自由な有り様を多様性として叫んでいるにすぎぬらしきも又、人類の側の未熟なり



1-2)2

> 成功し続けて見える持続可能とした集中や分散とは何か?
> もとい、成功とした世界像には、集中と分散の繰り返しを宿命続けて在るかのようだ
> ‥其は何を意味するのか?‥


 ‥其を社会に問い始めだせば、どうにもリスクばかりにしか見えね
  なぜなら、いずれはその施行にしても、いつかは息が切れておシャカになるからだ
  誰の目で見ても、時限制にしか見えず、その後の顛末にはてこ入れが必要にあらん

  されど、議決の際には、そのてこ入れの用を誰も問わずに
             良い所だけを持ち上げて予算を語り合う‥(無理ゲー×死にゲー)


 ‥‥では、個人のレベルで見てみよう‥‥
   何らかの行使により、生活向きに変化が生じ、不便だった何かはすっかりと忘れ去られん
   中世と近代、近代と現代‥‥移ろいの度に便利に見えていたのは何だったのか?‥‥

   結果、今や、持続不可能とした予想空気だけが重くのし掛かるばかりなり

   科学とした陽気な建前にモチベーションを抱く側だけが身軽そうなだけだ
   はじめから科学の外に弾き出された側からすれば「絶望」ばかりなり


  ‥‥そして不思議なことに‥‥
    科学とした陽気な建前を、持ち合わせ、寄り添ってきた側に因ってのみ
    崩壊へのカウントダウンらしきが押し進められていかん

    地獄への更新はどこまで続くのだろうか?

    責任を取るべきは、その者らのはずだが、なぜかそうには見えね


   ‥その意味では「明らかに不公平」にしか見えないのだが
    責任を取る何らかに注目度が低いだけで、両方在って当たり前なり
    (確かに地獄に居るはずなのに、天国そうに見える様子もチラホラとして在り)

   ‥だが不思議なことに‥
    天国そうに見えていた様子の中に居着いても、地獄が見え出すのだ
    そして、過去の視点が天国に見え出すというオチなり(どこで踏み間違えた??)


> ‥‥心理的に見てそれは‥‥


    未来に向かって、頑張ろうと無理を課せば
            科したかのように現実に息が詰まりだし(俺に任せろ)
    無理せず足るを知れば、現実が平穏と化すも、未来に関しては展望を得ず(風任せ)

    だが実際、そして実際

    そのどちらの未来像も腑抜けており、片手落ちとした未熟が続くのだ
    蓋を開けてみても開けてみても地獄、開けない選択支こそが希望に見えるばかりなり

    開けて見なければ分からない、分け合えないからこそ、地獄を分け合うことにも成らん
    ならば、天国を分け合う扉とは、今時点での足るを知る以外に無し

    少なくとも今現在において、其れが持続可能性としたよすがに見えにけり


> だがしかし、両方在って当たり前、そもまた二元性宇宙の実像なり(ああ、面倒くせぇ)



posted by 木田舎滝布麓 at 09:27 | Comment(0) | 日記/2026 | 更新情報をチェックする
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